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『日はまた昇る』
しおりを挟む「すげぇ…住む世界が違いすぎる」
私はアランの話を聞き終わると自然に言葉を発していた。
アランや中野はただ者ではないと分かっていたが、ここまで違うとは。
アランの話を聞くまでは、ヒットマンはただただおいしい仕事だと思っていた。
だが今までの仕事は運が良かったから上手くいっていたのであって、決して自分の実力のおかけではないと思い知った 。
ジャンと称し、アラン達を裏切ったジンのような輩にたまたま出会ってなかっただけだ。
当事者なら私も絶対騙されていたし仲間も失っていただろう。
まずそもそもパキスタンて何なんだ?アランは軍の任務として派遣されいたようだが、中野は恐らくヒットマンとして入国していた。
もちろん私は日本国内での仕事しかしていないし、海外は旅行ですら行った事がない。
私もその内、海外へ出て仕事をする日がやってくるのだろうか?
海外にはジンのようにぶっ飛んでる奴も多そうだ。
私は今後ヒットマンとしてやっていけるか一気に不安になった。
するとアランが私の心の内を見透かしたかのように
「ダイジョウブネ、ワタシツイテル」と言ってくれた。
この一言で少しは不安を拭えたが、心の奥底で眠る恐怖心までは完全に拭えなかった。
だがそれがヒットマンというもの。
常に危険と隣り合わせの世界。だからこそ命のありがたみを実感できる。
私は恐怖心に打ち勝つ為に無理矢理良い方向に思考を転換させた。
時計を見ると23時。
かれこれ4、5時間走り続けている。
スマホの地図アプリで現在地を確認すると、どうやら今いる場所は岐阜の山中のようだ。
(なるほど。だからこんなにも景色も田舎なんだ…)
助手席の私は少し疲労を感じていたが、運転しているアランは全然余裕そうだった。なので少し言いにくかったが「どこかで休憩しよう」とアランに持ち掛けた。
案外アランはあっさり了承し、どこか停まれる所を探す。
だが現在は山中を走行中ということもあり、なかなか停まれそうな所が見当たらない。
するとアランが「アッ」と声を上げた。
車のヘッドライトに照らされたアランの目線の先を確認すると、バス停と公衆トイレがセットになっている所を発見した。
「アラン、そこに停まろう」
私達はバス停の脇に遠慮がちに車を停め、休憩がてら今回の仕事の動きを確認した。
ここから車で小一時間ほどの山のふもとに小さな繁華街がある。決して観光地などではないが県民なら必ず知っている街だ。
中野の情報によると、その小さな繁華街の中のとある雑居ビルにジンが仲間と共に潜伏しているらしい。表向きはどこにでもあるバーのようだ。
ジン自身がそのバーを経営しているのか、匿ってもらっているだけなのかは定かではないが、そこにジンの手掛かりがある事は確かだった。
「アラン。今回の相手は君にとって宿敵だよね?何か作戦とかあるのか?俺は軍人相手に仕事をした事がないから正直攻略の仕方が分からねぇ」
「ンンー…」
アランは少し考えてから
「ナイネッ!」ときっぱり言った。
「おいおい、マジかよ…今さらだが勝算はあるのか?」
「タブン、ゴブゴブダナ」
「五分五分か…しかし俺達は2人だ。でも相手は何人か不明。ジンのの事だ、1人ではなく複数仲間もいるはず…これは現時点でもかなり劣勢だな」
私は眉をひそめた。
だがアランは私とは逆で案外楽観的に「フイウチスルヨ。ニンズウカンケイナクナル」と主張した。
「不意打ちねぇー。理屈は分かるけど、そんな簡単に成功するもんかね?それならジンが1人になったとこを俺ら2人掛かりでいった方が良くね?」
「チッチッチッ」
アランは人差し指を立てて左右に振った。
「ソレハアマイヨ。ソンナシュンカンハナイ」
「まじ?」
「オオマジ」
アランがそこまで言うならと私達は不意打ちでジンを殺る計画を練る事にした。
「まっ、とりあえず街まで行こうや」と私が言い、車を発進させた。
「この辺だよな?そこのパーキングに車を停めよう」
私が地図を見ながらアランに指示し、私達は車から降りた。
時刻は午前2時。繁華街と言えど0時を回ると、閉める店も出始めており、辺りはしんとしていた。
私達はなるべく怪しまれない様に自然に歩いた。どこからジンやその手下達が見ているか分からない。
「アレジャネ?」
突然アランが声を上げた。
アランの視線の先には目的の雑居ビルがあった。距離はおよそ100m。
念のため私達はすぐに物陰に姿を隠した。
幸い私は視力が良かったので、この距離からでもビルのテナントの看板を見ることができた。
「バーは…えーっと……あ!あった。バービアンコ」
ビルは6階建てで、現在営業している店は1F、3F、4F、6Fの4店舗だけで後の2Fと5Fはテナント募集中だった。
そしてジンが潜伏しているとされるバービアンコは最上階の6Fにあった。まだ窓から明かりが漏れているので営業中なのだろうか?
「よし、早速だが行こうか」
「オウッ」
私達は迷う事なく、歩みを進めた。
私達は作戦を2つ用意していた。
仮にその2つの作戦をAとBとする。
作戦Aはまず入口まで行き、ドアの隙間から睡眠ガスを入れる。このガスはアランが軍に在籍していた頃によく使用してたらしく、アランが調合してくれた。即効性は低いが確実に効くようだ。しかもアルコールに強烈に反応するらしく、アルコールを摂取している人間は中毒が生じ、高確率で死に至るらしい。
そして最後に鍵をピッキングで開け、突撃するというものだ。あわよくば突撃した時にはすでに勝負ありの状態。
作戦Bの方は屋上からワイヤーでぶら下がり、窓から侵入するというもの。これは上層階の時に有効な手で、経験上だいたいどこかしらの窓は施錠されていない。誰もこんな上層階の窓から中に入ってくるとは思わないのだ。
A、B共に不意打ちを狙ったもので、あくまで隠密行動が前提だ。ここは日本であるから手榴弾でもぶち込めば速攻で警察が来る。そうなればジ・エンドだ。
私がビルを凝視しながらイメージトレーニングをしていると横でアランが「Bデイコウカ」と言った。
私はAプランの方が良いと思っていたので、アラン選択に内心マジかとは思ったが彼なりに勝算があっての判断なのだろう。嫌々だが了承した。
私達はゆっくり時間をかけて目的のビルに近づき、真下まで到着した時に互いに周波数を合わせた無線を装着し、二手に別れた。
アランは正面の入口からエレベーターで6Fに向かい、そこから非常口を探し屋上へ向かう。
一方私はビルの外の非常階段から屋上まで向かった。
カンッカンッカンッと鉄製の階段がリズミカルに音を奏でる。
一定のリズムで聞こえるその音は聞いていて気持ちが良くなったが、ビル内にいる誰かに聞かれたらまずいので4F辺りからそーっと登る様意識した。
すると屋上へと続く鉄格子のドアが見えた。
南京錠による簡易的な施錠がされているが、すでにピッキングの技術を取得している私にとって、この程度の施錠を外す事など朝飯前だ。
「カチャン」とちゃっちぃ音と共に施錠が外れる。
そして目の前の短い階段を登り、屋上へと到着した。
辺りを見回すと、すでにアランも到着しており、リュックからワイヤーを取り出しセッティングをしていた。
「おっす」
「カミヤン、オセーゾ」
「うっせー。しかし階段はしんどいな」
それを聞いたアランは「カミヤン、マダワカイヨ」とにたにたしながらセッティングを続ける。
屋上まで来て感じたが、今日はかなり風が強い。私はワイヤーを使ったぶら下がりは何度か経験済みだったが、ここまで高所な場所は初めてだった。
ワイヤーがセッティングされたベルトをアランから受け取り、腰に巻く。
今の時代、この程度の装備ならスポーツ用品店の登山コーナーにや工具屋に行けば簡単に手に入る。
アランも装備を装着し終わった様なので私達は互いに耐久性などの最終チェックを済まし、位置についた。
たかだか2年ほどのキャリアだが、今だに突入前のこの緊張感のある雰囲気に慣れない。
隣を見ると、アランは鼻歌混じりに準備をしていた。
「さすがっ」とちゃちゃと入れようとしたが今の私にはそんな余裕はなかった。
目を閉じ呼吸を整えながら侵入した後に敵と出くわした場合のシミュレーションをする。
私達2人の見立てではバーの面積からして敵の数は10人未満。したがってノルマは1人あたり5人前後。
腰のホルスターに収まっているサプレッサー付きの銃の装填数は7発。そしてマガジンは2本。
弾数に問題はない、これで十分制圧できる。
アランはマスクを付け、私の号令を静かに待っている。
そして私もアランと同じ目元だけに穴が開いているマスクを被った。
「いくぞっ…!」
号令と同時に全体重をワイヤーに委ね降下した。
屋上から5mほど降下した所に窓があったので私達は窓のすぐ上で壁に足を着け一旦止まった。
ゴーッという窓の横のダクトの音で中の音が掻き消される。
体をゆっくり屈め、そーっと中を覗くと、照明だけが点いた状態でそこに人気は無かった。
私はアランにハンドサインで突入の合図を送った。
アランが窓に手を掛けたが、私の予想とは裏腹に窓はきっちり施錠されていた。
そこでアランはポーチから布を取り出し、それを窓ガラスへ押し当てながら窓の鍵付近のガラスを割る。
「パリンッ…」と小さく軽い音と共に窓ガラスが拳サイズほど割れた。
すかさずアランはガラスが割れた穴に手を入れ、内側からロックを外した。
私達はワイヤーを繋げたベルトを外し中に入ったが、やはり人気が無い。
何なら物音ひとつしない。
すぐに部屋を確認した。
どうやらここは応接間的な部屋の様だ。
「カラブリ?」とアランは首を傾げていたが、私は嫌な予感しかしなかった。
何かがおかしい。消し忘れや防犯の為だとして照明が点いているという事は絶対に人の出入りがあるはずだ。
だがこのフロアは意図的に人気を無くしたかの様な静まりかえりようだった。
「他の部屋も見よう」
私は銃を手に取り、店内を散策した。
食料庫、ロッカー、休憩室。
どこも照明だけが点いており人気は無い。
そして最後にメインの店内へ進んだ。
店内は他の部屋と違い照明は点いておらず、代わりに換気扇のみが作動していた。
明るい部屋から移動して来た事により、店内の暗闇に目がまだ慣れない。
アランがズカズカ中へと進むの見て「アラン、一旦ストップだ」と声を掛ける。
アランはこちらを振り返り
「ビビッテル?」とおどけてみせた。
私は口パクで「バカっ!」と言った。
その時だった。
こちらに振り返っているアランの姿が一瞬ぶれた様に見えた。
あれ?っと本能的に目を擦り、瞬きをしてからもう一度アランの方を見ると、アランはこちらを向いておらず前を向いていた。
「ン〰️…!ンン…ンッ…」
アランの声だ。
「アラン?何してっ…!?」
私が話し終わると同時にアランは横に倒れた。まるで残像が残るスローモーション映像の様に。
「はっ?アラン?おいっ…!」
ドサッっと倒れたアランの向こう側に人影があった。
視界が闇に覆われていたが、闇に目が慣れた私はその人影の正体が瞬時に分かった。
そこにいたのは180cmをゆうに越える身長に短く丁寧にセットされた髪型、色は綺麗な白髪で統一されておりまるで銀髪の狼の様な白人の初老の男だった。
それにアクション俳優の様に鍛え抜かれた体に独特の青い瞳。
その独特の青い瞳には憎悪の念が見て取れた。
「お前が…ジン・コリーか?」
手に血だらけのナイフを持ったそいつは私の問いかけには一切応じず、倒れたアランをずっと見下ろしていた。
「おいっ!答えろ!!」
しびれを切らした私は吠えた。
「少し黙れ……」
そいつは虫の息のアランに目を向けたまま、ドスのきいた流暢な日本語で答えた。
その異様な覇気の様なものに圧倒されてしまい、私はこれ以上声を上げられなかった。
アランを見ると今にも呼吸が止まりそうだった。
「アランッ!しっかりしろ!」
するとアランは最後の力を振り絞り顔だけをこちらに向けた。
「カ…カミ…ヤン。ゴメ…ン…モウ…ダメ」
そしてアランは全身の力が抜け、ゴロンと仰向けに向き直り息を引き取った。
私は声が出なかった。
仮にこれが映画のワンシーンならば私は叫びながらアランに近付き、「うぉぉぉお!! 」とでも言うのだろう。
しかし現実はそうじゃない。
もちろん悲しみはあるのだが、本当に声が出ないのだ。
その代わりに腹の中から込み上げてくるものがある。
それは『怒り』だ。目の前で親しい人間を殺されると悲しみなんかよりも圧倒的に怒りが勝つ。
私は我を失った。
「お前を殺す!!」
両足にありったけの力を込め、飛び掛かろうとした。
するとアランを殺したその男が口を開いた。
「これは報いだ」
突然の事に私は一旦その場に踏ん張り留まった。
その男は話を続けた。
「4年前こいつは私の芸術を壊した。あれは我ながら完璧なストーリーだったのだ。あの日からどれほどこの瞬間を待ちわびたか…私のシナリオに失敗作はない」
「アランがシナリオを壊した?何をいっているんだお前は?」
「あぁ、そうか。お前は何も知らないのだな。こいつは4年前パキスタンで私と対峙している」
ここでジンの言うシナリオの意味が分かった。
アランが中野と初めて出会った日の話だ。
「それはお前がアランを欺いた話か?それなら俺も聞いている。言っちゃなんだが失敗作も何もあんなシナリオはただの卑劣なシナリオにすぎん」
「だまれ小僧。お前には到底理解できん。信頼していた人間に銃口を向けられた人間の顔はすばらしい。恐怖や怒りとは違う感情に支配されている」
やはりな。アランの言っていた通り、こいつは頭の線が何本かいってやがる。
「お前のくだらない話はもういい!そこに膝をつけ!少しでも動くと容赦しない」
私はそう言い終わるとジンに銃口を向けた。
「クックックッ…やはりお前はまだ蒼いな。ここに私1人だと思ったのか?」
ジンがそう言い終わった後に背後に人がいる気配を感じた。
その瞬間私は右に回転し、背後を振り返った。
だか、すぐにやられたと悟った。
背後に人はおろか、人が立てるスペースすら無くすぐ後ろは壁だった。その壁にはビールジョッキを手に取る美女のポスターがあるだけだった。
(くそっ!)
そして正面に向き直ると案の定、眼前にジンの拳があった。
ジンの拳は大きく、そして年期が入っていた。
そして不思議な事に拳についた小さく細かい傷跡もハッキリと見えた 。
「ゴッッ… !」
静まり返った部屋に拳が頬骨に当たる鈍い音が響く。
そして私はゆっくりと宙に舞った…
全身が脱力しており、まるで蝶の様にこのままずっと舞ってられるかと錯覚するほどに。
時間にしてコンマ数秒の出来事だが数分、数時間に感じた。
宙に舞っている間にこれまでの様々な出来事が脳裏をよぎった。走馬灯というやつかもしれない。
退屈していたサラリーマン時代。
休日にたまたま散歩に出掛けたたらとある池を見つけ、私はそこで三尾の生き物を見た。
その三尾は名をサラジャと言い、誰にでも見えるわけではない守護霊の様なものだった。
サラジャは退屈していた私にヒントをくれた。世間体など気にせず自分が歩みたい道を行け…と。
それから私は何となく気分転換のつもりで友人の日野と遊びに出掛け、そこで今まで経験した事のないギャンブルや風俗というものを知った。
そしてその日に中野とも出会った。
しばらくして中野の本業がヒットマンだと知り、私は惹かれた。
今思えばあの日、日野と出掛けた事がきっかけで私の人生が変わっていったのだと思う。
もちろん良い事ばかりではなくさんざんな事もあった。
杏菜とまどかという肉体関係のみの愛人は出来たが、妻の美加とは離婚し会社も辞めた。
あ、そうそう。悪い事ついでに言うと森さんに勧められて薬物もしたな…
今思えば私はどうしようもない奴じゃないか。
何だか笑えてきた。映画の登場人物みたいだ。
(あぁ…だんだん眠くなってきた…どうせ私はこのままジンに殺される。なら潔く自ら目を閉じてもいいかな?)
ゆっくり目を閉じようとしたその時。
耳の奥。いや脳に直接誰かが話しかけた。聞き覚えのある声だ。
「本当にもうやり残した事はないか?己の人生に悔いはないか?もしそれが判断できないのであればまだ目を閉じるな」
(サラジャの声だ…!)
私は声に出さず心の中で思った。
(まだ死にたくありません。アランの敵も討ててない。でも、私じゃ目の前の男には勝てない)
「その男を殺したいのか?なぜだ?」
(なぜ?サラジャ様は見てないのですか?アランは私にとって友であり、家族同然の存在だったのです。そして目の前にいるジンが過去にアランの家族同然の部下を殺し、アラン本人までも殺した。だから私は何としてもこいつを殺す。殺さねばなりません。殺しを稼業とするヒットマンとして必ず)
「ならばお前に力を授けよう。先に言っておくが何も特別な力ではない。ヒットマンとして経験を積んでいけば必ず手に入る力だ。だがお前はまだヒットマンとしての経験が浅く、その力を得るところまできておらん。だから今後手に入れるであろうその力を前借りさせてやる」
(その力が手に入るとジンを殺せますか?)
「いや、それは分からない。後はお前次第だ」
後は自分次第…だがここまで来たら迷う理由がない。
私に選択肢はあるようで無かった。
(ぜひ…!ぜひその力を私にお授け下さい…)
「うむ。承知した…」
依然として私は宙に待っていたが、閉じそうだった目が自然に開いていくのが分かった。
相変わらず体はスローモーションに感じる。もう少しで背中が地面と接触するまで体勢が崩れていた。
すると、地面と接触したであろう瞬間。
私の体はバウンドし、まるでトランポリンで弾かれた様に軽やかに体勢を立て直す事ができた。
不思議な事に痛みはまったく感じなかった。
目の前のジンは目を見開いたまま驚きを隠せない様だ。
そりゃあそうだろう。こいつは私にデタラメを言い隙を作って渾身の拳を打ち込んだのだ。
そしてぶっ飛ばしたと思った相手が倒れる事なく立ち上がり、何事も無かったの様に立っているのだ。誰でも驚く。
「ふっ、やるなお前」
ジンは平静を装っていたが、顔には動揺が見て取れた。
私はジンに向かって走り出した。
ジンはすかさず前蹴りを繰り出して来たが、なぜかその動きがスローに見えた。
いや、見えたと言うよりは関節の動きから前蹴りだと読めた。
(サラジャの言っていた力とはこれか!)
ジンの蹴りは私の股間へ向けて放たれたが、左手で体の右側へとはたき、蹴りの軌道がずれた時に私の右肘をジンの顎に向け振り抜いた。
「ゴキッ!!」と鈍い音が響く。
ジンは咄嗟に顎に手を置き、顔面を守る動きをした。
するとジンのボディーはガラ空きだ。私はそこへ迷う事なく渾身のボディーブローを入れ、少し下がったジンの顔面に膝蹴りをお見舞いした。
ジンの鼻血が床へ飛ぶ。私は倒れ込んだジンの手首を踏みつけ、ホルスターに手を伸ばし銃を手に取った。
(終わりだ…!)
私が銃口をジンに向けたその時。
踏みつけられていない方の手が上着のポケットに移動したのを私は見た。
見たというよりは自然に目が手を追ってしまった。
サラジャから与えられた力が裏目に出た瞬間だった。
ポケットから抜いたジンの手には玉のような塊が握られており、それを勢い良く地面に叩きつけた。
パァァーン!と渇いた音と同時に目の前が真っ白になるほど光が弾けた。
キィィィーン!っと耳が取れそうなほどの耳鳴りもした。
「ぐっ…閃光玉か…!」
視覚と聴覚を麻痺した私に抵抗する術は無く、頭部をがっちりと固めたガードの体勢を取った。
しかし太股に激痛が走った。
「ぐぁぁあっ!!」
今すぐにでも座り込みたかったが、あまりにも激痛で下半身が思うように動かなかった。
この時は頭部のガードも忘れ必死に太股を両手で押さえた。
生ぬるい血が勢い良く次々と溢れだしているのが分かる。
(これを何とかしないと…!)
目を開けるもまだ視界は真っ白だ。私はどうする事もできず、両手で思い切り太股を押さえ付け止血を試みた。
だが出血の量があまりにも多い。直接目で見なくても分かるほどに。
少し足を前後に動かしただけでも地面からビチャビチャと水溜まりの上にいるかのような音が聞こえる。
(嘘だろ…このままだと出血死してしまう。こんな死に方は嫌だ…だれか…)
脳はアドレナリンを完全に失い、私はただ死に対する恐怖に怯えた。
「くそったれめ…!」
私はそう吐き捨て、その場に倒れた。
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