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第2部 魔獣 救護所編
変わり者の医師の家
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同じ頃、レッディ医師の家に向かうタローの足は重かった。
最近の救護所の状態からすると、サル型魔獣達の食事時間は通常のサル達より少し遅い、朝と昼の中間くらい。安全な時間帯はお昼過ぎ頃だ。
それに合わせて救護所を出発したのだが、魔獣に荒らされたばかりの町を歩くのは、思っていた以上に辛く苦しい。しかも、魔獣達に侵食されている部分は明らかに拡大していて、以前は無事だった町外れの店や民家が跡形もなく破壊されていたりもする。町中に食べ物がなくなってきたので、更に奥へと侵入しているのだ。
そして、タローの足が重い理由はもう1つ。
――レッディ、果たして会ってくれるか……。
ヒーセントになろうという夢に向かい、ともに試行錯誤を重ねたのはもう30年も前のことだ。
その後、タローには好きな女性ができて、その女性と結婚するにあたり流石にそのようなことに注力してはいられないと、夢はすっぱり諦めることにした。レッディ1人をおいて。
タローはレッディにも、もう諦めようと言ったが、彼は「諦めるなら、お前1人で諦めろ」と言い放ち、自分は独りでも研究を続けると人のあまり立ち入らない国境の森ギリギリの土地へと引っ越してしまった。
元々、医師としての腕も良かったので、それまでついていた患者は少し遠くても変わらず彼の元へ通っているらしい。
ただ、同じ町で医師をしているタローとは、他の単なる顔見知りの医師達よりも疎遠。更にはその顔見知りの医師達からも、レッディはとっつきにくい変わり者だと思われている。……いや、変わり者であることは間違いないのだが……。
時折行われる医師仲間の会合にも彼が参加することはなく、顔を合わせるのは道を違えて以来初めてのことだ。果たして、会って、話を聞いてくれるかどうか。他に声を掛けられる先がなかったとはいえ、やはり止めておいた方がよかったのではないかと不安でならない。
「……確か、ここを右に入るんだったな……」
自宅兼診療所の場所は、年を取ってレッディの元へ通えなくなり、タローのところへ移ってきた患者から聞いた。国境近くと聞いて唐辛子をたくさん身に着け、警戒しながらやって来たが、どうやら人間の少ない場所にはサルや魔獣のお気に召すような食べ物も少ないらしい。その辺りは、まだ家が綺麗な形で残っている。
そのうちの1つ。こじんまりとはしているが、家と診療所の2つの入口を持つ特徴的な家の前で、タローは足を止めた。
「おーい、レッディ、いるか?私だ、タローだ。もし居るなら、ちょっとだけでも話を聞いてもらえないか?」
家の中はしんとしている。留守か、それとも居留守か……。
しかし、タローがもう1度、声を上げようとした瞬間。
「はい!すみません、今、開けます!」
明らかにレッディのものではない、少年の声がした。
そうして開いたドアの向こうにいたのは、果たして10代後半に見える少年。きちんとした容姿とたたずまいだが、奇妙なことには身体に合わないブカブカの服を着ている。
その向こうには、彼の弟だろうか。少年がもう1人、ベッドに座って洗濯物を畳んでいるのが見えた。兄と同じようにブカブカのズボンから出ている足には添え木が当てられている。どうやら骨折しているらしい。
「えっと、患者さんでいらっしゃいますか……?」
じっと見ていたのが不審だったのだろうか。タローの目から弟を隠すように移動した兄が、礼儀正しく、でもどこか警戒するように尋ねてくる。
タローが慌てて非礼を詫びつつ、自己紹介をしようとしたところで。
「何だ、お前……タローか?」
後ろから声がした。
「どんくらいぶりだよ、全く。でも、ちっとも変わらねえなあ」
「……お前は、変わったよ……」
思わず駆け寄って手を握りたくなった。
何故だか分からない、その衝動にタロー本人が1番驚いてしまう。
「いつ、結婚したんだ?こんな大きな息子さんが2人もいるなんて、全然知らなかったよ」
「息子さん……?」
レッディは一瞬、ポカンとした顔をして。
次に、前に立つ少年に目をやって、そのまま弾かれたように笑い出した。
「おいおい、何言ってんだよ?俺に息子なんていねえよ」
「え、じゃあ、この子達は……?」
タローも一緒になって少年を振り返ると。
「紛らわしくてすみません。僕は他の町からクレスロードの学校に来ていました、ティファールと言います。あっちはシェリー。魔獣に襲われて逃げていたところを、レッディ先生に助けていただいて、そのままお世話になっています。服も洗い替えがないので、レッディ先生のものを貸していただいていて……」
「こんにちは、シェリーです。実は、この町に来てまだ1週間くらいの時に魔獣に襲われて。最初に匿ってもらっていた家が壊されてしまって、道が分からずに国境の方へ逃げてきちゃったのを、ティファール先輩に見つけてもらって、同じくレッディ先生にお世話になっています」
「シェリー君、でいいかな。君、足を怪我しているようだけど……」
「これは魔獣から逃げている時に、誰かに押されて……あ、いえ、多分、押したつもりはないんだと思います!ていうか、向こうにしてみれば、こっちが勝手にぶつかってきたって感じかも……」
自信なさげに声の小さくなっていくシェリーに、レッディが対照的に大きく笑う。
「どうだ?なかなか可愛いもんだろう。大きい方は、出会った時、自分で自分の傷に薬草を当ててたりして、これがなかなか見所があるんだよ」
「いえ、全然!学校で薬師を目指してる友達がいて、僕が体術の授業で怪我をした時に、そこに生えていた草を当ててくれたの。よく見る草だったけど実は薬草だったんだって知って驚いたから、覚えていたんです。それだけ」
その現場を見ていたクラスの女子が“薬師を目指している友達”に目をつけて、薬を作って欲しいと言ってくることになるのだが、それはまた別の話。
ただ最初にその薬草を当てたことがティファールの足を、もしかしたら命までも救ったかもしれないということは、レッディにもタローにも想像がついた。
「とにかく、一旦、中に入れや。お前とは色々あったが、それももう30年も前のことだ。こうして久しぶりに会えたんだし、積もる話でも……」
「いや、積もる話はまた後でゆっくり。今日は、お前に助けて欲しいことがあって来たんだ……と、その前に」
タローはおもむろに、2人の少年に向き直った。
「君たち、ご家族に連絡はしたかい?こいつは昔っから、そういうところに無頓着だから心配なんだけど……」
後ろでレッディが「なんだよ……」とブツブツ言うのは、聞こえないふり。そう、コイツは、こういう奴だ。目の前のことに夢中になると、時間の感覚を忘れていつまでも没頭している。そのうちに、喧嘩や気まずくなっていたことさえもどこかに置き忘れてしまうような、言葉本来の意味とは全く別の意味で“一日が千秋になる”男……。
――そういうところは、全く変わっていないな。
果たして、郵便係が帰還していることを知らなかった2人が、慌てて家族に手紙を書き出すのを、タローはレッディに説教をしながら見守ることとなった。
最近の救護所の状態からすると、サル型魔獣達の食事時間は通常のサル達より少し遅い、朝と昼の中間くらい。安全な時間帯はお昼過ぎ頃だ。
それに合わせて救護所を出発したのだが、魔獣に荒らされたばかりの町を歩くのは、思っていた以上に辛く苦しい。しかも、魔獣達に侵食されている部分は明らかに拡大していて、以前は無事だった町外れの店や民家が跡形もなく破壊されていたりもする。町中に食べ物がなくなってきたので、更に奥へと侵入しているのだ。
そして、タローの足が重い理由はもう1つ。
――レッディ、果たして会ってくれるか……。
ヒーセントになろうという夢に向かい、ともに試行錯誤を重ねたのはもう30年も前のことだ。
その後、タローには好きな女性ができて、その女性と結婚するにあたり流石にそのようなことに注力してはいられないと、夢はすっぱり諦めることにした。レッディ1人をおいて。
タローはレッディにも、もう諦めようと言ったが、彼は「諦めるなら、お前1人で諦めろ」と言い放ち、自分は独りでも研究を続けると人のあまり立ち入らない国境の森ギリギリの土地へと引っ越してしまった。
元々、医師としての腕も良かったので、それまでついていた患者は少し遠くても変わらず彼の元へ通っているらしい。
ただ、同じ町で医師をしているタローとは、他の単なる顔見知りの医師達よりも疎遠。更にはその顔見知りの医師達からも、レッディはとっつきにくい変わり者だと思われている。……いや、変わり者であることは間違いないのだが……。
時折行われる医師仲間の会合にも彼が参加することはなく、顔を合わせるのは道を違えて以来初めてのことだ。果たして、会って、話を聞いてくれるかどうか。他に声を掛けられる先がなかったとはいえ、やはり止めておいた方がよかったのではないかと不安でならない。
「……確か、ここを右に入るんだったな……」
自宅兼診療所の場所は、年を取ってレッディの元へ通えなくなり、タローのところへ移ってきた患者から聞いた。国境近くと聞いて唐辛子をたくさん身に着け、警戒しながらやって来たが、どうやら人間の少ない場所にはサルや魔獣のお気に召すような食べ物も少ないらしい。その辺りは、まだ家が綺麗な形で残っている。
そのうちの1つ。こじんまりとはしているが、家と診療所の2つの入口を持つ特徴的な家の前で、タローは足を止めた。
「おーい、レッディ、いるか?私だ、タローだ。もし居るなら、ちょっとだけでも話を聞いてもらえないか?」
家の中はしんとしている。留守か、それとも居留守か……。
しかし、タローがもう1度、声を上げようとした瞬間。
「はい!すみません、今、開けます!」
明らかにレッディのものではない、少年の声がした。
そうして開いたドアの向こうにいたのは、果たして10代後半に見える少年。きちんとした容姿とたたずまいだが、奇妙なことには身体に合わないブカブカの服を着ている。
その向こうには、彼の弟だろうか。少年がもう1人、ベッドに座って洗濯物を畳んでいるのが見えた。兄と同じようにブカブカのズボンから出ている足には添え木が当てられている。どうやら骨折しているらしい。
「えっと、患者さんでいらっしゃいますか……?」
じっと見ていたのが不審だったのだろうか。タローの目から弟を隠すように移動した兄が、礼儀正しく、でもどこか警戒するように尋ねてくる。
タローが慌てて非礼を詫びつつ、自己紹介をしようとしたところで。
「何だ、お前……タローか?」
後ろから声がした。
「どんくらいぶりだよ、全く。でも、ちっとも変わらねえなあ」
「……お前は、変わったよ……」
思わず駆け寄って手を握りたくなった。
何故だか分からない、その衝動にタロー本人が1番驚いてしまう。
「いつ、結婚したんだ?こんな大きな息子さんが2人もいるなんて、全然知らなかったよ」
「息子さん……?」
レッディは一瞬、ポカンとした顔をして。
次に、前に立つ少年に目をやって、そのまま弾かれたように笑い出した。
「おいおい、何言ってんだよ?俺に息子なんていねえよ」
「え、じゃあ、この子達は……?」
タローも一緒になって少年を振り返ると。
「紛らわしくてすみません。僕は他の町からクレスロードの学校に来ていました、ティファールと言います。あっちはシェリー。魔獣に襲われて逃げていたところを、レッディ先生に助けていただいて、そのままお世話になっています。服も洗い替えがないので、レッディ先生のものを貸していただいていて……」
「こんにちは、シェリーです。実は、この町に来てまだ1週間くらいの時に魔獣に襲われて。最初に匿ってもらっていた家が壊されてしまって、道が分からずに国境の方へ逃げてきちゃったのを、ティファール先輩に見つけてもらって、同じくレッディ先生にお世話になっています」
「シェリー君、でいいかな。君、足を怪我しているようだけど……」
「これは魔獣から逃げている時に、誰かに押されて……あ、いえ、多分、押したつもりはないんだと思います!ていうか、向こうにしてみれば、こっちが勝手にぶつかってきたって感じかも……」
自信なさげに声の小さくなっていくシェリーに、レッディが対照的に大きく笑う。
「どうだ?なかなか可愛いもんだろう。大きい方は、出会った時、自分で自分の傷に薬草を当ててたりして、これがなかなか見所があるんだよ」
「いえ、全然!学校で薬師を目指してる友達がいて、僕が体術の授業で怪我をした時に、そこに生えていた草を当ててくれたの。よく見る草だったけど実は薬草だったんだって知って驚いたから、覚えていたんです。それだけ」
その現場を見ていたクラスの女子が“薬師を目指している友達”に目をつけて、薬を作って欲しいと言ってくることになるのだが、それはまた別の話。
ただ最初にその薬草を当てたことがティファールの足を、もしかしたら命までも救ったかもしれないということは、レッディにもタローにも想像がついた。
「とにかく、一旦、中に入れや。お前とは色々あったが、それももう30年も前のことだ。こうして久しぶりに会えたんだし、積もる話でも……」
「いや、積もる話はまた後でゆっくり。今日は、お前に助けて欲しいことがあって来たんだ……と、その前に」
タローはおもむろに、2人の少年に向き直った。
「君たち、ご家族に連絡はしたかい?こいつは昔っから、そういうところに無頓着だから心配なんだけど……」
後ろでレッディが「なんだよ……」とブツブツ言うのは、聞こえないふり。そう、コイツは、こういう奴だ。目の前のことに夢中になると、時間の感覚を忘れていつまでも没頭している。そのうちに、喧嘩や気まずくなっていたことさえもどこかに置き忘れてしまうような、言葉本来の意味とは全く別の意味で“一日が千秋になる”男……。
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