薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

すれ違いと思いがけない展開

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「……ソル君?ソル君、大丈夫?」

 言葉とともに、目の前でヒラヒラと手を振られて、ソルはハッと意識を取り戻した。
 慌てて辺りを見回すと、そこは昼休みの教室。ソルがぼんやりしていたからなのか、いつも何となく一緒にご飯を食べる仲間達の姿は消えてしまっている。

「あの人達なら、馬術場の方でご飯を食べる、って言ってたわ」

「馬術場?」

「次の時間、男の子は馬術の授業なんでしょ?どうせなら先に行って、ご飯もそこで食べるんだって」

 臭いなどは気にならないのだろうか。

「ソル君にも何度も声を掛けてたけど、ソル君がぼんやりしてたから。後からまた様子を見に来るって言ってたわ。優しいのね」

「そうだね……悪いことしちゃった」

「何かあったの?何だか、いつも以上にぼんやりしてるみたいだけど」

「う……ん、実はね。ちょっと弟とケンカ、というか言い合いになっちゃって……」

 小さな小競り合いはしょっちゅうだ。でも、あそこまでお互い、声を荒げて怒鳴り合ったのはいつくらいぶりだろう。
 きっかけを作ったシェリーは、最後、馬車が村に着く頃には半分泣きそうになりながら、間に入ってくれていた。

「喧嘩、ね……、私、お姉様と妹しかいないから。男の兄弟喧嘩って何だか夢があるわ。やっぱりおやつを取り合って殴り合ったりするんでしょう?」

「それは……さすがに、この年になったら、もうやらないかな」

 おやつなんて、今だったらいくらでも譲ってやれる気がする。多分、モーネもそう。
 今の自分達には、おやつなんかよりもっともっと譲れないものがあって、でも心のどこかではお互い譲りたいとも思っている。だから、苦しいのだ。

 昨日、特別クラスの生徒に話しかけられたというモーネは、最初、その内容をひたすらに語らなかった。それでも『何か、髪がどーたらこーたらって聞こえた!』というシェリーに、隠し通すことは難しいと思ったようで、最後に渋々口を割った内容は。

『髪、治してやろうかって言われた。多分、髪だけじゃなくて、根本の精気の部分なのかな。すぐに断ったし、よく分かんないけど』

『断った!?』

 理解できない、とは言わない。モーネの気持ちは分かっているつもりだ。
 でも、それでも。

 馬鹿なことをした、と思った。
 自分が側にいたら、絶対に断らせなかった。首に縄を付けてでも引っ張っていったのに。

『僕にはフォードおじいちゃんとソルがいるから平気。2人を信じてるから、大丈夫』

『大丈夫じゃない!薬師は万能じゃないんだ!!』

 ソルの言葉に、モーネはこれまで見たことがないくらい、傷ついた顔をした。

『ソルが、治してくれるんじゃなかったの?立派な薬師になるって約束した。ソルが一人前の薬師になって、僕や僕だけじゃない、皆のことを助けてくれるって。だから、僕はあのクラスメイトの人のことだって……』

 そこで、守秘義務の約束を思い出したらしい。モーネの声は小さくなっていき、視線も下へと下がって……。
 でも、次の瞬間、顔を上げたモーネは今度は別の角度から反撃をしてきた。
 ソルがもうヒーセントのことなんて考えないと言った、あの約束だ。

『結局、まだ考えてるんじゃないか!ソルの嘘吐き!』

 これには、ソルも言葉がなかった。
 結局、どうやっても考えてしまうんだ、と言っても、モーネは絶対に納得しないだろう。

 最終的には、2人が言い合いをしているうちに馬車が家に着いてしまい、おろおろするシェリーに見送られながら2人とも馬車を降りた。
 そうして、食堂のテーブルにフォードが『隣り村で木から落ちた人がいるので、軟膏を届けてきます』と書き置きをしてあるのを見つけると、ご飯は部屋に持って行って食べ、結局、朝までモーネとは口を利かなかった。
 朝も、2人の間には会話は一切なく、馬車の中では気を遣って話を振ってくるシェリーに、それぞれ返事を返すだけ。多分、帰りの馬車も同じだろう。

 約束を破るようなことをしているのは申し訳ないと思っている。
 でも、モーネだってもう少し、こっちの気持ちを分かってくれてもよいのではないか。
 ソルはヒーセントに憧れているだけではなく、モーネのことも本当に心配なのだ。

(突然、いなくなったりして欲しくない。その気持ちも分かって欲しいのに……)

「……ソル君。悩んでるところ、申し訳ないんだけど。実は、お昼休みのうちに話しておきたいことがあって……」

 教室にはまだ人がたくさんいて、昼食を食べたり、食後のおしゃべりを楽しんだりと思い思いに過ごしている。あまり2人だけで喋っているのは良くないのではないかと、ソルが心配になった時。

「大丈夫よ。私、皆やお父様にも話したの。ソル君に薬を作ってもらってるって」

「えっ、そうなの?」

「女の子達、皆、羨ましがってた。そういえば顔色が良くなって綺麗になってきたね~、とかって言ってくれる子も多かったし。ソル君、人気出ちゃうかもね」

 それは、どうなのか。まだ年若い少女達が安易に薬に頼ることは、フォードもソルも良いことだとは思えない。

「髪は?どんな感じ?」

「色は、まだ分からないんだけど。でも、根元の色は少し濃くなってきたんじゃないかって、お母様が。あ!あと、髪にハリが出てきたって!」

「そっか。なら、良かった。じゃあ、もう少し続けてみる感じかな。その、誰かにご挨拶?する日くらいまでは……」

「あのね、ソル君。そのことなんだけど」

 ソアラは、言いにくいことを口にする様子で、顔をしかめてみせた。

「実は、ご挨拶のお話。なくなっちゃって」

「え?どうして?」

「何でも、その方が出入りしている男爵様が、国王陛下から禁止されている賭博場を作っていたみたいで……。それがバレて、爵位を剥奪されるらしいの。出入りしていた方も、とばっちりを受けて、今は商人ギルドから白い目を向けられてるらしいわ。そんな人からお世話して頂く縁談なんて、受ける訳にいかないでしょ?」

「そう、だね……」

 聞けば、その男爵はこの辺りの領地一帯を取り仕切っていて、その土地も今回の件で没収されるらしい。その中には、ソル達の住むヴィルデ村も入っている。

「新しい領主様は、伯爵のネイゴン卿ですって。何でも、元男爵様の賭博場の件を暴いたことが国王陛下のお耳に止まったらしいって。お父様が言ってたわ」

「そうなんだ?よく知らない名前だけど……」

「私達には、普段、関係ないものね」

 伯爵家といえば、男爵よりも位が上がる上に、恐らく出入りの商人達ももう決まった者がいるに違いない。今からそこに入り込むにはまた時間がかかるので、ソアラの父親はどうやら頭を痛めているようだ。が、ソアラはそこまで悲観はしていないらしく、話をする声にもあまり落ち込んでいる様子はない。

「それでね、お薬のことなんだけど……」

「一旦、止めておく?ソアラの年齢なら、まだ生活の中で色々と試せることがあるから、無理に薬を飲む必要はないかなと思うんだけど……」

「お薬……あと1週間分だけ、作って欲しいの。それを飲み終わったら、終わりにするから」

「1週間分?構わないけど、何かあるの?」

「実はね……」

 ソアラは周りを素早く窺ってから、声を潜めた。

「お茶会があるの。来週末に」

「お茶会?」

「ソル君、知らない?お店でお茶を飲んで、お喋りするのよ。町の中流階級くらいの人達は、定期的にお世話をする人がいて、そこで結婚のお話が決まったりもするらしいわ」

「へえー、そうなんだー」

 ヴィルデ村には全くない風習だ。というより、村にはそんなに大勢の人間が集まれる店のようなものもない。せいぜい、ごくまれに旅人が通りかかった時だけ開かれる、『野外食堂』と称したシェンバー夫人の家庭料理屋――戸外にテーブルと椅子を置いただけの場所――があるだけだ。

「でも、そんなお茶会なんかに出かけて、ソアラは大丈夫なの?お父さんに怒られたりしない?」

「今回のお茶会は、そういうのじゃない。単なるおしゃべりの会みたいな感じだから、大丈夫。それに、お父様を通じてお誘いがあったみたいだし……」

 そこで、ソアラは再び辺りをうかがって、そしてより一層潜めた声を出した。

「そのお茶会ね、どうやら特別クラスの人達が来るらしいの……」
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