薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

魔獣の襲来

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 マリフォルド王国の郵便事情は、元々あまり良くない。
 手紙は町に1人いる“郵便係”が集め、そこで近隣と遠方に分けられた後、近隣のものは係同士の手渡し。遠方のものは、そちらの方面にいる近隣を何度も通過して、まるで双六のように前に進んでいくことになる。
 途中で失くすと郵便係同士、責任のなすり合いになったりもするので、係の者は皆、手元にある手紙の確認には余念が無い。国境を有する町クレスロードの郵便係、サザフィーもその1人だった。
 その日も、お昼を過ぎた頃、2つの鞄の中身を確認して、隣り町の郵便係の元へ向かおうとした時。

「すみませーん!待って下さーい」

 手に持った手紙を振りながら、少年が1人走ってきた。

「手紙、出したいんです。ヴィルデ村まで。あと、クレイドル中等高等学校まで」

「ヴィルデ村とクレイドルね。両方ともそんなに遠くないから近隣用の、こっちのバッグに入れて?」

「ありがとうございます!どのくらいで着きますか?1週間くらい?」

「そうだね、そのくらいかな。手紙を出すのは初めて?」

「ここでは初めてです。あ、僕、学校の交換留学制度でこの町に来ました、シェリーといいます。多分これから、たくさん手紙を出すと思うので、よろしくお願いします!」

「そうなんだ、こちらこそよろしくね」

 屈託のない明るい笑顔に好感を持った。
 その次の瞬間。

「イタッ、え、何……?」

「サル、だ……どうして……?」

 2人の間を、1匹のサルが通り抜けて行った。といっても、その爪の長さや毛の硬さは普通のサルではない。こちらを向いてキキッと鳴く、その口元には鋭い牙も見える。

「郵便屋さん、危ない!」

 後ろから、重量のある何かがぶつかってきて、思わずよろける。振り返ると、そこにも黒くて大きなサル。
 驚いて辺りを見回すと、いつの間にかそこは爪と牙を持ったサルたちであふれ返っていた。

「うわっ、やだ!こっち来るな!」

「シェリー君、今、助けるから!こいつっ、離れろ!離せっ!!」

 シェリーに飛びついて、その頭を今にも爪で引き裂きそうになっているサルを、後ろから両手で掴んで引き離す。大人の男でも引き剥がせないくらいの猛烈な力でしがみついているサルに、仕方なく「シェリー君、ごめんっ!」と叫んで身体を蹴飛ばし、自分も体重をかけて後ろに倒れた。キキッと鋭く鳴いたサルが、今度はサザフィーを狙ってくるのに、掴んでいたサルを慌てて放り投げる。

「シェリー君、ここは危険だ!取り敢えず、中へ!!」

 遠くで悲鳴が聞こえる。いや、遠くに聞こえるけど、案外近くなのかもしれない。今のサザフィーには確認する余裕がない。

「こっちだ、早く!」

 飛びかかってくるサルを、大事な手紙の入った鞄で振り払いながら、ドアを小さく開けてシェリーを招き入れる。
 と、後ろを振り返ったシェリーが「先輩!ティファール先輩、どこ!!」

「ダメだ!まず、一旦、ドアを閉めて!……友達と一緒だったのかい?」

「はい。一緒に留学してきた先輩が……そこまで一緒に来てたのに……」

 この騒ぎではぐれたのだろう。
 窓から外を覗いてみても、それらしい人影はない。
 見えるのは、庭木に上ったり、どこからか持って来た人間用の食べ物に齧り付くサル達ばかりだ。

「あれ、何なんですか……」

 隣りで同じように窓を覗き込んだシェリーが尋ねる。

「普通のサルじゃないですよね。あんな爪の長いやつ、見たことないもん」

「俺はサル自体、見るのが初めてだよ……」

 国境周辺は森に覆われているとはいえ、クレスロードはそれなりの辺境都市なのだ。
 野生のサルが、その辺を歩いているなどということは通常ない。

「どうしよう。まず、状況を把握しないと……」

 しかし、この状況で外に出るのは危険だ。サル達は腹が空いているのか、それとも他の原因があるのか、皆気が立って荒々しい顔つきをしている。

「あっ、大変だ!ジーンがいる!」

「ジーンさん?どこ?」

「馬だよ!郵便を届けに行くとき用の馬が、馬小屋にいるんだ!助けなきゃ!!」

「待って!今、外に出たら、やられちゃう!!」

 何か方法はないか。シェリーの目が素早く辺りを見回す。
 郵便係といっても、仕事場は自宅と兼用。通常の石造りの家の前に、手紙を持って来た人が随時入れていく鍵付きのどっしりした箱が立っているだけだ。
 家の中は普通に生活していたマグワルト家とそう変わらない。食卓の置かれた部屋と、寝室らしく扉の閉まっている部屋とキッチンスペース……キッチン?

「郵便屋さん、キッチン見せて下さい!」

 窓から離れてキッチンへと駆け込む。
 調味料らしき瓶の並んだ棚を確認していくと。

「あった!唐辛子!!」

「何だい?唐辛子?」

「サルが嫌うんです!フォードさんが言ってたから絶対!」

 試しに、と、1つをトントン輪切りにして香りを立たせる。
 それを右手に持って、ドアに手を掛けたシェリーが「行きますよ?」と、外にばらまくと。

「あっ、本当だ!ちょっと逃げてる!」

「取り敢えず、これを持ちながら行って馬小屋を閉めましょう!ジーンを守らなきゃ!」

***

「あの、フォードおじいちゃん……よく分からないんだけど……魔獣って何なの?」

 国境の町が魔獣に襲われているらしい、という話を知らせに来たルートは、他にも行くところがあるからと早足で家を出て行った。
 そして残されたソル、モーネ、フォード、そして患者として来ていた産婆のヨロイ婆さんは、皆一様に沈鬱な表情で言葉をなくしていて……。

「……さっきの、シェリーの手紙の続きにも、国境周辺には魔獣がいるって書いてあった。マリフォルドじゃなくて、サスイル皇国側だけみたいだけど……」

「魔獣というのはね、そういう種類の生き物がいる訳じゃない。普通の獣の中で魔力を持って生まれてきたもののことをいうんだよ」

「え?じゃあ、魔獣の親は普通の動物ってこと?」

 驚いたモーネが全員の顔を見回すと、ヨロイ婆さんが「その通り」と頷いた。

「昔はね、人間でもあったんだよ。生まれてきた赤ん坊が、ヒーセンスとはまた違う、不思議な力を持って生まれてくることがね。いつの間にか少なくなって、今ではいなくなってしまったけれども、国境からこの辺りまではそういう何か、土地の力みたいなものが働いていたのかもしれないね」

「そう、なんだ……」

――シェリー……ティファール先輩も、大丈夫なのかな……。

 到着してから1週間後に書かれた手紙が、2ヶ月経って届く。そのくらい現場は混乱しているのだろう。
 そして、自分たちは今の今までまさかシェリー達が命の危機にさらされているとは思いもしていなかった。

「ルートさんは、もしかしたら周辺の地域から薬師が集められるかもしれないと言っていた」

 フォードは疲れたように目頭を押さえながら言った。

「ソル、いつ呼ばれてもよいように準備を。獣傷に使う薬草についても、もう1度、調べておきなさい」
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