薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

人類の90%と残りの1割

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「そういえば、昨日ソル兄が友達連れてきてたじゃん?あの人は、留学するらしいよ」

 思案するモーネの前で、お菓子を一口、口に入れたシェリーが、思い出したように言った。

「学校、サスイル皇国との国境の近くなんだって。その辺はあまり高い建物を建てると警戒されるから、学校も2階までしかないらしいけど。でもその分、横に広~いんだってさ」

「へぇー、大変なんだね」

「向こうは超軍事国家だからね。噂によると、少し前までは皇位を継ぐのにどこか別の国を1つ併合することが条件だったって。今はさすがにそんなことないみたいだし、そもそも噂が本当かどうかも分かんないんだけど」

「随分詳しいね。調べたの?」

 モーネが尋ねると、シェリーは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「先輩から話を聞いたら気になってきちゃって……行かないんだから、どうでもいいことなんだけどさ……」

「……もう断っちゃったの?」

「まだ。でも、明日は断る、つもり……」

――何だ、迷ってるんじゃん……。

 そもそもモーネには、セイコー先生がシェリーのことを自分の授業の盛り上げ役になってくれているからという理由で選んだとは思えない。
 シェリーは興味の幅が広い上に、知りたいことはとことん調べる性格なので、テストの点数には反映されなくても物知りで頭が良いのだ。
 先生だって、きっとそういう所を評価したのだと思うのだけど……。

 モーネが何か考えていることが分かったのだろう。
 シェリーは皿にフォークを置いて、「あのね」と話し出した。

「俺さ、モーネとソル兄のことはすごいと思ってる。モーネは退魄症から生き返った強運の持ち主だし、ソル兄だって俺と2こしか違わないのに、立派に夢に向かって頑張って、しかも前に進んでる。2人とも本当にすごくて、俺みたいな“一般人”とは違うんだ」

「いや、ソルは確かにすごいけど、僕はフォードおじいちゃんに助けられただけのただの患者だから……」

「助かったことがすごいの。それだけで、もう普通の人とは違う。モーネは神様に選ばれてる」

 でも、自分は違う、とシェリーは繰り返した。

「俺には本当に何もない。たまに、村で“お金持ち”だってからかわれることがあったけど、それだって俺がどうこうじゃない。頑張って畑を大きくしたのは父さんで、今も村のために尽くして尊敬されてるのも父さん。父さんは昔、『人間の9割は“一般人”だ』って言ってたけど、本当に一般人なのは俺だけ。後は、皆立派な人たちばかり」

「そんなことない。ソルだって、頑張ってるし立派だけど、何か持ってるかって言われたら……結局、ヒーセンスだってなかった訳だし……」

「その代わり、ソル兄には薬師としての才能がある。この前、モーネが熱を出した時だって、ちゃんと助けられた。俺は2年後、ソル兄みたいにはなってない。絶対に」

 断定的な強い言葉とは裏腹に、シェリーの口調は静かだった。そのことについて、何かを思う時期は、もうとっくに過ぎてしまったみたいに。

「でもさ、待って。もし今までのシェリーが、その……何?“何も持ってない”?だったとしても、今この留学の話が転機になるかも、とは思わない?」

「俺は、別に“何か”が欲しい訳じゃないんだ。何も持ってないことが悔しい訳でもない。一生、普通に平和に過ごせたら、それで上々だと思ってる。父さんだって、そう言ってたし……」

「あれは、そういう意味じゃないと思う!そんなこと言ったら、マグワルトさんが可哀想だよ!」

 モーネが思わず、立ち上がりかけた時。

「お水のお替わりをお持ちしましたよ」

 店の主人がカップを2つ運んできた。村ではあまり見たことのない、陶器製だ。

「ごゆっくりどうぞ」

 笑顔を崩さないまま、主人は再び奥に引っ込んで……。

「……ごめん。大きな声、出しちゃって」

「ううん。何か、俺の方こそごめん。本当はこんな話、するつもりじゃなかったんだけど……」

 シェリーは陶器の淵をそっとなぞって、呟いた。

「本当はね、怖いんだ」

「……何が?」

「俺は一般人だって、それは周りと比べて落ち込むこともあったけど、でも気楽だった。一般人なんだから、別に特別なことなんてできなくていい。誰も期待なんてしてないし、って」

――いや、それを言ったら、僕なんてどうなるのさ。

 シェリーには血のつながった実の両親がいるが、モーネにはそれもいない。シェリーに輪をかけて、自分に期待する者など皆無だ。

――あ、でも、ソルやフォードおじいちゃんは、少しは何か思ってくれたりするのかな。だったら、嬉しいけど……。

「……モーネ?大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっと自分のこと考えちゃってごめんね」

「まだ、それ言う?モーネは絶対、特別!俺が言うんだから、信じて?」

 シェリーはいつものように、明るく笑って。

「それで、俺は俺で、その一般人の生活が気楽なの。留学って国と学校と家が折半でお金を出すものだから、そこまでしてもらって誰の役に立つこともできないのは気が引けるし、もっとふさわしい人がいるのに何でお前なんだって思われるのも嫌。そもそも、俺、長男で村から離れられないのに、留学させてやったんだから王都に来て働けとか言われるのも困るし」

 本当に何で俺なんかが指名されたんだろうね、とシェリーは笑う。
 そして、ふと目をやった窓の向こうには、ルートが帽子を取って誰かに頭を下げる姿があって……。

「ソル兄、帰ってきたみたい。……もしかして、また誰かと一緒なのかな?」

「ねえ、シェリー。その、今の“何でシェリーが選ばれたのか”っていう話なんだけど」

 食べきれなかった分のお菓子を包んでもらうため、主人を呼ぼうとしていたシェリーが「え?」と振り返る。
 その顔を真っ直ぐに見ながら、モーネは提案した。

「直接、セイコー先生に聞きに行こう。明日……は休みだから、明後日。僕も一緒に行く」

 それで、もし『授業の盛り上げ役になってくれているから』なんて言ってきた時には、面と向かって「セイコー先生!」って言ってやる。
 モーネがそう言うと、シェリーはゲラゲラと笑った。

「いいね!俺、モーネがセイコー先生って言う方に1票賭ける!」
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