薬師の薬も、さじ加減

ミリ

文字の大きさ
61 / 68
第2部 魔獣 救護所編

尋問

しおりを挟む
「……俺がいるから村に残りたいって……それモーネがそう言ったの?」

「それはねー、はっきりではないけどさー」

「じゃあ、分かんないじゃん。全然、関係ないかもよ?理由なんてなくて、ただ居心地が良いだけかもしれないし」

「そーかなー。見てれば分かるんだけどなー。2人とも分かりやすいから」

「……2人?」

「そう。ソル兄も分かりやすい」

「……」

 頭の中に、魔獣と遭う前の出来事がよみがえる。
 女装したソルを、恐らく可愛いと褒めようとしたであろうモーネ。
   実際には『可愛い格好をしている』と、服のことしか言われなかったけど……。

……でも、他の人には褒められた時にはあんな気持ちにはならなかった……。

   しかも突然で驚いたからとはいえ、唇を重ねられても然したる抵抗もせず、そもそもそこまでの嫌悪も感じなかったというのは……。

「おっ、何か心当たり出てきた?」

「ないよ、バカ!」

「バカって言った方がバカなんだよ~」

   シェリーが口を押さえてクスクスと笑った。

「さて、いい加減、他のスタッフさん呼びに行かないと怒られちゃう。ソル兄、目が覚めたばかりなのに、たくさん話させてごめんねー」

   よっこいしょ、と立ち上がるシェリー。
   杖をセットして体勢を整えたところで、改めて寝ているソルを見下ろして……。

「でもね、モーネが馬車に乗るギリギリまで、ソル兄のことを心配してたのは本当。あと、俺を見た瞬間、泣きそうになりながら『無事で良かった』って言ってくれたのも」

「……うん……俺も思ったよ」

「へへ、ソル兄、ありがと」
 
 シェリーは恥ずかしそうに鼻をこすって。

「でも、ソル兄もそうだけど、モーネも。見た目や雰囲気がどれだけ変わっても、 モーネはモーネなんだって。俺はそう思うことにしたんだ」

「うん……」

   見た目や雰囲気だけなら。
   ソルも同じように、自分を納得させていたと思う。きっと今まで遅れていた成長が薬で回復したんだ、でも本質的なところは変わらないはずだから、今まで通り付き合っていこう、って。

――でも魔獣と戦えたのは、薬の効果なんかじゃない。

   シェリーにとっては、見た目の成長も技能の成長も等しく“奇跡”。どっちもあり得ないことだから、同じように薬の効果、薬ってスゴいなーと自分を納得させられるのだろうけど、ソルはそうはいかない。

――ただ、考えて分かることでもないんだけど……。

 ソルが小さく溜息を吐いた時。

「……ソル君、加減はどうだい?」

    控えめな足音とともに、タロー医師がやってきた。
    そして、後ろからローブを纏った人間が1人。フードを目深に被っているために、顔は見えない。

「まだ痛むだろう。起き上がらなくていいからね」

「あ、すみません。僕、仕事……」

「大丈夫。奥から手伝いが来たのと、皇国の方々の助けで怪我人が減っているから……」

    シェリーの説明と同じだ。
    タローの方も、シェリーからソルの大体の様子を聞いてきたようで、ひとしきり痛みや目眩、嘔吐感などを聞かれた後。

「シェリー君がだいぶ喋ったらしいから、疲れているかもしれないけど……もう少しだけ、よいかな?」

「あ、はい……大丈夫です」

「ありがとう。では……ソル君、こちらは皇国から来られたダクリムさんだ。サスイル皇国皇帝陛下の命によって、この救護所を守って下さっている」

「皇国……の方……」

 ローブの人間が前に進み出た。近くで見ると、肩が厳ついので男性だと分かる。フードは取らないまま、しかし、その奥からわずかに見える目はギラリとしていて、人を刺せそうなほどに鋭い。

「ハジメマシテ、ダクリム デス」

 言葉は片言。サスイル皇国の公用語はマリフォルドと同じはずだから、元々皇国領ではなく後から併合されたのだろう。

――そういえば、シェリーが言ってた。魔獣を操る力を持つ……確か旧ハイド正教区の人が来てくれてるって……。

「ワタシ、キキタイ。アナタ マジュウノ ドクノ ニオイガ スル……オオカミノヤツニ ヤラレマシタネ?」

「……!」

 モーネが魔獣を倒した件は、公にしないことになったと聞いている。
 ここで自分がおかしなことを言えば、それが崩れてしまうのではないか。

「アナタノ ノンダ ゲドクヤク、ドコカラ テニイレマシタカ?」

「……分かりません。僕は助けられた側なので」

「この辺りに伝統的に伝わっているものだと思います。昔のレシピを、誰かが書き残していたものを見ました。先ほど申し上げた通りです」

 タローが助け船を出してくれた。

「彼はようやく意識を取り戻したばかりです。どうか無理をさせないであげて下さい」

「……ソレハ スミマセン。デモ、モウヒトツ。アナタヲ オソッタ マジュウニツイテ オシエテクダサイ。ソイツハ ソノゴ、ドウナリマシタカ?」

「分かりません」

「ワカラナイ?」

「はい。僕は、すぐに気を失ってしまったので」

 チラリとタローに視線を向ける。
 しかし、ダクリムは鋭くそれを制して。

「ハナシヲ アワセヨウトシテモ ムダデス。ワタシタチハ、マジュウヲ アヤツルコトガデキル。ココヲ オソワセルコトダッテ デキルノデスヨ」

 背中をヒヤリとしたものが流れた。……この男は本気だ。

――でも、俺だってここは譲れない。

「他の人達が何と言っているかは分かりません。でも、僕は本当に知らない。知れる訳がないでしょう。気絶してたんだから」

「ホカノヒトタチハ マジュウヲ ミテナイト イッテイマス。ソレガ ホントウナラ、マジュウハ キズツイタアナタヲオイテ ドコカニイッタコトニナル。ソレハ オカシイ」

 口裏を合わせる時間をもらえなかったのだろう。
 マリフォルド8世は伝えられた情報だけを受け取って、それ以上のことは考えなかったようだが……皇国はさすがに皇国だ。
 
「……オオカミハ ニンゲンヲ タベマス。アナタハ、ナゼ ブジダッタノデショウカ」

「だから、分かりません。単なる気まぐれで放っておかれたのかもしれないし、他に天敵が来たのかもしれない。とにかく、僕には分かりません」

 もう押し切るしかない。

 ダクリムの鋭い視線を受け止めて、ソルも負けじとその目を見つめ返した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

処理中です...