薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

疑惑

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 町中が魔獣のサルで埋め尽くされている、クレスロードの役場は1階の窓が全て破られて散々な有様になっていた。

「ジーン、ここで待ってろよ」

 役場の門柱にジーンを括りつけて、その周りに唐辛子の欠片を落とす。本当は直接塗ってやりたかったが、刺激の強い唐辛子の匂いはどうやら馬にとっても苦手なものらしい。落ち着きを無くして足踏みをする様が可哀想なので、少し離れたところで予防線を張ることにした。

「すみませーん、郵便係のサザフィーです!誰かいませんかー?」

 1階は全てサルに占拠されており、人間の姿は見えない。
 襲ってこようとする奴等に、これ見よがしに唐辛子を突き出しながら、何とか2階への階段を上る。

「誰か!いませんか!郵便係のサザフィーです!」

「サザフィー!無事だったのか!!」

 薄くドアが開いたかと思うと、ものすごい勢いで中に引っ張り込まれた。後ろですぐにドアの閉まる音がする。

「サザフィー、怪我はないようだな。良かった」

「おかげ様で。でも、これは一体?ただのサルではないようですが……」

 郵便係という仕事柄、役場の人間とは大抵顔見知りだ。
 特にいつも郵便物を扱う係の者に尋ねてみると。
 
「恐らく魔獣……魔力を持って生まれてきたサル達だろう。私も勿論、見たのは初めてだが、どこかには記録があるはずだ」

「しかし、こんなに沢山……一体、どこから……」

「恐らく、奴等を閉じ込めていた国境の柵が、何かの理由で壊れたんだと思う。魔獣は通常の柵ではせき止められない。奴等が出られないよう、結界の魔力をかけた特別な柵が必要なんだ」

「そして、その魔力を持った人間はマリフォルドではもう何十年?もっとかもしれないが、とにかく生まれていない。サスイル皇国の方ではいまだに生まれ続けているということで、国王陛下が昔、何か取り引きの末に魔獣を全て向こう側へ移し、結界となる柵を立てていたのだが……」

 その柵が壊れた。経年劣化か、それとも込められた魔力が弱まったのか。詳しい理由は誰にも分からない。

「とにかく、この事態を領主様に知らせなければ」

「ルードヴィル辺境伯閣下は、町から離れたところにお住まいだから、こんなことになってるとは、まだお気づきでないかもしれない……」

「分かりました。俺が行きます」

 サザフィーが再び、鞄を肩に掛け直した。

「ここまで馬で来ています。ルードヴィル閣下のお屋敷には郵便を届けたことがあるので、道も分かると思います」

「おお、すまん……サザフィー」

「気を付けて行ってくれ。あいつらは、普通のサルからは考えられんくらい凶暴だ」

「ありがとうございます。あ、そういえば……」

 サザフィーは、1人の役場職員の手を取って唐辛子をこすりつけた。

「奴らは、唐辛子の匂いを嫌っているようです。この情報をできるだけ多くの人たちに知らせて下さい。それから国内留学生の男の子を1人、家で預かっています。学校から問い合わせが来た時には、どうか無事であることを伝えてください……」

*** 

「魔獣が出た?国境周辺で?……さて、知らないな」

 ルートの知らせを受けた翌日。
放課後、ユザーンに連れてこられた豪奢なサロンの建物を見た瞬間、ソルは珍しく気が滅入った。
今、この瞬間にもシェリーが、ティファールが、他の名前も知らない人達も大勢、魔獣による生命の危険に晒されているのだと思うと、とても何かを飲んだり食べたりする気にはなれない。
ただフォードには、そういう時でも食事は摂るように気持ちを強く持たなければ救護の仕事はできないと言われたので、3度の食事は口に運ぶようにはしているが。

「それにしても君はまだ薬師“見習い”だと思っていたけど、いつの間にか昇格したのかい?」

「いえ。まだ見習いのままです。ただ、うちの村には薬師が1人しかいないので、こういう時に出すのは見習いでも許されるようです」

「そうか……魔獣ね。俺たちが獣傷を見る時にはまず、傷そのものと、そこから菌が入ることによって起こる二次感染に分けて考える。傷に関しては、出血を止めたり、傷口を塞ぐよう皮膚に力を与えるしかない。二次感染は、菌がどこに行って、どういう症状になるか色々と違いがあるからちょっと厄介だね」

「ありがとうございます。勉強になります」

 ユザーンの言葉を、一言ももらさないようノートに書き留める。実際に現場でノートが見られるかは分からないが、それがあるというだけで自分を支えるお守りになってくれるような気がした。

「でも、こういう考え方は薬師も一緒なんじゃないのかい?人体が変わる訳じゃないし、基本的なところは同じだと思うんだけど……」

「ある程度は同じだと思います。ただ、一瞬にして悪いところを見抜いて、動かせるヒーセンスと違って、薬師は薬草を選ぶところから始めなきゃいけないので……。それが、その人に合うかどうかも、初めてだったりすると分からないところがあるので、やっぱりヒーセントの方たちとは違うなって思います。こういう災害みたいな時こそ、ヒーセントの皆さんに出てきていただけたら、皆助かるのに……」

「確かにね。その点に関しては、国の考えていることは今1つ分からないよ」

 ユザーンは優雅な手つきで、お茶を一口飲んだ。
 そして、おもむろに表情を改めると。

「実は、今日は俺の方もソル君に聞きたいことがあるんだ。君の弟さんについての話なんだけど……」

「モーネの?何ですか?」

「弟さんは、実はヒーセンスを持っているっていうことはないだろうか?周りが知らないだけで」

「えっ!?まさか……そんなはずはないと思います。どうしてですか?」

「本当に?俺は、周りの誰も知らなくても君だけは知っているかもしれない、とも思っているんだが」

「いえ、僕は本当に知りません。それに、そんなことはないと思います。あいつがヒーセンスを持っているだなんて……先輩は、どうしてそう思われるんですか?」

 ユザーンは、ソルの言っていることが本当なのか探るように1,2秒、目を覗き込んできて……。

「いや、大したことはないよ。疑って悪かったね。お詫びに、何かもう1品ご馳走する。……ねえ、そこの給仕の君。ちょっと彼のためにメニューを持ってきてもらえるかな?」

 ユザーンが話さないと決めたことを、ソルが覆せるはずもない。
 彼が何故、そんなことを思ったのか。その口から、疑惑の理由を聞き出すことはできなかった。
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