薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

夜の見回り

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 夜の見回りは2人体制だ。
 寝ている怪我人の大半はいつ容態が急変するか分からないので、本当は一晩中誰かが見ていたいところ。でも、ここでそれをやるにはとにかく人手が足りない。

「どうして、こんなに応援が来ないんでしょう……」

 一通り回って外に出たタイミングで、ソルは本日の見回りパートナー、モリオンに聞いてみた。

「自分のところは領主様から触れ書きが来たのですが、他のところは違うのかな」

「触れ書きが出てもなあ。ここはこんなだし、皆、色々理由をつけて従わないのかも」

    こんな、というのは、仕事が忙しいだけでなく、この場所が魔獣の出現範囲に入ってきている、ということも入るらしい。ソルも1度だけサル型魔獣が外を歩いているのを見た。お腹は膨れていたようで、救護所には見向きもしなかったので助かったが。

「仕方ねーよ。誰だって危険な場所には近付きたくないし、近付かせたくないだろ。実際、俺も残るかどうか最後まで迷ったわ」

「残る?」

「ここ、救護所の中で1番最初にできたところだから、初めはこの辺の動ける医師薬師達が全員集まってたの。そのうち手狭になってきたから、もっと奥に増やしていったけど、そうなったら皆、前線はやだなあってそっちに移ってって……でも、それも本当に仕方ないよなあって思う」

 モリオンは現在28才で、ここから少し離れた避難所には奥さんと生まれたばかりの子供がいるらしい。歩いても大した時間はかからない場所だが、モリオンの仕事が忙しいのと、より魔獣の出る危険が高いこちら側に家族を呼びたくないという気持ちから、この2ヶ月まったく会えていないのだと、クローディアが言っていた。

 「ソル君は?こんなところに来るの、親御さん、家族の人とか反対しなかった?」

「家族……は、うちは両親がいなくて、祖父と弟だけで……。ただ祖父は薬師なので、多分魔獣のことは心配してたと思いますが、それでも行ってこいって言われました」


「お祖父さんが薬師……道理で!!」

 思わず、といった感じで大きな声を出してしまったモリオンは「いけね」と頭を掻きながらテントを振り返った。幸いにもテントから物音がすることはなく、誰も起きてはいないようだ。
    モリオンはホッと胸を撫で下ろすと、今度は声を潜めて。

「おかしいと思ってたんだよ、ソル君がまだ見習いだっていうの。年齢が若いからかなぁとは思ってたけど、師匠が身内だったから。それで、厳しくされてるんだ」

「いや!そんなことないと思います!俺がそのレベルに達していないだけで……!」

「そんなことあるよ。まあ、若いから経験が少ないっていうのはそうかもしれないけど、それにしたって、あの調合の手際の良さ!正確だし早いし、タロー先生でさえ『10年選手並みに手慣れてるな』って感心してたぞ」

「そんな……」

 50代のタローは既に医師歴30年にも届くベテランだ。そんな人に認めてもらえていたと思うと、嬉しくてつい頬が緩んでしまう。

「昔から、定期的に弟の薬を作ってたので、作業だけは慣れてるのかも……」

「え、弟さん、病気なのか?」

 
「昔、退魄症にかかって……今は落ち着いてるんですけど……」

「えっ、退魄症から回復したの!それもすごい。何使ったか教えて……」

 さすが前線に残る薬師らしく、モリオンは勉強熱心だ。ポケットから取り出したノートには薬師ギルドの一員であることを示す薬瓶のシンボルが輝かしく箔押しされている。
    そんな相手に何かを教えるのも、ソルとしては面映ゆかったが。

「………………みたいな経緯で今は身長もそこそこ伸びてくれて、最近では目や耳も調子がいいって。俺がこっちに出てくる前に言ってました」

「あとは髪と記憶か~」

    鉛筆を顎に当てたモリオンは「でも、ちょっと不思議じゃね?」

「記憶はまあ分かるとして、髪の色。身長とか目とか耳とか、末端に成果が出てるのに、そこだけ何にも変わらないなんてちょっとおかしい、っていうか、不思議だ」

    それは、ソルも少し気になっていた。
    最初はただ単純に精気が足りないだけだと思っていたが、ここにきても何も変化が起きないとなると、理由はそれだけではないんじゃないか。例えば退魄症独自のメカニズムで、色素系統が駄目になってしまったとか……。

「まあ、髪の方はともかくとして、記憶には最近良い薬草が見つかったぞ」

「えっ?本当ですか?」

「ギルドから回ってきた情報だから、かなり信憑性が高い。今、ちょっと分からないから、後で教えるよ」

「ありがとうございます!」

    今度はソルが大きな声を出してしまい、慌ててテントを振り返った。

「良かった……誰も起きてな……」

    胸を撫で下ろした瞬間。

「ソル君、黙って!」

    モリオンが鋭く制した。その向こう、ソル達の場所から目で分かるくらいの位置に、獣の影。サルではない。大きな犬のようなシルエットだ。

――もしかして、クローディアさんが言ってたオオカミ型の魔獣?こんな近くまで来てるの?

    ありがたいことに、その魔獣はソル達には気付かず、そのまま悠々と道を渡るとクレスロードの方へと消えていった。国境の森へと帰るのだろうか。
    2人は無言でその後ろ姿を見送り、その姿と気配がようやく消えたところで。

「オオカミはヤバいな」

    モリオンがポツリとこぼした。
    そして、真面目な顔でソルを見ると。
  
「ソル君、ここに来た最初の日に、ナイフを渡されたと思うけど。でも、あれは逃げるための道具だから。間違っても戦おうなんて思うなよ。ちょっと脅かしてその隙に逃げる。それが、あれの正しい使い方だからな」


    
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