薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

モーネの初恋

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 それは7年前、モーネが目を覚ました瞬間に始まっていた。
 まだかろうじて目を開けただけで意識もはっきりしない、視界にはもやがかかっていて、音も途切れ途切れに入ってくるだけ。
 今日と明日の境目も分からない、ぼんやりとした時間の中。ふとした瞬間に、モーネは気が付いた。

(あれ?今、もしかして近くに子供がいる?)

 いつも世話をしてくれているのは、その雰囲気から多分、大人の男の人。でも今、それとは別に誰か小さい子供が側にいるような気がする。
 これはモーネにとっては大きな意味のある発見だった。何故なら、周囲に複数の人間がいて、それが時々入れ替わっている、それを認識できるということは、自分にはまだ時間の感覚があるということ。引いては、まだ生きているということではないか!事実、それを自覚した瞬間から、モーネの意識は急速に回復していった。
 まだ首を動かすこともできない中で、必死に探ってみたところ、その子はどうやら自分と同じくらいの大きさ。頭の部分はぼんやりとだけど黒く見えるので、恐らく黒髪だ。たまにおでこに当てられる手は滑らかですべすべ、そして微かに薬っぽい匂いがする、気がする。
 声はまだハッキリとは聞き取れなくて。でもたまに途切れ途切れに聞こえてくる「分かる……だいじょうぶ……」という囁きはまるで鈴を転がしたような可愛らしさ……。
 そう。当時、まだ声変わりしていなかったソルを、モーネは間違いなく女の子だと思い込んだ。しかも、とんでもない美少女だと。何の根拠もなく、勝手に。
 
(いや、多分、心配してくれてるのが分かって、嬉しかったんだ。だから、こんな優しい子は、絶対に可愛いんだろうなって……)

 子供といえど男というのは単純なもので、そうなるとモーネの毎日にはどんどん張り合いが出てきた。
 毎朝毎晩、口に流し込まれる薬湯は、体調によってとてつもなく苦く感じられる日もあったけど、むせ返る自分の手を握って「がんばって」と励まされると、何とか飲んでやろうと思えてくる。
 もう少し意識がはっきりしてからは、詳しいことは分からないながらも、手渡されるその薬を飲めば身体がよくなる。黒髪美少女の姿をはっきり見られるようになると信じて、1日に何回も薬を飲みたがり、フォードを困らせたりもした。
 そのうち、外の人間と意思の疎通ができるようになったところで、知らされたのは両親のこと。
 同じ退魄症にかかって、必死の看病むなしくこの世を去ってしまったと話してくれたのは、ずっと自分の世話をしてくれていたフォードだった。その話を聞いた時、初めて、自分の中に、これまでの記憶がないということに気付いて……。
 それからは、ふと不安になる夜があった。
 両親がいない、自分のことも分からない、なのにまだ子供で1人で生きていくこともできない。この先、自分はどうなるのだろう。
 意識が戻ってきたからこそ、眠れない。こんなことなら、自分も目覚めずに死んでしまった方が良かったのではないか……そう思って、まだよく見えない目から涙をこぼす夜には、何故か必ず黒髪美少女が側に来てくれた。そうして、何度でも囁いてくれるのだ。大丈夫だから、何も心配しなくていいから、早く元気になって、と。

――ありがとう、待っててね。ちゃんと、おへんじができるようにがんばるから。

 そう、それでめでたく意思の疎通ができるようになった暁には、男らしく告白したいと思っていた。
『今まで、そばにいてくれてありがとう。やさしい君を好きになりました。これからは、ぼくがあなたのことを守るから。だから大きくなったら、ぼくのお嫁さんになってください』と……。

(……なんて、思ってたこともあったな)

 薬湯のおかげで視界のもやが少しずつ晴れ、ソルの姿がはっきりと見えるようになってきたその時でも、モーネはまだソルを女の子だと信じて疑わなかった。それどころか、予想通りの美少女だと胸を高鳴らせて、その姿を目で追いかけたりもしていたものだ。
 その気持ちが打ち砕かれたのは、自分を世話してくれていた“フォードおじいちゃん”が、改めてソルのことを「これから、モーネのお兄ちゃんになる子だよ」と紹介した瞬間。えっ、兄!?姉でも妹でもなくて、兄なの!?

(男の子だったら、好きなんて言ったらおかしいよね……)

 しかも、言葉が話せなかった時にあれだけモーネの気持ちを汲み取ってくれたソルは、この時ばかりはモーネの心の内に全く気付かず。

「よろしく。困ったことがあったら、何でも言って。力になるから」

 差し出された手を握りながら、モーネは自分の思いを封じ込めた。
  記憶がないので確かなことは分からないけれど、それでもモーネにとってソルに抱いた気持ちは間違いなく初恋。そして、その恋心は木っ端みじんに打ち砕かれて終わりを迎えたはずだった。
 なのに……。

 きっぱり気持ちを切り替えたモーネが、ソルの“弟”になってから数ヶ月。モーネは、あることに気付いてしまった。
 それは、ソルについて思い違いをしていたのは、その性別のみ。それ以外の部分は、まだ何も分からなかった頃に感じていた通り、とても優しくて、それでいてモーネの好みど真ん中に突き刺さる可愛いところもある、ということだ。
 特に、モーネの小さな悪戯に引っかかって、本気で驚いている時のソルは筆舌に尽くしがたいほど可愛い、とモーネは思う。
 優しさに関しては、誰に対しても分け隔てなく発揮されるので、周りの年下の子供たちからも慕われているし、特に仲の良いシェリーに至っては、いつの間にか自分も弟分だなどと言い出す始末だ。勿論、シェリーは良い友人だし、それはそれで構わないのだけれど。
 でも、なのにどこか割り切れない気持ちになるのはどうしてなんだろう。シェリーだけじゃない、他の子供たちからもソルが兄であることを羨ましがられる度に、モーネは誇らしさと同時にモヤモヤするものを感じていた。

(でも、これは恋じゃない。だって、ソルは男でお兄ちゃんなんだから)

 かつて黒髪美少女に失恋して以来、モーネは他の誰にも恋をしたことがない。
 その代わり、頭の中で1番大きな部分を占めている、心の1番大事な部分に居座っているのがソルだということは、誰にも絶対に秘密だ……。

***

「モーネ!モーネったら!着いたよ!!」

「へ?あっ、ごめん!ぼーっとしてた!」

 気が付くと、馬車は校門の前につけられていた。
 ソルは既に降りて、眉を寄せながらこちらを見ている。後ろでは自分につかえて動けないシェリーがガクガクと肩を揺さぶっていた。

「ごめんごめん、今降りるから、そんなに揺らさないで。酔っちゃう」

「馬車は止まったのに!?」

 焦り気味に荷物をかき集めて馬車を降りると、ソルが「大丈夫か?」と聞いてきてくれた。

「こっちも不機嫌になってごめん。もう怒ってないから、モーネも気にしないで」

(うぅぅ、なんて良いお兄ちゃん……)

「うん……こっちこそ本当にごめん……」

 その謝罪の本当の意味は、ソルには伝わらない。
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