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第1部 学校~始まり
混沌、そして……
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夢を見ていた気がする。
まだ、かろうじて意識を取り戻しただけで、手も足もうまく動かなかった自分が、元気になって学校に行く夢。
明るくて賑やかで、でも実はとても頭の良い親友もできて、そしてもう一方の傍らには初恋の黒髪美少女がいてくれた。
黒髪美少女はちょっぴり不器用で、でも頑張り屋で。優しくて強くて、そして、思っていた通り、とっても可愛い。
声は、残念ながらあの頃より低くなってしまったけれど、でも耳障りがよくて心地もよくて、何だか眠くなる。それで、たまに話の途中に寝てしまって、怒られたりもするけど。
あの頃、まだ動けなかった自分が願っていた夢は1つを残して、全て叶った。
黒髪美少女の姿を見ること。言葉を交わすこと。そして、仲良くなって一緒に遊ぶこと。
叶わなかったことは、1つだけ。
『優しいあなたを好きになりました。僕のお嫁さんになって下さい』
それだけは言えなかったね。本当に、言いたかったのに。
でも、今、夢が終わっちゃう。
また、元の通り、ベッドの上でただじっとしてるだけ、今日と明日の区別もつかないような毎日。親友も、黒髪美少女の姿も見えなくて、話もできなくて。
――ああ、だったら、言っておけばよかった。
どうせ覚めてしまう夢なら、見ているうちに言っておけばよかったんだ。
誰よりも1番、大好きで、側にいたい。ソルにも、自分のことだけ見てて欲しいって。
え?あれっ?今、ソルって言った?
違うよ。僕が好きになったのは黒髪美少女で、ソルじゃないんだから。ソルは男で、そんな対象だなんて思っちゃいけなくて……。
「ちょっと飲みにくいかもしれないけど。でも……頑張って」
その言葉、前にも言ってくれたね。覚えてるよ。
君がそう言ってくれたから。僕は君の姿が見たくて、話がしたくて、ここまで頑張ってきたの。でも、もう夢は終わっちゃうから、ここでさよなら、なのかも……。
「独りにしないって言ったろ?」
そうだよね、独りになんてしちゃいけない。君は、周りが思っているより寂しがり屋で、フォードお祖父ちゃんのいない夜は、『慣れてる』って言いながらも、不安そうな顔をしていたから。すぐに分かったよ。本当は、置いていかれるのが怖いんでしょ?
――でも、最初に約束を破ったのは、そっちだから。ソルがヒーセントを諦めてくれなかったこと、僕はまだ許してないよ。
でも……だけどね。
「……独りにしないって言った……信じてるから……」
***
「……ソル、まだ起きてるのかい?」
フォードが部屋の扉を薄く開けて中を覗き込むと、ソルはベッドに寄りかかるようにしてぼんやりと座っていた。
そして、ベッドの中には昏々と眠り続けるモーネ。
「じいちゃん、俺、間違ってなかったんだよね?」
それは、何度も繰り返される問いかけ。
モーネが熱を出したのはフォードが仕事に行っている最中で、ソルは事情を慮ってフォードを呼び戻さず、自分だけで薬を選んだ。
ソルが選んだ薬草は間違っておらず、それは何度も伝えたが、現実にはモーネが発熱してからもう1週間。その間、モーネは1度も目を覚ますことなく、眠り続けている。
「……何度も言ったろう、ソル。ソルの考え方も、選んだ薬も間違っているところは1つもなかった……」
「じゃあ、何でモーネは目を覚まさないの!それに、じいちゃんは、帰ってきてから薬草を変えた。それって、やっぱり俺が間違ってたからじゃ…!」
「違うよ、ソル。それは違う」
病人の身体は刻一刻と変化する。
最初に選んだ薬が正解だったとしても、数時間後、1日後には、同じ薬が効くとは限らない。
でも、年若いソルには、それが伝わらない。いや、頭では分かっていても、不安が頭を離れないのだろう。フォードにも覚えがある。
「……ソル、これから、とても大事なことを伝える。厳しい話だが、どうか聞いて欲しい」
ソルの肩がビクリと強ばった。
恐らくこちらを向こうとして、でも身体を動かすことができないのか、目線は下げたまま、首だけがフォードの方に動かされる。
「ソル、残念なことだが、人間には寿命がある。医師も薬師も、それを越えて人を生かすことはできない」
ソルの口から、ヒュッと息の漏れる音がした。
そのまま、やはり身体を動かすことはなく、目線だけがモーネの土気色の顔に向けられる。
「モーネ……寿命なの……」
「そうじゃない。それは、まだ分からない。結果が出るまでは」
「結果、て何?……もしも、モーネが死んだら、それが寿命だったってこと……?」
信じられない、という顔をするソルに、フォードは敢えて静かに頷いた。
「そうだよ」
医学も薬学も万能ではない。
どうやっても助けられない患者もいて、それでも、人を助けようとする志は尊いものであるはずなのに、そういう尊い志を持った医師や薬師ほど、助けられなかった人間のことを考えて。自分を責めて、辞めていく。
フォードには、そうした仲間が何人もいた。優れた能力と、人並み以上に優しい心を持ちながら、だからこそ、たった1人の患者を救えなかったことに絶望して、薬師を辞めてしまった友人達の、どれだけ多いことか……。
「ソルには、そうなって欲しくない」
そのために薬師という職業の限界を知り、それを受け入れ、その上で最善を尽くすことを止めないで欲しい。それがフォードの願いであったのだが……。
――……やっぱり、薬師の力には限界があったんだ……。
そんなの、分かっていた。
とっくに分かっていたけれど……。
(ごめんな、モーネ。俺には、力がなくて……)
モーネだけじゃない。自分の両親も、そして、せっかく村に辿り着きながら助けられなかったモーネの両親も、自分に力があれば、そしてそれが発現するまで待っていてくれたら、皆、お別れしないで済んだかもしれない。
あらゆる病を治す、ヒーセンスという力があれば……。
(でも……)
ソルの耳には、モーネの言葉が残っている。
「モーネは、俺のこと独りにしないって言った。俺は、信じてるから……」
まだ、かろうじて意識を取り戻しただけで、手も足もうまく動かなかった自分が、元気になって学校に行く夢。
明るくて賑やかで、でも実はとても頭の良い親友もできて、そしてもう一方の傍らには初恋の黒髪美少女がいてくれた。
黒髪美少女はちょっぴり不器用で、でも頑張り屋で。優しくて強くて、そして、思っていた通り、とっても可愛い。
声は、残念ながらあの頃より低くなってしまったけれど、でも耳障りがよくて心地もよくて、何だか眠くなる。それで、たまに話の途中に寝てしまって、怒られたりもするけど。
あの頃、まだ動けなかった自分が願っていた夢は1つを残して、全て叶った。
黒髪美少女の姿を見ること。言葉を交わすこと。そして、仲良くなって一緒に遊ぶこと。
叶わなかったことは、1つだけ。
『優しいあなたを好きになりました。僕のお嫁さんになって下さい』
それだけは言えなかったね。本当に、言いたかったのに。
でも、今、夢が終わっちゃう。
また、元の通り、ベッドの上でただじっとしてるだけ、今日と明日の区別もつかないような毎日。親友も、黒髪美少女の姿も見えなくて、話もできなくて。
――ああ、だったら、言っておけばよかった。
どうせ覚めてしまう夢なら、見ているうちに言っておけばよかったんだ。
誰よりも1番、大好きで、側にいたい。ソルにも、自分のことだけ見てて欲しいって。
え?あれっ?今、ソルって言った?
違うよ。僕が好きになったのは黒髪美少女で、ソルじゃないんだから。ソルは男で、そんな対象だなんて思っちゃいけなくて……。
「ちょっと飲みにくいかもしれないけど。でも……頑張って」
その言葉、前にも言ってくれたね。覚えてるよ。
君がそう言ってくれたから。僕は君の姿が見たくて、話がしたくて、ここまで頑張ってきたの。でも、もう夢は終わっちゃうから、ここでさよなら、なのかも……。
「独りにしないって言ったろ?」
そうだよね、独りになんてしちゃいけない。君は、周りが思っているより寂しがり屋で、フォードお祖父ちゃんのいない夜は、『慣れてる』って言いながらも、不安そうな顔をしていたから。すぐに分かったよ。本当は、置いていかれるのが怖いんでしょ?
――でも、最初に約束を破ったのは、そっちだから。ソルがヒーセントを諦めてくれなかったこと、僕はまだ許してないよ。
でも……だけどね。
「……独りにしないって言った……信じてるから……」
***
「……ソル、まだ起きてるのかい?」
フォードが部屋の扉を薄く開けて中を覗き込むと、ソルはベッドに寄りかかるようにしてぼんやりと座っていた。
そして、ベッドの中には昏々と眠り続けるモーネ。
「じいちゃん、俺、間違ってなかったんだよね?」
それは、何度も繰り返される問いかけ。
モーネが熱を出したのはフォードが仕事に行っている最中で、ソルは事情を慮ってフォードを呼び戻さず、自分だけで薬を選んだ。
ソルが選んだ薬草は間違っておらず、それは何度も伝えたが、現実にはモーネが発熱してからもう1週間。その間、モーネは1度も目を覚ますことなく、眠り続けている。
「……何度も言ったろう、ソル。ソルの考え方も、選んだ薬も間違っているところは1つもなかった……」
「じゃあ、何でモーネは目を覚まさないの!それに、じいちゃんは、帰ってきてから薬草を変えた。それって、やっぱり俺が間違ってたからじゃ…!」
「違うよ、ソル。それは違う」
病人の身体は刻一刻と変化する。
最初に選んだ薬が正解だったとしても、数時間後、1日後には、同じ薬が効くとは限らない。
でも、年若いソルには、それが伝わらない。いや、頭では分かっていても、不安が頭を離れないのだろう。フォードにも覚えがある。
「……ソル、これから、とても大事なことを伝える。厳しい話だが、どうか聞いて欲しい」
ソルの肩がビクリと強ばった。
恐らくこちらを向こうとして、でも身体を動かすことができないのか、目線は下げたまま、首だけがフォードの方に動かされる。
「ソル、残念なことだが、人間には寿命がある。医師も薬師も、それを越えて人を生かすことはできない」
ソルの口から、ヒュッと息の漏れる音がした。
そのまま、やはり身体を動かすことはなく、目線だけがモーネの土気色の顔に向けられる。
「モーネ……寿命なの……」
「そうじゃない。それは、まだ分からない。結果が出るまでは」
「結果、て何?……もしも、モーネが死んだら、それが寿命だったってこと……?」
信じられない、という顔をするソルに、フォードは敢えて静かに頷いた。
「そうだよ」
医学も薬学も万能ではない。
どうやっても助けられない患者もいて、それでも、人を助けようとする志は尊いものであるはずなのに、そういう尊い志を持った医師や薬師ほど、助けられなかった人間のことを考えて。自分を責めて、辞めていく。
フォードには、そうした仲間が何人もいた。優れた能力と、人並み以上に優しい心を持ちながら、だからこそ、たった1人の患者を救えなかったことに絶望して、薬師を辞めてしまった友人達の、どれだけ多いことか……。
「ソルには、そうなって欲しくない」
そのために薬師という職業の限界を知り、それを受け入れ、その上で最善を尽くすことを止めないで欲しい。それがフォードの願いであったのだが……。
――……やっぱり、薬師の力には限界があったんだ……。
そんなの、分かっていた。
とっくに分かっていたけれど……。
(ごめんな、モーネ。俺には、力がなくて……)
モーネだけじゃない。自分の両親も、そして、せっかく村に辿り着きながら助けられなかったモーネの両親も、自分に力があれば、そしてそれが発現するまで待っていてくれたら、皆、お別れしないで済んだかもしれない。
あらゆる病を治す、ヒーセンスという力があれば……。
(でも……)
ソルの耳には、モーネの言葉が残っている。
「モーネは、俺のこと独りにしないって言った。俺は、信じてるから……」
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