薬師の薬も、さじ加減

ミリ

文字の大きさ
38 / 68
第2部 魔獣 救護所編

魔獣襲来 その2

しおりを挟む
「あの……それって、ソルが魔獣の出る場所に行くってこと……なんだよね?」

 フォードの言葉に従って部屋に戻るソルを見送ると、モーネは思わずフォードに詰め寄っていた。

「危険じゃないの?危なくないの?大丈夫なの?」

「……危険だし、危ないし、大丈夫かどうかは分からない。ただ、ソルにとっては貴重な経験のチャンスになる。できることなら、生涯させたくない経験ではあるが……」

「村で出会う症例には限りがあるからね。先日、ソル坊が学校で聞いてきたっていう“髪を黒くしたい”だったか。あれだって、村にいただけでは絶対にこない相談だよ」

「ヨロイお婆ちゃん……それは確かにそうだけど……」

「モーネ、ソル坊が薬師になるために今1番必要なものは経験なんだよ。勉強は1人でもできるけど、経験は1人では積めないからね。それは産婆の世界と同じさ」

「……僕、ソルの様子を見てくる……」

 軽く頭を下げたモーネがその場を離れると、フォードが小さく溜息を吐いた。そして、その肩に優しく手を置いたヨロイ婆さんは。

「分かりますよ、あんたの気持ちは。私だって、ソルのことは息子みたいに思ってますからね。まあ、ソルは私が取り上げた子ではありませんが……それだって、息子みたいなもんですよ」

「孫と言わず息子と仰るのが、さすがはヨロイさんだ。感謝しますよ」

「それにしても、この村がいかに辺鄙といえども、情報が伝わってくるまでこんなに時間がかかるとはね。国の端と端じゃあるまいし、魔獣が出たなんて大事なこと、2ヶ月も知らずに過ごしていたなんて、私ゃ驚きですよ」

「本当に……もしかして、わざと知られないようにしていた……なんてことは……まさかないですよね」

「わざと知られないように?誰が、何のために?」

「すみません、ふと思っただけです。何の根拠もないことだ。忘れて下さい」

 さて、ヨロイさんの腰痛は私が診ましょう。そう続けたフォードは、それ以上の話はせずに、ヨロイ婆さんを診察部屋へと誘った。

***

「ソル……入っていい?」

「いーよ」

 モーネがドアを開けると、ソルはベッドによりかかってノートを広げていた。ソルのこれまで勉強した成果が書かれている『薬草ノート』だ。

「獣傷の相談は村ではあまりなかったから、ちょっと不安だな。明日、ユザーン先輩に会えるの良かった。話、聞けるの心強いや」

「……あの人だって、まだ一人前じゃないじゃん」

「立場は同じなのにね。先輩はどうしてあんなに堂々としてられるんだろう」

「ソルだって、堂々としてたらいいんだよ。だって、こんなに頑張ってるんだし……」

「頑張ってるだけじゃ駄目なの。結果を出さなきゃ……この時みたいに」

 ソルの手がモーネの頭に乗る。その目線は今はほぼ同じ。半年の間に、モーネの身長が伸びたのだ。

「しかも、お前明らかに足から伸びてるよな。生意気」

「そのうち、ソルより背高くなっちゃうかも。そうなったら悔しい?」

「別に?全然、いい。だから、もっともっと元気になって俺より倍、長生きして?」

「嫌だよ!」

 予想以上に強い反応を示したモーネに、ソルの目が丸く見開かれる。
 その目を見ながら、モーネはもう1度「嫌だよ」と繰り返した。

「ソルより長生きしたいなんて、これっぽっちも思ってない。あと、まだ背が伸びただけで……あと、ちょっと目と耳が調子良くなっただけで、髪も記憶も戻ってないから。ソルのやること、まだまだ山積みだから」

「わ、分かってるよ……」

「本当は……ソルが行くなら、僕もついていきたい。それで、ソルが危ない目に遭わないように、僕が守るから……」

「何、言ってんだよ」

 モーネの頭の上で、ソルの手がポンポンと跳ねた。

「弟を守るのが兄の役目なの。モーネの髪も記憶も、俺がちゃんと取り戻すから。モーネは心配しないで、ここで待ってて?」
 

***

「ジーン!無事か!!」

「こいつっ!このやろ、あっち行け!」

 郵便係サザフィーとシェリーが唐辛子を片手に馬小屋へ駆けつけると、そこにもサルの大群が押し寄せていた。
怯えて暴れる馬のジーンに飛びついているサルを鞄ではたき落とす。まさか大事な手紙の入った鞄を、こんな風に扱う日がくるとは思わなかった。
 ただ、2人から香る唐辛子の匂いが効いたのだろう。サル達は、キキッと小さく鳴いてサザフィー達を遠巻きにすると、それ以上は近寄ってこなくなった。

「唐辛子が効いてる。今のうちに一旦、馬小屋を閉めましょう!」

「……いや。俺はこのまま外に出る」

「えっ!」

「ここにいるだけじゃ何が起こってるのか、他がどうなっているのか分からない。幸い俺にはシェリー君の教えてくれた唐辛子があるし、それを広めることも含めて、役場に行って状況を確かめてくるよ。シェリー君は、このまま家で待っていてくれ」

 鞄を改めて掛け直し、ジーンの状態を見る。細かなかすり傷はあるようだが、幸いにも大きな怪我はないようだ。

「ジーン、よく頑張ったな」
 
 背中を撫でるサザフィーの姿に、シェリーはふと実家のハーシーを思い出した。
 ハーシーも賢く人懐っこい馬で、ルートは勿論のこと、シェリー達のことも認識していたらしい。よく言うことを聞いていた。
 ジーンもきっと、サザフィーが助けにきてくれることを信じて踏ん張ったのだろう。

「……気を付けて、行ってきて下さい」

「ありがとう。君も、家の中に入って。お腹が空いたら、何でもあるものを食べていて構わないからね」

 手早くジーンに馬具を装着すると、その上にひらりと飛び乗る。
 馬上の人となったサザフィーから少し距離を取り、しかしシェリーは思い直して再度ジーンに近付いた。

「あのっ、もし途中でティファール先輩……僕を探している人に会ったら、これを……唐辛子を渡して下さい。手にこすりつけるだけでも良いから。それで僕が無事で、ここにいるってこと伝えて下さい。お願いします!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...