薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

救護所を守れ!

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 救護所で風邪が蔓延し出したのは、それからすぐのことだった。
 テントの至るところで咳の音が聞こえ始め、別のところでは鼻水をすする音、頭が痛いと訴える声……。

「怪我人が、ぎゅうぎゅうに寝かされてるからな。1人ひいちまうと、もうどうしようもねえよ」

「本当なら、風邪にかかっている人とそうでない人でテントを分けるべきなのでしょうが……」

 しかし、テントを増やすにはお金がかかる上に、魔獣の侵攻が深まってきた今、テントの設営を手伝ってくれる人間もなかなか見つからない。1つ目の時には助けてくれた近くの町の人達も、この周辺で魔獣らしきものが目撃されたという噂が出てからは、怖がって近寄るのを避けているし、唯一、食事を運んでくれるというだけでもありがたいと思わなければならない状況だ。

「でも、本当にどうにかしないと……ここにいる患者さんはほとんどが、ちょっとしたことで命取りになったりする人達だから……」

 一通り患者の包帯を替え終えて、スタッフの控え場所に戻ってきたアリドネが、ふと周りを見回して呟く。

「あれ?クローディアは?今日はこの後、辺境伯様のお屋敷に行かないといけないのに……」

「本当だ、まだ戻ってない……何か手こずってるのかな」

 リフォルテが見に行こうとするのを、ソルが軽く制して立ち上がった。

「リフォルテ、今日の夜は見回りでしょ?アリドネさんも、この後診察が控えてるし。俺が見てくるから、2人とも少し休んでて下さい。もし助けが必要なら呼びにくるので」

「ありがとう、ソル」

「助かるわ。何かあったら、遠慮無く呼んでね?」

 スタッフの控え所と患者が寝かされているフロアの境目は、何かの動物の皮が1枚ペラリと吊されているだけだ。それを腕で押しながら外に出て、そこそこ広いフロアを見回してみる。

「モリオンさんがあそこ、端の1番重症なエリアにタロー先生とレッディ先生……」

 タローとレッディには、いつかヒーセントのことを聞いてみたい。
    ただ、仕事が忙しいのと、薬師として一途な人達に囲まれていること。更には彼らと比べた時の自分の未熟さを痛感しているので、他へ目を向ける気持ちは、以前ほど強くはなくなっている。

「そう、今はクローディアさんを探さなきゃ。クローディアさん、クローディアさん……どこだろう」

 少なくとも、フロアには姿が見えない。持ち場を終えて、外に出たのだろうか。……控え所に報告もしないで?

――何だろう。何か、嫌な予感がする……。

 寝ている患者を起こさないように、足音を忍ばせて屋外に出た。
 空はよく晴れていて、テントの外では木と木の間に吊されたロープにティファールが洗濯物を干しているのが見える。その後ろ姿に近寄って、クローディアを見なかったか尋ねようとした時。

「……いた……」

 ティファールが来るまでは、洗濯は主にクローディアが受け持っていた。
 それで、よく側に立っているのを見かけた、やはりロープの吊された太い木の幹にクローディアがもたれかかって座っている。

「クローディアさん?何を……?」

 声を掛けようとした時、ティファールが振り向いて「しーっ」と唇に指を当てた。

「……多分、具合が悪いんだと思う。俺の方が後から来たんだけど、気付かないみたいでずっとああしてる」

「え……」

 具合が悪いなら、薬を飲んだ方がよいのではないか。もしかしたら、今、広がっている風邪にやられてしまっているのかも……。

「俺、何か薬を持ってくる……」

 ソルが踵を返して、調合室に行こうとした時。

「おーーーーーい!魔獣が来るぞーーーーーーーーーー!!」

 遠くから、馬に乗った誰かが駆けてくるのが見えた。郵便係のサザフィーだ。

「今、クレスロードの見えるところを走っていたら、魔獣が出てた!騎士団や国境警備隊の人達が食い止めているけど、いつもと時間が違うから人数が足りてない。しかも、あいつら、こっちに向かって侵攻してる!!」

「何だって!!?」

 サル型魔獣が町へと出てくるのは、朝と昼の中間くらい。今はもう午後2時を回っていて、魔獣はとっくに森へと引き上げている時間だ。

「怪我人が搬送されてくるピークも、さっき1回あった!こんなの絶対、おかしい!」

 ティファールは洗濯かごを置き捨てると、皆に知らせてくると言い残してテントの中へ走り込んで行った。
 そしてソルは。

「クローディアさん!クローディアさん!!魔獣が来ます、テントを守る準備をしないと!!」

「え、魔獣……」

 ぼんやりしていた薄茶色の瞳が、パチリと光を取り戻す。

「何で、今来るの!もう、1回来たじゃない!!」

「分かりません!とにかく、クローディアさん……」

     体調は……そう尋ねようとした時。

「おい、大丈夫か!」

「唐辛子を持ってきた!これを撒くぞ!!」

 ティファールに呼ばれた男性スタッフ達が駆けつけてきた。1番大柄なモリオンが、こういう時のためにと準備していた、乾燥唐辛子の袋を持っている。

「テントの周りにまんべんなく撒け!サル達は、唐辛子のないところからやってくるぞ!」

 それを言ったのはモリオンか、それともタローか。もう誰がどこにいるのかも分からないまま、全員必死で唐辛子を撒き続ける。撒いても撒いても、風で散らされてしまい、辺りは恐らく人間もむせ返るほどの匂いが立っているはずなのだが、緊張のせいか全く感じない。
    それでも自分の撒いたところを踏まないようにソルが後ろ向きに下がっていると、足がドンと誰かにぶつかって。

「アイタッ、ごめんなさい」

 振り返ってみると、尻もちをついたクローディアが地べたに座り込んでいた。

「クローディアさん、ごめんなさい。……体調は大丈夫ですか?」

「うん、ここで頑張らないと全員やられちゃうもん。風邪くらいで、弱ってられない!」

 確かにその通り。救護所には戦える人間がいないし、使える装備もない。
   前線で食い止めてくれる騎士達がいなければこの場所は魔獣に対して無力だ。

「唐辛子、全部は撒くなよ!近くまで来た時のために、少し残しておけ!!」

    レッディの声に、皆、撒く手を止めてテントの前に集まる。
    テントの前には投石用の石の山。勿論、これで魔獣に太刀打ちできる訳ではないので、もしここまで来てしまったら、後は"どれだけ被害を少なくできるか"しかない。

「来るな、来るな、来るな……」

    誰かが小さく呟く。それに別の誰かの声が重なる。
    それをどのくらい繰り返したか。
    緊張で息が苦しくなる時間が流れた後。

「見て!あそこ、騎士団の人達!運ばれてきた!!」

    誰かが指を指した先には、確かにこちらへ向かってくる人影。
    魔獣が町にいる間は、例え大怪我を負っても救護所にはかかれない。
    それが今、仲間の手を借りて運ばれてきたということは?

「魔獣は森に帰った。今回は2回目だったからか、満足するのも早かったらしい。あと、風に乗って、どこからともなく強い唐辛子臭が漂ってきて……」

    最初に到着した騎士が、鼻をひくひくさせながら説明してくれる。もしかすると匂いの大元に気付いたのかもしれない。しかし、とにかく救護所は守られたのだ。
    

「傷、すぐに手当てしますね!」

    いち早く立ち上がったクローディアの腕を、後ろからアリドネが掴む。

「駄目よ。あんた、熱があるじゃないの」

「あ、でも、そんな……大した熱じゃないし……」

「そんなこと言って、大した熱になられたら、こっちは余計に困るの!いいから今は休みな?後はソル君に頼むから」

「えっ、僕ですか?」

    それは、ソルに期待してハッパをかけてくれているのだろうか。確かに、1人だけ見習いという立場から、ソルは皆より1歩引きがち。それを感じ取ったアリドネが、先輩として力づけてくれているのかもしれない。

「はい!頑張ります!」

    その気持ちに応えようと元気よく返事をしてみれば。

「よーし。言ったね、ソル君」

    アリドネの手が、ポンとソルの肩に乗った。

「この波を越えたら、辺境伯様のお屋敷。今日はソル君が一緒に行こうねっ!」

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