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第2部 魔獣 救護所編
もう1つの戦場
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救護所の仕事は確かにハードだった。
全国にお触れが出ているはずの応援はソル達以外一向に到着せず、しかし運び込まれる怪我人はどんどん増えていく。ソルが来た時にはテント1つに収まっていた患者の数は、あれよあれよという間に3倍にも膨れ上がっていた。
「軽い怪我だけの人は、その場で手当てして避難所の方に移ってもらって!」
「でも、避難所の方も、もういっぱいだって……さっき、追い返された騎士団の人たちが戻ってきて……」
「だからって、こっちに戻されても困る!騎士団の人はこっちに家がないんだから、向こうで専用の避難所を立ち上げてくれたらいいのに……!」
お互いに顔を見て話すことができないので、連携もうまくいかない。それは物資についても同じで、救護所には今必要な物が届かず、代わりにすぐには必要のない物がどんどん届けられ、溜まっていく。
「乾燥させなきゃ使えない薬草を、生のまま送ってくるなんてひどい!箱だってすぐには開けられないのに、全部腐っちゃう!」
恐らく急いで摘んだ物をそのまま送ってきたのだろう。気持ちはありがたいが、作業としては一手間増えてしまうのと、更には箱を開けた瞬間、変色した薬草を見た時にはこちらの方がいたたまれない気持ちになってしまう。本当は喉から手が出るほど欲しい種類なのに、1つ残らず傷んでしまっているのだ。
それでも使えないものを取っておく訳にもいかないので、涙を呑んで袋に詰め込む。その途中、ソルはあるものに気付いた。出発前、薬草園で初めて見つけた薬草だ。
「ねえ、リフォルテ。これ、何か知ってる?」
隣りで同じように箱を開けていたリフォルテに尋ねると。
「ああ、それ、アカシゴキだね」
「アカシゴキ?それって、もしかして“赤”シゴキ?」
「そう。葉っぱと茎のくっついた部分が赤くなってるだろ?だからアカシゴキ」
どうやら北の方では、シゴキが育たない代わりにこちらが生えるらしい。残念ながら新種ではなかった。
「でも、北側では結構、高価な薬草だよ?本当、勿体ない」
「そうなんだ?何に使うの?」
「内側からの守りを固めて、病邪の進行を抑える。俺は逆にシゴキを見たことがないんだけど、本で読んだ感じだと同じ作用の、もうちょっと強い版かな」
「へえー、そうなんだ……」
ソルの中で何かが引っかかった。
ただ、それを深く考える前にタロー医師の野太い声が聞こえて。
「医師、薬師は全員集合!魔獣が暴れ出したぞ!!」
***
町を襲っているサル型魔獣達は、普段は国境の森で生活していて、腹が減ると外に出てくるらしい。人間そのものを食べるわけではないが、人間の食べるもの、取り分け野菜や果実が美味なのに味をしめたらしく、集団でやってきては無人の町に転がっているそれらを食い漁っていく。
ルードヴィル辺境伯自ら率いる私設兵団や特別国境警備隊、王都から派遣されてきた騎士達らが皆、剣を持って立ち向かっているのだが、まずサルと人間ではスピードが違いすぎた。馬は魔獣達の鋭い爪に怯えて言うことを聞かないので、やむを得ず人間達だけで取り囲むのだが、その隙間を縫って、或いは頭上を飛び越えて先へと進んでいく魔獣達には追いつくことすら難しい。
「先生、お願いします!」
最初の怪我人が運び込まれるのは、大体、魔獣の腹が膨れて森へと帰り出す頃だ。
自分の足で歩いて来る者はまだよいが、問題なのは仲間に抱えられてやってくる、既に意識のない者。そして、魔獣の瘴気に当てられて傷口が腐り出している兵士達。
「自分で歩ける方は、右側へ。それ以外の方はこちらへ運んで下さい!」
そう言われて右側へやってくる、比較的軽傷の人達は薬師のクローディア、リフォルテ、見習いのソルの3人で対応した。残りのタロー、アリドネ医師と、薬師で男性のモリオンが重傷者側だ。
「傷口以外におかしいなって思う場所はありますか?」
「どこか熱いとか、苦しいとか、ないですか?」
クローディアとリフォルテが次々と問診をしていき、そのカルテがソルの元に回ってくる。2人は軽傷者が終わったら他の3人の手伝いに行くので、薬草の調合はソル1人。
「ソル君、これよろしく!」
「ソル、この人、後から瘴気の影響が出てくるかも。解毒の内服、出しといて!」
次々と積まれるカルテを上から順番に。焦って間違えることが1番良くないので、とにかく落ち着いてと自分に言い聞かせながら、薬さじと軟膏ベラを交互に握る。
それを何回繰り返したか分からないほどに繰り返しているうちに、今度は薬瓶の中身が底をつきそうになる。そうなったら天板の上で乾燥させている薬草を、自ら刻みながら調合だ。怪我人を待たせていると思うと、プレッシャーで手が震えて自分の指を切りそうになってしまうが、しかし貴重な乾燥葉を自分の血で駄目にするわけにはいかない。
「お待たせしました!軟膏と、解毒薬です。解毒薬は今すぐ1回分飲んで……大丈夫ですか?」
静かに座って待っているのだと思っていた、腕に傷を負った兵士の顔が土気色に変わっている。慌てて傷を見ると、その周りが赤黒く腫れてただれ出していた。
――俺が待たせたから……!瘴気が回り出しちゃった!!
「リフォルテ!こっち!診て!!」
ソルの声に、リフォルテが振り向いて走ってくる。
ソルの腕の中で、もう口もきけずにガタガタ震えている兵士を一目見るなり、今度は後ろを振り返って。
「すみません!どなたか動ける方、手を貸して下さい!この方を重傷者の方に移します!!」
自らも怪我を負っている騎士達が、何人か立ち上がった。
せーの、というかけ声とともに、兵士を担ぎ上げてタロー医師達の方へ運んでいく。
自分もその一員に加わったリフォルテは、もう1度ソルを振り返って。
「ソル1人に調合させてごめん!終わったらすぐ手伝う!もうちょっと頑張って!!」
「こっちこそ、ごめん。大丈夫、頑張るから……」
自分を責めている暇も無い。
ソルは再び薬さじを取り出して、刻んだ薬草を天秤へ乗せた。
全国にお触れが出ているはずの応援はソル達以外一向に到着せず、しかし運び込まれる怪我人はどんどん増えていく。ソルが来た時にはテント1つに収まっていた患者の数は、あれよあれよという間に3倍にも膨れ上がっていた。
「軽い怪我だけの人は、その場で手当てして避難所の方に移ってもらって!」
「でも、避難所の方も、もういっぱいだって……さっき、追い返された騎士団の人たちが戻ってきて……」
「だからって、こっちに戻されても困る!騎士団の人はこっちに家がないんだから、向こうで専用の避難所を立ち上げてくれたらいいのに……!」
お互いに顔を見て話すことができないので、連携もうまくいかない。それは物資についても同じで、救護所には今必要な物が届かず、代わりにすぐには必要のない物がどんどん届けられ、溜まっていく。
「乾燥させなきゃ使えない薬草を、生のまま送ってくるなんてひどい!箱だってすぐには開けられないのに、全部腐っちゃう!」
恐らく急いで摘んだ物をそのまま送ってきたのだろう。気持ちはありがたいが、作業としては一手間増えてしまうのと、更には箱を開けた瞬間、変色した薬草を見た時にはこちらの方がいたたまれない気持ちになってしまう。本当は喉から手が出るほど欲しい種類なのに、1つ残らず傷んでしまっているのだ。
それでも使えないものを取っておく訳にもいかないので、涙を呑んで袋に詰め込む。その途中、ソルはあるものに気付いた。出発前、薬草園で初めて見つけた薬草だ。
「ねえ、リフォルテ。これ、何か知ってる?」
隣りで同じように箱を開けていたリフォルテに尋ねると。
「ああ、それ、アカシゴキだね」
「アカシゴキ?それって、もしかして“赤”シゴキ?」
「そう。葉っぱと茎のくっついた部分が赤くなってるだろ?だからアカシゴキ」
どうやら北の方では、シゴキが育たない代わりにこちらが生えるらしい。残念ながら新種ではなかった。
「でも、北側では結構、高価な薬草だよ?本当、勿体ない」
「そうなんだ?何に使うの?」
「内側からの守りを固めて、病邪の進行を抑える。俺は逆にシゴキを見たことがないんだけど、本で読んだ感じだと同じ作用の、もうちょっと強い版かな」
「へえー、そうなんだ……」
ソルの中で何かが引っかかった。
ただ、それを深く考える前にタロー医師の野太い声が聞こえて。
「医師、薬師は全員集合!魔獣が暴れ出したぞ!!」
***
町を襲っているサル型魔獣達は、普段は国境の森で生活していて、腹が減ると外に出てくるらしい。人間そのものを食べるわけではないが、人間の食べるもの、取り分け野菜や果実が美味なのに味をしめたらしく、集団でやってきては無人の町に転がっているそれらを食い漁っていく。
ルードヴィル辺境伯自ら率いる私設兵団や特別国境警備隊、王都から派遣されてきた騎士達らが皆、剣を持って立ち向かっているのだが、まずサルと人間ではスピードが違いすぎた。馬は魔獣達の鋭い爪に怯えて言うことを聞かないので、やむを得ず人間達だけで取り囲むのだが、その隙間を縫って、或いは頭上を飛び越えて先へと進んでいく魔獣達には追いつくことすら難しい。
「先生、お願いします!」
最初の怪我人が運び込まれるのは、大体、魔獣の腹が膨れて森へと帰り出す頃だ。
自分の足で歩いて来る者はまだよいが、問題なのは仲間に抱えられてやってくる、既に意識のない者。そして、魔獣の瘴気に当てられて傷口が腐り出している兵士達。
「自分で歩ける方は、右側へ。それ以外の方はこちらへ運んで下さい!」
そう言われて右側へやってくる、比較的軽傷の人達は薬師のクローディア、リフォルテ、見習いのソルの3人で対応した。残りのタロー、アリドネ医師と、薬師で男性のモリオンが重傷者側だ。
「傷口以外におかしいなって思う場所はありますか?」
「どこか熱いとか、苦しいとか、ないですか?」
クローディアとリフォルテが次々と問診をしていき、そのカルテがソルの元に回ってくる。2人は軽傷者が終わったら他の3人の手伝いに行くので、薬草の調合はソル1人。
「ソル君、これよろしく!」
「ソル、この人、後から瘴気の影響が出てくるかも。解毒の内服、出しといて!」
次々と積まれるカルテを上から順番に。焦って間違えることが1番良くないので、とにかく落ち着いてと自分に言い聞かせながら、薬さじと軟膏ベラを交互に握る。
それを何回繰り返したか分からないほどに繰り返しているうちに、今度は薬瓶の中身が底をつきそうになる。そうなったら天板の上で乾燥させている薬草を、自ら刻みながら調合だ。怪我人を待たせていると思うと、プレッシャーで手が震えて自分の指を切りそうになってしまうが、しかし貴重な乾燥葉を自分の血で駄目にするわけにはいかない。
「お待たせしました!軟膏と、解毒薬です。解毒薬は今すぐ1回分飲んで……大丈夫ですか?」
静かに座って待っているのだと思っていた、腕に傷を負った兵士の顔が土気色に変わっている。慌てて傷を見ると、その周りが赤黒く腫れてただれ出していた。
――俺が待たせたから……!瘴気が回り出しちゃった!!
「リフォルテ!こっち!診て!!」
ソルの声に、リフォルテが振り向いて走ってくる。
ソルの腕の中で、もう口もきけずにガタガタ震えている兵士を一目見るなり、今度は後ろを振り返って。
「すみません!どなたか動ける方、手を貸して下さい!この方を重傷者の方に移します!!」
自らも怪我を負っている騎士達が、何人か立ち上がった。
せーの、というかけ声とともに、兵士を担ぎ上げてタロー医師達の方へ運んでいく。
自分もその一員に加わったリフォルテは、もう1度ソルを振り返って。
「ソル1人に調合させてごめん!終わったらすぐ手伝う!もうちょっと頑張って!!」
「こっちこそ、ごめん。大丈夫、頑張るから……」
自分を責めている暇も無い。
ソルは再び薬さじを取り出して、刻んだ薬草を天秤へ乗せた。
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