薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

セイコー先生のお部屋

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 昼休みの教員室は、思ったよりも人が多く、ごった返していた。
 中でも混み合っているのは、やはり若くて見目の良い教師の机で、質問に来たのか雑談に来たのか分からない生徒達が周りをぐるりと取り囲んでいるのを、隣りの教師が迷惑そうに咳払いしている。

「ねえ、モーネ。本当に行くのー?」

「行くよ?セイコー先生に直接会って、確かめるって言ったじゃん」

 壁に張り出された座席表を見ると、セイコー先生は、男女問わず人気がある体育教師の隣りの机。
 幾つか机が固まっている“島”は、他は皆、近い科目で固まっているのに、そこだけどうやら分類にあぶれてしまった教師達が寄せ集められているらしい。

「ねえ、止めようよー。俺、後から1人で行ってくるからー。推薦された理由もちゃんと聞いて、返事はそれから考えるってー」

「ダメ、信用できない。……すみませーん。あの、セイコ……国史学の先生に質問なんですけどー……」

 体育教師を囲む人だかりをかき分けて、モーネが顔を覗かせると。

「国史学……ああー、彼なら昼休みはいつも資料室だよ」

「資料室……って、すみません。どこですか?」

「資料室はぁ……えーっと、えーっと……どこだっけ?」

「もう先生ったらー、この棟の2階。2階の端っこ!」

「違うよ、3階だって。確か、3階の理科室の隣り……」

「それは、理科の資料室でしょ!国史学の資料室は、2階と3階の間!」

――2階と3階の間……?それって、一体どこ……?

 取り敢えず、ここにいても確実な答えは得られないということが分かった。
 モーネは、ありがとうございましたと頭を下げて、わちゃわちゃした戦場から一時撤退。

――それにしても、セイコー先生、確かに存在感のある先生とは言いがたいけど……。

 首を捻りながら入口まで戻ってくると、それまで落ち着かない様子で待っていたシェリーが勢いよく飛びついてきた。

「先生、何だって!?やっぱり俺、先生の腰巾着みたいに思われてる?あれ、あの人だかり、セイコー先生の取り巻きっていうか、ファンみたいな人達だよね!こんな抜け駆けみたいなことして、俺、あの人達に刺されたらどうしよう……!!」

「落ち着いて、シェリー……取り敢えず、行ってみよう」

「行くって、どこへ?」

「2階と3階の間」

「待って。それは一体、どこなの?」

***

 2階と3階の間。
 それは信じがたいことだが、本当に存在した。
 2人がいつも使っている階段とは逆側の階段。高等部生が多く歩いているので意識的に避けていた、その2階と3階の間の踊り場を見ると、建物の構造上1つだけ、廊下と反対側に部屋がある。階段自体が少し曲がって作られていることによる、空間マジックだ。

「俺、3年間この学校にいて、初めて知った……」

「僕も。ていうか、これ、もしかしたら普段は見えない。太陽と電灯が一直線に並んだ時にだけ現われる、異世界への入口なのかも……」

 部屋には『国史学資料準備室』という手書きの札。

「取り敢えず、ノックしてみようか?」

「うん」

 コンコン、と扉を叩くと、それまで静かだった部屋から「はーい。どうぞー」という間延びした声が聞こえた。

「おお、これはこれは。シェリー君、それにモーネ君ですね。お昼休みにわざわざ、どうも。何か質問ですか?……と言いますか、その前によくここが分かりましたね」

――やっぱりここは、普通の人には見つけることのできない、異世界への入口……。

 部屋の中には所狭しと書物が積まれていて、最も目につく1番上には『青光石 資料:王都図書館』と書かれた紙の束。
 セイコー先生はその束を大事そうに避けながら、2人に椅子を勧めてくれた。ただ、座るためには、更にその上に置いてある資料をどかさなければならなかったけれども。

「なかなか、片付ける暇がなくて。元々、ここを訪れる人も少ないものですから、散らかっていてすみません」

「あ、いえ、全然……」

「それで?今日はどうしました?……もしかして、シェリー君の国内留学の件ですか?」

「……!」

 2人が顔を見合わせると、セイコー先生は「そうですか」と頷いた。

「シェリー君を国内留学に推薦したのは、私です。何か気になることがあれば、何でも聞いて下さい」

 何でも、と言われると、少し萎縮してしまう。
 特にシェリーはガチガチに固まっていて、普段“授業の盛り上げ役”だと自分で言っている、そんな道化た雰囲気は微塵もない。

「あ、あの、俺……僕は……っ、正直、そんな留学とか……そんな器じゃない……?気がしていて……何か、もっとふさわしい人がいるんじゃないのかなーとか、なんとか……」

 多分、話しながら、自分でも何を言っているのか分からなくなっている。
 こんなに緊張しているシェリーを見るのは、多分、初めてだ。

「あの……先生。シェリーは、自分が留学なんていうチャンスにはふさわしくないって。すごく心配しているみたいで。だから、どうして先生がシェリーを選んだのか、直接聞きに行こうって。その……僕がここまで引っ張ってきました……」

「モ、モーネ……」

 シェリーが気まずそうに袖を引っ張る。
 それでもモーネが引き下がる気がないのを見て取ると、諦めた様子でモーネの袖を握ったまま、下を向いて……。
 しかし、シェリーが口を開く前に、セイコー先生が椅子から立ち上がった。
 そうしてシェリーの前まで来て、腰をかがめると。

「そうなのですか?シェリー君」

「あ、いえ、えっと、その……」

「思っていることを聞かせて下さい。君は話すことが得意なはずだ。その証拠に、いつも良い質問をして、授業を盛り上げてくれているではありませんか?」

 空気が、すん、となる。
 何が心配かも分からないまま、心配しながらシェリーを見ると。

「はは……ハハッ。そうなんです」
 
 シェリーはふっきれたように明るい笑顔で喋り出した。

「先生、モーネの言った通りです。僕には留学なんてチャンス、ふさわしくない。僕より頭の良い人はいっぱいいるし、すごい人もいっぱいいる。僕はただの凡人で、チャンスをもらっても、そんなすごいことなんかできない。父さんも、僕はそれで良いって言ってるし、僕自身それが気楽なんです!」

「……なるほど。他に、言いたいことはありますか?」

「僕の周りは、素晴らしい人間であふれていて……ここにいるモーネも、絶対に助からないと言われている病気を克服して、ここまできました。体調が万全じゃなくても、辛いことがあっても、それを言い訳にして逃げたりしない。僕の自慢の友人です!」

「そうですね。モーネ君の病気については、勿論、聞き及んでおります。私は病に関しては詳しくありませんが、大病を克服して生きることがどれほど大変なことか、その点については察するに余りあります」

「ですよね!世の中には、こんな風に神様に選ばれたとしか思えない、すごい人たちがいる。でも、僕は絶対にそうじゃありません。留学とかそういうチャンスは、他のもっとすごい、選ばれた人たちにあげて下さい。その方が、ずっと世界の役に立ちます!」

 では!と背中を向けるシェリーの袖を、今度はモーネが慌てて引っ張る。だって、まだシェリーが選ばれた理由を聞いてない。

「いや、もういいって……」

「よくない。そのために、ここに来たのに」

 軽く引き合いになっている2人に、セイコー先生がクスッと笑みをこぼした。授業中には、滅多に見られない笑いだ。

「シェリー君、君の言いたいことは分かりました。ただ、私にも言い分があります。私は、君のように話すのが得意ではありませんが、頑張りますので、どうか聞いてください」
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