薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第1部 学校~始まり

あだ名がバレた日

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「まず、初めに。私はこの通り、何の面白みもない教師ですが、一応教師ですので、生徒たちの調査書には一通り目を通しています。シェリー君は、確かここからかなり離れたヴィルデ村の出身でしたね」

「はい、そうです」

「お父様は、村で1番大きな畑を持っていらっしゃる。でも、少し前まではそうじゃなかった。元々は、村で1番やせた土地で、面積もそう広くはなかったのを、村の薬師の方と相談して土地に合った肥料を作り、収穫を増やされたと。しかも、その肥料については、配合の権利を薬師の方に譲り、少しずつ改良を加えて誰でも手に入れられるようになさっていると書いてありました。素晴らしいお父様ですね」

「いや、そんなことまで書いてあるんですか!?」

 高等学校までいくと、入学する生徒だけでなくその親の身元も詳しく調査されると聞いているが、まさか中等部でそこまでされているとは思わなかった。

「他には?他の家族のこととか、何か書いてありましたか?」

「まあ、色々書いてはありましたが、今はここまでにしておきましょう。そして、このお父様ですが、私はシェリー君が中等部2年の時に、お父様について書かれた作文を読みました」

「えっ、何か書きましたっけ?俺……」

「確か、主題はヒーセントのテストに合格しなかった、という話だったと思います。ただ、その中でシェリー君にかけられたという、お父様の言葉が非常に心に残りました。人類の90%は一般人である、だから一般人であることを悲しむ必要はない。自分に与えられたものを精一杯生かして、生きればいいんだ、という内容でしたね」

「ああ……はい、そうです。あっ、でも、それはテストに落ちた時だけじゃなくて、昔からずっと言っています。それは、もう家訓みたいに……」

 シェリーが頷くと、セイコー先生はもう1度「素晴らしい教えです」と笑った。

「きっと、お父様は素晴らしい一般人なのでしょう。これは、ご自分のことを“一般人”だと思っているからこそ、出てくる言葉です」

「いえ、あの、一般人が素晴らしかったら、それはもう特別と言っていいんじゃ……」

「いいえ、違います。また、君は『一般人』という部分にだけ、目を向けているようですが、この教えの最も大切な部分は『与えられたものを精一杯生かす』ということです。そこを間違えて気楽さに流れてしまっては、それこそせっかくの家訓が生かされません」

 先生の目は、まるで青光石の話をしている時のように熱を帯びていた。

「そして、私はこの家訓にもう一言付け加えて、君に伝えたい。人類の90%は一般人、それは確かにその通りです。しかし、自分がその90%に入るか、それとも残りの1割になるかは、どこで線を引くかの線引きによって変わります。そして、その線は無数にあるのです」

「……!」

 シェリーが目を見張った。――そんな風には考えたことがなかった!

「例えば、私を例にとってみましょう。私にはヒーセンスは無論のこと、教師として人に教える能力もあまり高いとは言えない。これはあまり威張れたことではありませんが……しかし、何も持たないといえば、これほどまでに何も持たない人間も珍しいのではないかと思うくらい、何も持っていません。あなたのお父様や、そこにいるモーネ君とは違う。シェリー君も、そう思うでしょう?」

「いや、そんなことは……その……」

「しかし、何も持っていない私にも、1つだけ人より大きなものがある。それは青光石に対する情熱です!」

「あ……」

「ある人は、そんなものに価値はないと言うかもしれません。そう思う人にとっては、私は単なる90%の一般人です。でも、もしかしたら中には1人くらい、それは途方もなくすごいことだと思う人がいるかもしれない。そうしたら、その人にとっては私は残り1割の特別な人間として認識されます。そして、その1人は自分であっても構わないのです」

「自分……であっても……」

「そう、自分で、自分の中のこの部分は特別だと、残り1割に入るべきものだと、そういう線を引いて構わない。それを他人が、いやそれは違うと言うことはできません。また、そう言われたからといって反論する必要もありません。それは、その人の線引きであり、自分の線と等価値ですから」

 セイコー先生は、そこで壁にかかった時計をチラリと見て。

「時間も残り少なくなってきました。ここで、私がシェリー君を推薦した理由をお話します。それは、君の授業態度がよく、成長の可能性を感じるからです」

「授業態度……それは、盛り上げ役……」

「違います。確かに、シェリー君の質問は授業を盛り上げてくれますが、それは君の着眼点が鋭いから。普段から色々なことに関心を持って過ごしているからです。しかも、それを言葉にして、人に伝える力もある。そんな君が、普段行くことのない土地に行き、世界を広げることは、きっと君自身の役に立つでしょう。そして、君が成長するということは世界が成長するということです。世界は、人でできているのですから」

 セイコー先生は、シェリーの肩にポンと手を置いた。

「どうか、このチャンスを生かして。そして、いつか私に、君が1割に入る線引きを見せて下さい」

「はい……先生」

――あ、シェリー、ちょっと泣きそうになってる……。

 それは隣りで見ていたモーネも同じで、珍しく目がうるうるしそうになったのだけど……。

「ありがとうございます、セイコー先生!僕、頑張ります!!」

―待って!それ、面と向かって言ったらダメなやつーーー!!

 出かかった涙が引っ込んだ。
 教師にあだ名をつけていたことがバレてしまった。せっかく、モーネがそれをバラす事態は回避されたというのに……。
 恐る恐る先生を見ると、先生は一瞬目を丸くした後、やはり授業中には見せない朗らかな声で笑い出して。

「いや、私は生徒からあだ名をつけられたのは初めてだと思いますが……なかなか、よいものですね!何となく、距離が近くなった気がします。これからも是非、そう呼んでください。あ、よかったら、クラスの皆さんもどうぞ……」
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