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第1部 学校~始まり
「貸し」と「借り」
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「何から、お話したら良いかな。えっと、まず……うちは祖父が薬師なんです。それで、僕も跡を継ぎたくて、勉強しています」
「ああ、聞いたよ。あのソアラ嬢のために、薬を作っていたんだってね。あの子は、これまでにも何回か招待してるけど、この前、急に髪や肌つやが良くなって現われたんで、びっくりしたよ」
「本当ですか?良かった!」
ソルは嬉しそうに、胸の前で両手を握り合わせた。
しかし、次の瞬間には顔を曇らせて。
「でも、薬師や薬草の力には限界があると思うんです。ヒーセンスは全ての病を治す力だって。だから具体的にどういうものなのか、お話を聞いてみたかったし、知りたいと思っていました」
「へーえ。なるほどね」
ユザーンは、顎に手を当てながら考えた。
「君は、今、薬師には限界があるって言ったけど……それは、どんな体験からそう思うようになったの?」
「弟が、昔、退魄症にかかって。何とか一命は取り留めたんですけど、色々と、元に戻らない部分もあって……今でも薬を飲んでるけど、なかなか良くならないんです。もし自分にヒーセンスがあったら、治してやれるのになって、悔しい……」
今、正に目の前で弟が死にかけているかのように、俯いて唇を噛む。
それはユザーンがこれまでの人生で見たことのない表情だった。
だって、誰かのために心を痛めるなんて、ユザーン本人は勿論のこと、周りの人間達だって誰もそんなことはしていなかった。普通の家族が普通に暮らす風景なんて、自分からは遠すぎて、本の中でしか見たことがないし、今この場にいる友人達も、自分が不利になったらユザーンのことなんてすっかり見捨てて逃げ出すはず。それは、ユザーン自身もそうなので、文句は言えない。
――それが、まさかこんな所で出会うなんてね。
本当に、この子は面白い。
まだ俯いたままのソルを見ながら、ユザーンは心の中で口角を上げた。
教師達に監視され、退屈だった学校生活の終わりに、こんな面白い子に出会えるとは。
「ねえ、教えてあげようか。ヒーセンスの力が何なのか」
「……!お願いします!」
「この力を持っている人間はね、相手のどこが弱っているかが見えるんだ。見える、といっても視覚的に何かがある訳じゃなくて、感覚で分かる。その原因も。例えば、ああ、この人は今、腹に毒素が溜まってるんだなあ、とか、そんな感じでね」
「弱っているところが、分かる……原因も……」
ソル自身も治療について勉強しているから、ピンとくるのだろう。
そして、それがどれほど大きなことであるかも。
「後は、その原因を取り除くように、身体の他の部分を動かしてあげればいい。そこまでがヒーセンスの力だ」
「その、原因を直接消したりとかは……?」
「そういう感じではないかな。それは、むしろ隣りのサスイル皇国の特別治癒士達が、そんな力を持ってたりするとか、しないとか、本で読んだことがあるけど……実際のところはどうなんだろうね」
サスイル皇国は軍事国家である上に秘密主義なので、現在出回っている情報もどこまでが本当でどこからがフェイクなのか、分からない。
「その……先輩は、今の時点で、全てが見えるんですか?いつから……最初から、ですか?」
「そうだなあ。最初のテストのことは、君も覚えているだろ?あの、花を咲かせるやつ」
「はい。植木鉢を前に置かれて、この植物に一瞬で花を咲かせられるか、って」
「あの時にはもう、何となくどうすれば良いか分かってた。今、一緒にいるあいつらもそう。だから、力が発現すると同時に、使い方も本能的に分かるんだと思うよ。使いこなせるかどうかは別としてね」
「そう、なんですね……」
呟いたソルの声には、ずっと知りたかったことを知れた満足感と、ユザーンへの羨ましさ、更には自分に対する無力感などが複雑に絡み合っていて……。
「どうだい?実際に見てみるかい?」
ユザーンの言葉に、ソルは「えっ」と固まった。
「君は、言葉だけで納得する人間じゃない。見てみたいんだろう?僕たちが力を使うところ」
「は……はい……!」
「いいね。それでこそ君だよ、ソル君。実は僕も、実際に使ってみたいと思ってたんだ。庭の植物にはあるけど、先生のいない場所で人間に、というのはまだなくてね……どうだい?君の弟さんなんて」
「モーネ……」
ソルが迷うような表情を見せた。
実際に力を使うところは見てみたい、でも、大事な弟を実験台にして何かあったら大変、というところだろう。
――さて、君はどっちを取るか。
もし前者なら、自分と同じタイプの人間。
でも、後者を選ぶなら、それはそれで面白いじゃないか。
興味深く見守るユザーンを前に、ソルは小さく唾を飲み込んで。
「モーネ……弟は多分、無理だと思います。何か、ヒーセントに嫌な思い出があるみたいで……頑なに受け入れようとしないので」
「へーえ、そうなの」
「その代わり、と言っては何ですが、先輩にお願いがあります。どうか、弟に会わずに、弟のことを見てくれませんか?それで、今どこが悪くて、何が原因なのかだけでも、僕に教えて欲しいんです」
「何だって!?」
意表を突かれた。
まさか、自分に交渉を仕掛けてくる人間がいるなんて。それも、自分以外の誰かのために。
「図々しいお願いだって分かってます!でも、どうしても!治したいんです!どうかお願いします!!」
気が付くと、部屋にいるメンバー全員が話を止めて、自分達を見ていた。その構図を見るに、追い込まれているのは間違いなく自分。
18年間、自分が人を追い込むことはあっても、逆の立場になんてなったことはなかったのに……。
「嘘だろ……」
思わず呟けば、ソルがすかさず「本気です!」と食い下がる。
「先輩を信じています。ヒントをいただければ、自分が薬を作ります!」
――何て日だよ。今日は……。
思わず、笑いが出た。
生まれて初めての自嘲と、そして腹の底から湧き上がってくる愉悦の笑み。
「……ソル君、俺は本当に君が気に入ったよ」
下げられている頭を起こすために、肩に手を掛ける。
「見ようじゃないか、君の大事な弟さん」
「本当……ありがとうございます!」
「ただし。これは、貸し、1、だ。今後、俺が君を必要とした時には、問答無用で返してもらうよ」
「分かりました。必ず、お返しします」
ユザーンの言葉に、ソルは、はっきりと頷いた。
「ああ、聞いたよ。あのソアラ嬢のために、薬を作っていたんだってね。あの子は、これまでにも何回か招待してるけど、この前、急に髪や肌つやが良くなって現われたんで、びっくりしたよ」
「本当ですか?良かった!」
ソルは嬉しそうに、胸の前で両手を握り合わせた。
しかし、次の瞬間には顔を曇らせて。
「でも、薬師や薬草の力には限界があると思うんです。ヒーセンスは全ての病を治す力だって。だから具体的にどういうものなのか、お話を聞いてみたかったし、知りたいと思っていました」
「へーえ。なるほどね」
ユザーンは、顎に手を当てながら考えた。
「君は、今、薬師には限界があるって言ったけど……それは、どんな体験からそう思うようになったの?」
「弟が、昔、退魄症にかかって。何とか一命は取り留めたんですけど、色々と、元に戻らない部分もあって……今でも薬を飲んでるけど、なかなか良くならないんです。もし自分にヒーセンスがあったら、治してやれるのになって、悔しい……」
今、正に目の前で弟が死にかけているかのように、俯いて唇を噛む。
それはユザーンがこれまでの人生で見たことのない表情だった。
だって、誰かのために心を痛めるなんて、ユザーン本人は勿論のこと、周りの人間達だって誰もそんなことはしていなかった。普通の家族が普通に暮らす風景なんて、自分からは遠すぎて、本の中でしか見たことがないし、今この場にいる友人達も、自分が不利になったらユザーンのことなんてすっかり見捨てて逃げ出すはず。それは、ユザーン自身もそうなので、文句は言えない。
――それが、まさかこんな所で出会うなんてね。
本当に、この子は面白い。
まだ俯いたままのソルを見ながら、ユザーンは心の中で口角を上げた。
教師達に監視され、退屈だった学校生活の終わりに、こんな面白い子に出会えるとは。
「ねえ、教えてあげようか。ヒーセンスの力が何なのか」
「……!お願いします!」
「この力を持っている人間はね、相手のどこが弱っているかが見えるんだ。見える、といっても視覚的に何かがある訳じゃなくて、感覚で分かる。その原因も。例えば、ああ、この人は今、腹に毒素が溜まってるんだなあ、とか、そんな感じでね」
「弱っているところが、分かる……原因も……」
ソル自身も治療について勉強しているから、ピンとくるのだろう。
そして、それがどれほど大きなことであるかも。
「後は、その原因を取り除くように、身体の他の部分を動かしてあげればいい。そこまでがヒーセンスの力だ」
「その、原因を直接消したりとかは……?」
「そういう感じではないかな。それは、むしろ隣りのサスイル皇国の特別治癒士達が、そんな力を持ってたりするとか、しないとか、本で読んだことがあるけど……実際のところはどうなんだろうね」
サスイル皇国は軍事国家である上に秘密主義なので、現在出回っている情報もどこまでが本当でどこからがフェイクなのか、分からない。
「その……先輩は、今の時点で、全てが見えるんですか?いつから……最初から、ですか?」
「そうだなあ。最初のテストのことは、君も覚えているだろ?あの、花を咲かせるやつ」
「はい。植木鉢を前に置かれて、この植物に一瞬で花を咲かせられるか、って」
「あの時にはもう、何となくどうすれば良いか分かってた。今、一緒にいるあいつらもそう。だから、力が発現すると同時に、使い方も本能的に分かるんだと思うよ。使いこなせるかどうかは別としてね」
「そう、なんですね……」
呟いたソルの声には、ずっと知りたかったことを知れた満足感と、ユザーンへの羨ましさ、更には自分に対する無力感などが複雑に絡み合っていて……。
「どうだい?実際に見てみるかい?」
ユザーンの言葉に、ソルは「えっ」と固まった。
「君は、言葉だけで納得する人間じゃない。見てみたいんだろう?僕たちが力を使うところ」
「は……はい……!」
「いいね。それでこそ君だよ、ソル君。実は僕も、実際に使ってみたいと思ってたんだ。庭の植物にはあるけど、先生のいない場所で人間に、というのはまだなくてね……どうだい?君の弟さんなんて」
「モーネ……」
ソルが迷うような表情を見せた。
実際に力を使うところは見てみたい、でも、大事な弟を実験台にして何かあったら大変、というところだろう。
――さて、君はどっちを取るか。
もし前者なら、自分と同じタイプの人間。
でも、後者を選ぶなら、それはそれで面白いじゃないか。
興味深く見守るユザーンを前に、ソルは小さく唾を飲み込んで。
「モーネ……弟は多分、無理だと思います。何か、ヒーセントに嫌な思い出があるみたいで……頑なに受け入れようとしないので」
「へーえ、そうなの」
「その代わり、と言っては何ですが、先輩にお願いがあります。どうか、弟に会わずに、弟のことを見てくれませんか?それで、今どこが悪くて、何が原因なのかだけでも、僕に教えて欲しいんです」
「何だって!?」
意表を突かれた。
まさか、自分に交渉を仕掛けてくる人間がいるなんて。それも、自分以外の誰かのために。
「図々しいお願いだって分かってます!でも、どうしても!治したいんです!どうかお願いします!!」
気が付くと、部屋にいるメンバー全員が話を止めて、自分達を見ていた。その構図を見るに、追い込まれているのは間違いなく自分。
18年間、自分が人を追い込むことはあっても、逆の立場になんてなったことはなかったのに……。
「嘘だろ……」
思わず呟けば、ソルがすかさず「本気です!」と食い下がる。
「先輩を信じています。ヒントをいただければ、自分が薬を作ります!」
――何て日だよ。今日は……。
思わず、笑いが出た。
生まれて初めての自嘲と、そして腹の底から湧き上がってくる愉悦の笑み。
「……ソル君、俺は本当に君が気に入ったよ」
下げられている頭を起こすために、肩に手を掛ける。
「見ようじゃないか、君の大事な弟さん」
「本当……ありがとうございます!」
「ただし。これは、貸し、1、だ。今後、俺が君を必要とした時には、問答無用で返してもらうよ」
「分かりました。必ず、お返しします」
ユザーンの言葉に、ソルは、はっきりと頷いた。
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