薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

魔獣襲来 その2

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「あの……それって、ソルが魔獣の出る場所に行くってこと……なんだよね?」

 フォードの言葉に従って部屋に戻るソルを見送ると、モーネは思わずフォードに詰め寄っていた。

「危険じゃないの?危なくないの?大丈夫なの?」

「……危険だし、危ないし、大丈夫かどうかは分からない。ただ、ソルにとっては貴重な経験のチャンスになる。できることなら、生涯させたくない経験ではあるが……」

「村で出会う症例には限りがあるからね。先日、ソル坊が学校で聞いてきたっていう“髪を黒くしたい”だったか。あれだって、村にいただけでは絶対にこない相談だよ」

「ヨロイお婆ちゃん……それは確かにそうだけど……」

「モーネ、ソル坊が薬師になるために今1番必要なものは経験なんだよ。勉強は1人でもできるけど、経験は1人では積めないからね。それは産婆の世界と同じさ」

「……僕、ソルの様子を見てくる……」

 軽く頭を下げたモーネがその場を離れると、フォードが小さく溜息を吐いた。そして、その肩に優しく手を置いたヨロイ婆さんは。

「分かりますよ、あんたの気持ちは。私だって、ソルのことは息子みたいに思ってますからね。まあ、ソルは私が取り上げた子ではありませんが……それだって、息子みたいなもんですよ」

「孫と言わず息子と仰るのが、さすがはヨロイさんだ。感謝しますよ」

「それにしても、この村がいかに辺鄙といえども、情報が伝わってくるまでこんなに時間がかかるとはね。国の端と端じゃあるまいし、魔獣が出たなんて大事なこと、2ヶ月も知らずに過ごしていたなんて、私ゃ驚きですよ」

「本当に……もしかして、わざと知られないようにしていた……なんてことは……まさかないですよね」

「わざと知られないように?誰が、何のために?」

「すみません、ふと思っただけです。何の根拠もないことだ。忘れて下さい」

 さて、ヨロイさんの腰痛は私が診ましょう。そう続けたフォードは、それ以上の話はせずに、ヨロイ婆さんを診察部屋へと誘った。

***

「ソル……入っていい?」

「いーよ」

 モーネがドアを開けると、ソルはベッドによりかかってノートを広げていた。ソルのこれまで勉強した成果が書かれている『薬草ノート』だ。

「獣傷の相談は村ではあまりなかったから、ちょっと不安だな。明日、ユザーン先輩に会えるの良かった。話、聞けるの心強いや」

「……あの人だって、まだ一人前じゃないじゃん」

「立場は同じなのにね。先輩はどうしてあんなに堂々としてられるんだろう」

「ソルだって、堂々としてたらいいんだよ。だって、こんなに頑張ってるんだし……」

「頑張ってるだけじゃ駄目なの。結果を出さなきゃ……この時みたいに」

 ソルの手がモーネの頭に乗る。その目線は今はほぼ同じ。半年の間に、モーネの身長が伸びたのだ。

「しかも、お前明らかに足から伸びてるよな。生意気」

「そのうち、ソルより背高くなっちゃうかも。そうなったら悔しい?」

「別に?全然、いい。だから、もっともっと元気になって俺より倍、長生きして?」

「嫌だよ!」

 予想以上に強い反応を示したモーネに、ソルの目が丸く見開かれる。
 その目を見ながら、モーネはもう1度「嫌だよ」と繰り返した。

「ソルより長生きしたいなんて、これっぽっちも思ってない。あと、まだ背が伸びただけで……あと、ちょっと目と耳が調子良くなっただけで、髪も記憶も戻ってないから。ソルのやること、まだまだ山積みだから」

「わ、分かってるよ……」

「本当は……ソルが行くなら、僕もついていきたい。それで、ソルが危ない目に遭わないように、僕が守るから……」

「何、言ってんだよ」

 モーネの頭の上で、ソルの手がポンポンと跳ねた。

「弟を守るのが兄の役目なの。モーネの髪も記憶も、俺がちゃんと取り戻すから。モーネは心配しないで、ここで待ってて?」
 

***

「ジーン!無事か!!」

「こいつっ!このやろ、あっち行け!」

 郵便係サザフィーとシェリーが唐辛子を片手に馬小屋へ駆けつけると、そこにもサルの大群が押し寄せていた。
怯えて暴れる馬のジーンに飛びついているサルを鞄ではたき落とす。まさか大事な手紙の入った鞄を、こんな風に扱う日がくるとは思わなかった。
 ただ、2人から香る唐辛子の匂いが効いたのだろう。サル達は、キキッと小さく鳴いてサザフィー達を遠巻きにすると、それ以上は近寄ってこなくなった。

「唐辛子が効いてる。今のうちに一旦、馬小屋を閉めましょう!」

「……いや。俺はこのまま外に出る」

「えっ!」

「ここにいるだけじゃ何が起こってるのか、他がどうなっているのか分からない。幸い俺にはシェリー君の教えてくれた唐辛子があるし、それを広めることも含めて、役場に行って状況を確かめてくるよ。シェリー君は、このまま家で待っていてくれ」

 鞄を改めて掛け直し、ジーンの状態を見る。細かなかすり傷はあるようだが、幸いにも大きな怪我はないようだ。

「ジーン、よく頑張ったな」
 
 背中を撫でるサザフィーの姿に、シェリーはふと実家のハーシーを思い出した。
 ハーシーも賢く人懐っこい馬で、ルートは勿論のこと、シェリー達のことも認識していたらしい。よく言うことを聞いていた。
 ジーンもきっと、サザフィーが助けにきてくれることを信じて踏ん張ったのだろう。

「……気を付けて、行ってきて下さい」

「ありがとう。君も、家の中に入って。お腹が空いたら、何でもあるものを食べていて構わないからね」

 手早くジーンに馬具を装着すると、その上にひらりと飛び乗る。
 馬上の人となったサザフィーから少し距離を取り、しかしシェリーは思い直して再度ジーンに近付いた。

「あのっ、もし途中でティファール先輩……僕を探している人に会ったら、これを……唐辛子を渡して下さい。手にこすりつけるだけでも良いから。それで僕が無事で、ここにいるってこと伝えて下さい。お願いします!」
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