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『悪行』
しおりを挟む翌日、私はいつも通り会社へと向かう。
その道中の車中で考えた。
サラジャの言っていた悪い行いとは一体何を指すんだ?
一概に悪いと言っても様々なレベルがある。
犯罪という悪とそうじゃない悪。
人殺しや窃盗に詐欺。視点を変えると不倫もそう。この辺は悪だと容易に理解できる。
しかし居留守などはどうなのか?法には触れないが相手の事を考えると、決して褒められた行いではない。
サラジャは自分の頭で考えろ言ったな。
そこで私は自分の人生を振り返ることにした。
するとサラジャにお前は善人だったと言われた理由が少し分かった気がした。
酒・女・ギャンブル。
これらに友人達がどっぷりはまっていたのに私は興味がなかった。
興味がなかったいうよりダメなものだという意識が強く、突き放していた。
「お酒に飲まれてはいけない」
「お金で女を買ってはいけない」
「お金に欲を出してはいけない」
両親に躾られとかではなく何となくそう思っていた。
そう思いながら32年間生きてきた。
サラジャに会った後だとなぜか人生を損している気分になってきた。
そんなことを考えている内に職場へと到着したので、一度同僚である日野に相談してみることにした。
「おいっすー」
こちらから声をかけるまでもなく日野は私を見つけると声をかけてきた。
「おーい神谷。機嫌でも悪いんか?」
日野は少し心配そうな面持ちで私に尋ねた。
「いや、そんなことはないよ。ただちょっと相談したい事があるんだ」
「いきなり何だよ。気色悪いなあ」
日野は笑っていたが、顔に『心配』という文字が書いてあるのが見えた気がした。
「まぁ相談に乗るのはお安いご用だよ。仕事が終わったら落ち合おうぜ」
日野と約束を済ませ、いつも通り仕事スイッチをオンにした。
時刻は19時半。
仕事中に日野と連絡を取り合って、待ち合わせ場所を決めた。
コーヒーが好きじゃない私はあまり来ないが、ここらじゃ有名な喫茶店だ。
ただ専用の駐車場が無いので少し離れた所にあるパーキングに車を停め、店まで歩いた。
中を覗くと、すでに手前の窓側に日野の姿が見えた。店員に何かを注文していた。
「せっかちだなあ」と少し笑えた。
店内に入ると店員より先に日野が私を見つけた。
「おーい神谷!こっちこっち!」
日野は子供のような笑顔で手招きしている。
「お疲れ。今日も仕事忙しかったなー。あとお前の飲み物も勝手に注文しといたぞ。コーラだろ?」
先ほど日野が注文していたのは自分の分だけではなく、私の分も注文していたようだ。ほんとにこいつはせっかちだ。
「そうだな。まぁネット通販が流行りだしてからこの業界に閑散期はないもんな」
「それな。店頭よりネットで買い物する方が安いってなんだよ。そっちの方が店頭に見に行って買うより手間が掛かるのに」
日野はわざとらしく膨れっ面をした。
「それでさ、相談ってなに?」
日野の話の切り替えの早さに少し驚いたが、私もいきなり本題に入った。
「お前さ、俺って悪いな〰️って思うような行いって何かしたことある?」
「は?悪いなって思う行い?」
日野は眉間にシワを寄せ、私の質問の意味を深く考えているようだ。
「そう、悪い行い。不倫とか」
日野も私と同じく妻帯者だったので不倫が一番分かりやすい例えだと思った。
「あっ、そういう罪悪感湧く系の悪さ?もちろんあるよ」
「え?まじ?」
あまりにも日野が即答だったので驚いた。
「おう。自慢じゃないが毎月風俗にも行くし愛人だっているぜ?」
こいつは悪人だ。そう確信した。
「それって大丈夫なのか?嫁にバレたらまずくないか?」
「もちろんまずいさ。でもバレた時のこと考えてもしかたねぇだろ?そん時はそん時だよ」
「お前すげぇな…想像以上だわ」
「そうか?こんなもんわりと結構皆してると思うけどなぁ。で、急にどうしたんだよ」
日野の質問で私は我に帰った。
「なんていうか…俺もさ、何か悪いことしよっかなーって思って」
私は馬鹿げた話をしているのが分かっていたので、わざとらしく笑いごまかした。
「別にすればいいんじゃね?人生一度きりだし」
日野は案外真面目に答えた。
「そういうものなのか?」
「そらそうじゃん。むしろバレたらどうしようってスリルが楽しいぜ?」
ニヤニヤしながら日野は言った。
まるで悪魔に手招きされているようだ。
「じゃあ俺もしてみよっかな?不倫」
「決断早っ!絶対最初からする気だっただろ!?」
「まぁ人生一度きりだしな!」
「おい!それさっき俺が言ったやつ!」
俺達は笑い合った。くだらないことだが相談してみて良かった。
そして日野にどうやって愛人を見つけたのかを聞いて行動に移すことにした。
日野は出会い系アプリと仕事の配達先で出会った2人と関係を持っているという。
なので私はまず配達先で見つける事にした。
まともに話したことはないが、いいなと思う女性が何人かいた。
翌日。
今まで出社が億劫だった仕事もこの日はワクワクしてしかたなかった。
すぐにできることないのは分かっていたが、頭の中では愛人を作ること一色だった。
積込みを終え、いつも通り9時頃に出発した。
お目当ての女性がいる会社にはいつも昼過ぎに配達へ行く。
積込み時に荷物を確認してたら、この日もその会社宛の荷物があった。
私はナイス!と声が出そうになった。
そして13時頃お目当ての女性がいる会社へと到着した。
その女性は受付を担当しているので配達に行くと毎回受け取りのサインをしてもらっていた。
容姿は私好みで細身の美人だ。脚もキレイで細身なのだが胸も柔らかそうな膨らみが目立つ。
もちろんまともに会話したことはなく、最低限の会話しかした事がなかった。
電話で話したとしても分からないぐらい相手の声すら覚えていない。
いつもは何となく開けていた受付の扉もこの日は緊張で重く感じる。
「まいどー!荷物来てますー!」
するとデスクワークをしていた例の女性が立ち上がり、笑顔でカウンターまでやってきた。
「お疲れ様です。いつもありがとうございます」
「ここにサインをお願いします!」
私は伝票の(印)の場所に指を指し伝票を差し出した。
女性の白く細い指が伝票へと伸びる。いつもは気にはしてなかったが左手の薬指を確認した。
その手に指輪はついてなかった。
安堵の気持ちが込み上げてきた。そして女性がサインを終え伝票を返してきた。
「ありがとうございました」
私はここだ!と思い女性に声を掛けた。
「あのー、すいません」
「はい?どうかしましたか?」
「個人的な事で申し訳ないんですがー…前からあなたのことが気になっていました。もし良ければで結構なんで連絡頂けますか?」
私は事前に用意していた連絡先を記入した名刺を女性に渡した。
「え?私にですか…?ありがとうございます」
「いきなりすいません」
「いえいえ、ご苦労様です」
そして私はきびすを返し、女性のいる会社を後にした。
そんなにすぐ連絡が来るとは思っていなかったが、会社へ帰るまでスマホが気になってしたかなかった。
しかし女性から連絡が来ることはなく、この日の業務を終えた。
残業することなく定時に退社したからまだ空が明るい。
時計を見るとまだ17時台。なんて幸せなんだろう。すごく良い気分だ。
どこか寄り道して帰ろうかとも考えたが、特に寄りたい所もなかったので、美加に「今から帰る」と連絡して真っ直ぐ家路についた。
玄関のドアを開けると、香ばしくも異様な臭いがした。
台所に向かうと美加がキッチンに立っており、何かを作っている。
「ただいま。何作ってんの?」
「おかえり。これ?これはアヒージョよ」
「アヒージョ?」
「そう、アヒージョ。食べたことない?」
テレビや雑誌などで姿形は見たことはあったが実際に食べるのは初めてだ。
「それどうやって食べるの?」
「パンにつけて食べるの。ダメそう?」
「いや、そんなことないよ。部屋にいるから食事の仕度ができたら呼んで」
「うん、 わかった」
と美加はニコッと笑った。
私は部屋に用事はなかったが、美加を見ていると罪悪感に包まれそうだったので離れるようにした。
そして本棚から読みかけの本を取り出し読書をすることにした。
数秒後「ポポンッ♪」
とスマホから音が鳴った。メッセージアプリの通知音だ。
スマホを手に取り画面を見ると、メッセージは昼間の女性からだった。
「ーーこんばんは。今日お昼に連絡先を頂いた橋本杏菜です。分かりますか?ーー」
その女性は橋本杏菜と名乗った。
どうでもいいのだが、そこは普通(橋本です)だろと少し笑いそうになった。フルネームで来るとはなかなか真面目な子だなと思った。
「ーーこんばんは、神谷です。連絡待ってました。橋本さんにしか連絡先を渡してないので、もちろん分かります!(笑)ーー」
連絡が来るか半信半疑だった為、胸が高鳴った。
「ーーそうですか。毎日いろんな業者さんが来るんですけど、連絡先を渡されたのは初めてで…どうしたらいいか分からなかったですけど思いきって連絡してみました(笑)ーー」
そうなんだ、あんなに美人な女性なのに意外だな。と思いつつ返信の為の文章を考えていると
コンコンッ。と部屋の扉が鳴った。
「旬くーん、ご飯できたよー!」
どうやら美加が食事の用意を済ませたようだ。
「いま行く」と返事をし、スマホを隠すように部屋にしまい食卓へと向かった。
相変わらず食卓でも異様な臭いが漂っていた。
先ほどのアヒージョがグツグツと音を立てて、テーブルの中心を陣取っている。
(初めて食卓へ並んだくせに生意気なやつめ)
これがアヒージョを見た私の正直な感想だった。
「ささっ、食べてみて」
美加がカットしたパンを渡してきた。
「これをつけるんだよな?」
「そうそう!美味しいよっ」
私は渡されたパンを手に取り、サッとアヒージョに浸し、口に放り込んだ。
「う、うまっ!」
「でしょ?良かったあ」
美加はほっとしたようで、嬉しそうだった。
私を気にしてくれる美加を見たら橋本杏菜の存在が申し訳なく思ったが、私は何とか気を紛らわした。
サラジャの善人と悪人の話を思い出す。ここで美加に対して、ごめんと思ってしまったら善人になってしまいそうに思えた。
あくまで私は自分の夢や目標を実現させ、後悔しない人生を歩みたい。
決して美加の為の人生ではない。妻となり家族となったとはいえ、血の繋がりはない。婚姻届という名の紙切れ一枚を役所に提出しただけだ。
お互いに言えることだが、いつどう心境の変化が起こり、離れるかも予測がつかない。
それならば自分の人生という道にこだわって生きていたい。美加がその道についてこれず、離れたいなら離れるでいい。
無茶苦茶ではあるがそう思うことにした。
すると背後から気配がしたので振り返った。もちろんそこには誰もいないし、何もない。
もしかしてサラジャがいたのかもしれない。今までも私の近くにいたと言っていたのでありえなくはない。
「旬くん?」
美加が不思議そうに私を見ていた。
「なに?」
「どうしたのボーッとして?疲れた?」
「ボーッとしてたか?たしかに今日は疲れたな…」
「じゃあ明日のお休みは家でゆっくりしておくといいよ」
「休み?」
私は冷蔵庫に貼ってあるカレンダーに目をやった。
明日は(休)の文字が書いてあった。
「あぁ、ほんとだ。じゃあ明日はゆっくりしとこうかな」
「そうしなよ。私は買い物とか行っちゃうけどいい?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「ううん、ゆっくり休んでね」
美加はそう言うと、もうお腹いっぱい!と目で訴えかけてきた。
「じゃあ片付けようか」
「そうだね」
いつもは食器を下げるのも全て美加に任せきりだが、今日は私も手伝った。 せめてもの罪滅ぼした。
部屋に戻ると隠すようにしまったスマホを取り出し、橋本杏菜に返信をする前に日野に連絡した。
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