薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

一方、お茶飲み場では

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 一方、ソルが豪奢なサロンでもてなしを受けている間、モーネとシェリーが案内されたのは、こじんまりとした町のお茶飲み場。
 
「この時間でしたら、お茶と田舎風焼き菓子がお勧めですよ。それとも、男の子2人なら、もっとお腹に溜まるものの方が良いかな?」

 店の主人は、さすがルートが懇意にしているだけあって、ニコニコと感じが良い。

「お代のことは気にしないで良いからね。ルートさんから、好きな物を何でも食べさせてあげて欲しいって言われてるので」

「ありがとうございます。じゃあ、俺はお勧めのお茶と焼き菓子を」

「僕も、同じ物をお願いします」

「お茶と、焼き菓子を1つずつね。すぐにお持ちしますので、ゆっくりくつろいでいて下さい」

 終始、ニコニコしていた主人が奥へと引っ込むと。

「……シェリー、足りるの?」

「モーネこそ。俺、ここじゃない他のお茶飲み場に連れて行ってもらったことあるけど、焼き菓子なんて、こーんな、こーんな親指くらいの大きさだぞ?」

「僕は大丈夫。……実は、今ちょっと気持ちが悪くて……」

 モーネがお腹を押さえると、シェリーは立てていた親指を下ろして顔を曇らせた。

「大丈夫?もしかして、まだ本調子じゃないとか?」

「ううん、この前の熱は、もう何でもないくらいになったんだけど……実は、あれからさ、ちょっと強い薬を作ってもらっていて……それ以来、何だか胃がムカムカするんだよね」

 元々、そういうことがあるかもしれない、と2人には言われていた。あまり辛かったら、相談するように、とも。

「……でも、薬、変えて欲しくなくて……」

「何で?フォードさんなら、もう少しマイルドなもの、とか、調節してくれるんじゃない?」

「それは、分かってるんだけど……」

――でも、ソルがあんなに喜んでくれた……。

 そう、あの日、自分が本気で身体を治すと宣言した時のソルは本当に嬉しそうで、自分に抱きついてまできてくれた。
 それを思うと弱音は吐きたくないし、ここを我慢して元気になれば、ソルはもっと喜んでくれるかもしれない。もしかしたら、もう1度、抱きついてきてくれるかも……なんて、それは下心があり過ぎだけど……。

「……俺さ、モーネは今日も『ソルの後つけよう!』って言い出すんじゃないかと思ってた」

 シェリーがイタズラっぽく笑う。

「それでこの前みたいに、俺も付き合わされるのかなあって思ってたんだけど」

「……今回は無理。ルートさんが見張ってるもん」

 ルートは、2人がどれだけ『ルートさんも一緒に食べよう』と誘っても、首を縦には振らずに、店の外で待っている。
 どうやっても通行の邪魔になってしまう馬車は店の前に置いておけないので、公共の繋ぎ場に繋いでおくらしい。その後は“その辺をふらふらする”と言っていたけど、ルートのことだ。必ず店の近くにいて、2人が抜けだそうものなら『危ねえことは、お止め下せえ。坊ちゃん達は大事な預かりもんでさあ』と飛んでくるに違いない。少なくとも、モーネはそう思っている。

「……取り敢えず、僕のことは置いといてさ。シェリーこそ、いつもと違わない?普段ならそーんな親指サイズのお菓子なんかで満足しないでしょ?クレアさんのパイなんて、お腹いっぱいになってもまだ詰め込むくせに」

 何かあったの?とモーネが尋ねると、シェリーは緊張したように唇を舐めた。

「えっと、えっとね……」

 やっぱり、いつもとは違う。普段ならどんなことも、たまには隠しておいて欲しいことまで、臆せず口にしてしまうのがシェリーだというのに。

「待ってね。今、どっから話すか、考えてるから……」

「大丈夫?もし言いたくないことなら無理にとは……」

 モーネが気遣った、丁度その時、主人が木製のカップと木皿を運んできて。

「お待たせしました!お勧めの、お茶と田舎風焼き菓子です!」

 コトン、ではなく、ドン、という音とともに木皿がテーブルに置かれる。その迫力ある姿を見た瞬間。

「ちょっと、シェリーの嘘吐き!!これ、親指じゃないじゃん!!ほとんど手のひら2枚分じゃん!!」

「いや!俺も!こんなの初めてなんだけど!!」

「ルートさんの大事なお坊ちゃん達なので、サービスさせていただきました。食べきれなかったら包んであげるから、無理なく召し上がれ」

「あ、ありがとう……」

「ございます……」

 2人は顔を見合わせて。

「と、とにかく食べようか」

「うん、食べよう」

 さくりとフォークを入れた焼き菓子は、甘さ控え目で口に入れるとほろほろと崩れていく。見た目は大きいけれど、そこまで胃に負担はなさそうだ。
 それで口の方もほぐれたらしい。
シェリーは、一口お茶を飲むと、そのカップを手で支えたまま「あのさ、聞いてくれる?」

「……あの、モーネが熱出す少し前なんだけど、俺だけが先生に呼ばれたことあるの、覚えてる?」

 言われてみれば、そんなこともあった。
 帰ってきたシェリーは、そのことについては一言も触れなかったので、大した用事では無かったのだろうと気にも留めていなかったのだけど。

「あれね、国内留学してみないか、っていう話だったんだ」

「国内留学?この学校、そんな制度があったの?」

「3年に1度、中等部と高等部の各学年から1人ずつ。“学校ギルド”に加盟している学校同士で送り合って、交流を深めるんだって」

「学校ギルドなんてのもあるんだ!知らなかった!!」

 マリフォルド王国では、今の国王の代になってから各領地間の交流が盛んになり、それまでバラバラだった職能者達がこぞって組合――ギルドを立ち上げている。
規模の大小でいえば、やはり時代を作り上げていく商人達の“商人ギルド”が大きいが、他にもフォード達が関心を寄せている“薬師ギルド”や物作りの職人達がその制作物に関係なく所属する“クラフト ギルド”などというものもあるらしい。
でも、まさか学校までギルドを組んで連携を計っているとは。いつも、周囲数メートルの世界で生きているモーネには、全くの初耳だ。

「……それで?シェリーはその各学年で1人だけの、国内留学の生徒に選ばれたってこと?」

「選ばれたって言って良いのかな。僕を推薦してくれたのって、国史学の“セイコー先生”なんだって」

 クラスで“青光石”について熱く語り、伝説を残した国史学の教師は、それ以降“セイコー先生”と呼ばれてクラス中から親しまれている。

「……普通さ、留学、とか、選ばれる、なんて言葉聞いたら、それはすっごく真面目で、成績優秀な人が、なるもんだと思うじゃん」

「まあ……それは、そうかもしれないけど……」

「俺なんてさ、別に何の取り柄もない田舎村の農家の息子で。人類のほとんどを占める“一般人”の代表みたいなもんだし。セイコー先生は、俺がくだらない質問して、授業の盛り上げ役をやってるから推薦してくれたんじゃないかなあって思うんだよね。何か、もっとふさわしい人が他にたくさんいるんじゃいかなあって」

「僕は、そんなことない、先生だってちゃんと考えて推薦したんだと思うけど……」

「そうかなあ。でも、どっちにしても俺は断るつもり。父さんにもそう言ったし」

「……マグワルトさん、何て?」

「ちょっと、がっかりしたみたい。でも、最終的には、俺の好きにすれば良いって」

 何でも無い顔をして焼き菓子を口に入れる、シェリー。
 その姿を見ながら、モーネは主人が何故このタイミングで菓子を運んできたのか、そしてそれが何故この大きさなのか。ルートが店に入らなかった理由も、何となく分かったような気がしていた。
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