薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

ユザーン・ネイゴン④

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「兄上、こちらにいらっしゃったのですか」

 もう太陽が沈みかけている、夕暮れ。
 ソルと別れて帰宅したユザーンが、“ロ”の字型に建てられた屋敷の中庭に降り立ってみると、そこには晩秋でも青々と葉を茂らせている木々に見入る“兄”トニークの姿があった。
 彼は、ユザーンの声に振り返ると。

「ああ、ごめん。探させてしまった?」

「……少し寒いのでは?お身体は冷えていらっしゃいませんか?」

「大丈夫だよ。君が気に掛けてくれているおかげで、身体も順調だし」

 実際、退魄症以来、何年も寝たきりだったトニークは、ユザーンの力によって半年間ですっかり回復し、普通に歩き回れるまでになった。最初は白くパサパサになっていた髪も、今では元通りの濃い茶色だ。
 父親であるネイゴン卿は当然ながら涙を流して喜び、ユザーンの両手を握って「この恩は忘れないし、トニークが生き返ったからといって、ユザーンを無下に追い出すようなことはしない」と何度も繰り返した。――もっとも、この先もずっと金のなる木であるユザーンをむざむざ他へ渡してはならないという打算は見え隠れしていたし、更には奥方の囁きもあってのことかもしれないが。
 また、懐妊したネイゴン夫人は、表向きは和やかに“長男”の回復を喜んでいる。少しずつ大きくなってきたお腹を撫でながら、あれほど熱中していた貴石の採掘にも、今では自ら出かけていくことはない。その代わり自分の息のかかった商人を雇い、掘り出されたものは逐一、目を通してから市場に回しているらしい。それは実際、貴族の夫人には珍しいほどの才覚と働きぶりであり、商家にでも嫁げばきっと重宝されただろうにとユザーンなどは思ったが、本人は“貴族”というステイタスも大好きなので、きっと余計なお世話というものだろう。

「……昔、僕が病気になる前に、メアリというメイドがいたんだけど、知ってる?」

 不意に、トニークが尋ねた。
 ユザーンがこの家に来たのはトニークが病に倒れた後なので、2人の間に共通する過去の記憶はない。メアリについても、トニークが知っている彼女とユザーンの知っている彼女では全くの別人である。
 
「メアリなら、兄上がお起きになる少し前に辞めていきましたよ。何でも、家族の具合が悪いので田舎に帰るとか」

「そうか。よく気のつく良い子だったのに、残念だな」

 木の肌に手を添わせながら、そう呟くトニークは本当に残念そうだ。
 それもそのはず、ユザーンの力で目覚めたは良いものの、数年間眠り続けている間に、家族や家の雰囲気はトニークが覚えているものとは全く変わってしまっている。起きたばかりの時には気付かなかったその違いも、半年が過ぎた今となってはひしひしと骨身に感じるようになり、それが疎外感となって心を苛んでいるのだろう。
 後遺症の心配がなくなるまで、と今でも続けられているユザーンの治療でも、彼の身体には物思いをしている人間に特有の症状が現われていた。

 が、ユザーンが気になっているのはそこではない。

「……兄上、何度も同じ質問をして申し訳ないのですが……私が力を使っている間、兄上は本当にお痛みを感じられていないのですか?」

「いや、全く。それ、何度も聞いてくるけど、普通は痛いものなのかい?」

「いえ……」

 その逆だ。
 普通の人間がヒーセンスの力を受けても、特に何かを感じることはない。それは元々学校で教わったことだが、ユザーン自身もこの半年、密かに平民だった時の友人、いわゆる“普通の人間”を捕まえて何度も“検証”を行ってみた。 
 中には盗みに失敗して警備隊に追われている間に転んで怪我をした、というような明らかに身体に問題を抱えている人間もいたが、それでもユザーンが調べた人間は誰1人として、何かを感じた様子はない。ただ1人、初めて力を使った時のモーネを除いては。

(あの時ソル君は、彼が退魄症から息を吹き返した珍しい人間だから、他と違うのではないか、と言った)
 
 しかし、目の前の兄は同じ退魄症からの病み上がりであるのに、これまで1度として痛みを訴えたことはない。これは一体、どういうことなのか。

――トニークがおかしいのか。それとも、あのモーネって奴が違うのか……。

 ユザーンにとって1番考えられるのは、モーネに自分と同じヒーセンスの力があるのではないかということ。普通の人間には分からなくても、同じ力があれば何かを感じることがある。これは、学校の実習時に経験済みだ。
 ソルなら何かを知っているのではないかと思い、鎌をかけてみたが、どうもそれはないらしい。

(メアリを辞めさせるのはもう少し後にするべきだったかな。情報屋と繋がりを持ったのなら、それはそれで利用できたのに……)

    何にしても、あのモーネにソルでも知らない秘密があるというなら面白い。ユザーンにとって、秘密はそれ自体が暴かれる時を待っているものだ。

「ユザーン……どうかしたのかい?」

    知らぬ間に考え事にふけっていたユザーンの意識を、トニークの声が呼び戻す。恐らく、ユザーンの色々な噂は彼の耳にも入っているのだろう。その表情は、弟を見るようなものではなく不安げだ。
    だからユザーンは殊更に安心させるような顔を作ってみせる。

「大丈夫。何でもありませんよ。……せっかくお元気になられたのだ。人生を楽しみましょう、兄上」
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