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第2部 魔獣 救護所編
尋問
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「……俺がいるから村に残りたいって……それモーネがそう言ったの?」
「それはねー、はっきりではないけどさー」
「じゃあ、分かんないじゃん。全然、関係ないかもよ?理由なんてなくて、ただ居心地が良いだけかもしれないし」
「そーかなー。見てれば分かるんだけどなー。2人とも分かりやすいから」
「……2人?」
「そう。ソル兄も分かりやすい」
「……」
頭の中に、魔獣と遭う前の出来事がよみがえる。
女装したソルを、恐らく可愛いと褒めようとしたであろうモーネ。
実際には『可愛い格好をしている』と、服のことしか言われなかったけど……。
……でも、他の人には褒められた時にはあんな気持ちにはならなかった……。
しかも突然で驚いたからとはいえ、唇を重ねられても然したる抵抗もせず、そもそもそこまでの嫌悪も感じなかったというのは……。
「おっ、何か心当たり出てきた?」
「ないよ、バカ!」
「バカって言った方がバカなんだよ~」
シェリーが口を押さえてクスクスと笑った。
「さて、いい加減、他のスタッフさん呼びに行かないと怒られちゃう。ソル兄、目が覚めたばかりなのに、たくさん話させてごめんねー」
よっこいしょ、と立ち上がるシェリー。
杖をセットして体勢を整えたところで、改めて寝ているソルを見下ろして……。
「でもね、モーネが馬車に乗るギリギリまで、ソル兄のことを心配してたのは本当。あと、俺を見た瞬間、泣きそうになりながら『無事で良かった』って言ってくれたのも」
「……うん……俺も思ったよ」
「へへ、ソル兄、ありがと」
シェリーは恥ずかしそうに鼻をこすって。
「でも、ソル兄もそうだけど、モーネも。見た目や雰囲気がどれだけ変わっても、 モーネはモーネなんだって。俺はそう思うことにしたんだ」
「うん……」
見た目や雰囲気だけなら。
ソルも同じように、自分を納得させていたと思う。きっと今まで遅れていた成長が薬で回復したんだ、でも本質的なところは変わらないはずだから、今まで通り付き合っていこう、って。
――でも魔獣と戦えたのは、薬の効果なんかじゃない。
シェリーにとっては、見た目の成長も技能の成長も等しく“奇跡”。どっちもあり得ないことだから、同じように薬の効果、薬ってスゴいなーと自分を納得させられるのだろうけど、ソルはそうはいかない。
――ただ、考えて分かることでもないんだけど……。
ソルが小さく溜息を吐いた時。
「……ソル君、加減はどうだい?」
控えめな足音とともに、タロー医師がやってきた。
そして、後ろからローブを纏った人間が1人。フードを目深に被っているために、顔は見えない。
「まだ痛むだろう。起き上がらなくていいからね」
「あ、すみません。僕、仕事……」
「大丈夫。奥から手伝いが来たのと、皇国の方々の助けで怪我人が減っているから……」
シェリーの説明と同じだ。
タローの方も、シェリーからソルの大体の様子を聞いてきたようで、ひとしきり痛みや目眩、嘔吐感などを聞かれた後。
「シェリー君がだいぶ喋ったらしいから、疲れているかもしれないけど……もう少しだけ、よいかな?」
「あ、はい……大丈夫です」
「ありがとう。では……ソル君、こちらは皇国から来られたダクリムさんだ。サスイル皇国皇帝陛下の命によって、この救護所を守って下さっている」
「皇国……の方……」
ローブの人間が前に進み出た。近くで見ると、肩が厳ついので男性だと分かる。フードは取らないまま、しかし、その奥からわずかに見える目はギラリとしていて、人を刺せそうなほどに鋭い。
「ハジメマシテ、ダクリム デス」
言葉は片言。サスイル皇国の公用語はマリフォルドと同じはずだから、元々皇国領ではなく後から併合されたのだろう。
――そういえば、シェリーが言ってた。魔獣を操る力を持つ……確か旧ハイド正教区の人が来てくれてるって……。
「ワタシ、キキタイ。アナタ マジュウノ ドクノ ニオイガ スル……オオカミノヤツニ ヤラレマシタネ?」
「……!」
モーネが魔獣を倒した件は、公にしないことになったと聞いている。
ここで自分がおかしなことを言えば、それが崩れてしまうのではないか。
「アナタノ ノンダ ゲドクヤク、ドコカラ テニイレマシタカ?」
「……分かりません。僕は助けられた側なので」
「この辺りに伝統的に伝わっているものだと思います。昔のレシピを、誰かが書き残していたものを見ました。先ほど申し上げた通りです」
タローが助け船を出してくれた。
「彼はようやく意識を取り戻したばかりです。どうか無理をさせないであげて下さい」
「……ソレハ スミマセン。デモ、モウヒトツ。アナタヲ オソッタ マジュウニツイテ オシエテクダサイ。ソイツハ ソノゴ、ドウナリマシタカ?」
「分かりません」
「ワカラナイ?」
「はい。僕は、すぐに気を失ってしまったので」
チラリとタローに視線を向ける。
しかし、ダクリムは鋭くそれを制して。
「ハナシヲ アワセヨウトシテモ ムダデス。ワタシタチハ、マジュウヲ アヤツルコトガデキル。ココヲ オソワセルコトダッテ デキルノデスヨ」
背中をヒヤリとしたものが流れた。……この男は本気だ。
――でも、俺だってここは譲れない。
「他の人達が何と言っているかは分かりません。でも、僕は本当に知らない。知れる訳がないでしょう。気絶してたんだから」
「ホカノヒトタチハ マジュウヲ ミテナイト イッテイマス。ソレガ ホントウナラ、マジュウハ キズツイタアナタヲオイテ ドコカニイッタコトニナル。ソレハ オカシイ」
口裏を合わせる時間をもらえなかったのだろう。
マリフォルド8世は伝えられた情報だけを受け取って、それ以上のことは考えなかったようだが……皇国はさすがに皇国だ。
「……オオカミハ ニンゲンヲ タベマス。アナタハ、ナゼ ブジダッタノデショウカ」
「だから、分かりません。単なる気まぐれで放っておかれたのかもしれないし、他に天敵が来たのかもしれない。とにかく、僕には分かりません」
もう押し切るしかない。
ダクリムの鋭い視線を受け止めて、ソルも負けじとその目を見つめ返した。
「それはねー、はっきりではないけどさー」
「じゃあ、分かんないじゃん。全然、関係ないかもよ?理由なんてなくて、ただ居心地が良いだけかもしれないし」
「そーかなー。見てれば分かるんだけどなー。2人とも分かりやすいから」
「……2人?」
「そう。ソル兄も分かりやすい」
「……」
頭の中に、魔獣と遭う前の出来事がよみがえる。
女装したソルを、恐らく可愛いと褒めようとしたであろうモーネ。
実際には『可愛い格好をしている』と、服のことしか言われなかったけど……。
……でも、他の人には褒められた時にはあんな気持ちにはならなかった……。
しかも突然で驚いたからとはいえ、唇を重ねられても然したる抵抗もせず、そもそもそこまでの嫌悪も感じなかったというのは……。
「おっ、何か心当たり出てきた?」
「ないよ、バカ!」
「バカって言った方がバカなんだよ~」
シェリーが口を押さえてクスクスと笑った。
「さて、いい加減、他のスタッフさん呼びに行かないと怒られちゃう。ソル兄、目が覚めたばかりなのに、たくさん話させてごめんねー」
よっこいしょ、と立ち上がるシェリー。
杖をセットして体勢を整えたところで、改めて寝ているソルを見下ろして……。
「でもね、モーネが馬車に乗るギリギリまで、ソル兄のことを心配してたのは本当。あと、俺を見た瞬間、泣きそうになりながら『無事で良かった』って言ってくれたのも」
「……うん……俺も思ったよ」
「へへ、ソル兄、ありがと」
シェリーは恥ずかしそうに鼻をこすって。
「でも、ソル兄もそうだけど、モーネも。見た目や雰囲気がどれだけ変わっても、 モーネはモーネなんだって。俺はそう思うことにしたんだ」
「うん……」
見た目や雰囲気だけなら。
ソルも同じように、自分を納得させていたと思う。きっと今まで遅れていた成長が薬で回復したんだ、でも本質的なところは変わらないはずだから、今まで通り付き合っていこう、って。
――でも魔獣と戦えたのは、薬の効果なんかじゃない。
シェリーにとっては、見た目の成長も技能の成長も等しく“奇跡”。どっちもあり得ないことだから、同じように薬の効果、薬ってスゴいなーと自分を納得させられるのだろうけど、ソルはそうはいかない。
――ただ、考えて分かることでもないんだけど……。
ソルが小さく溜息を吐いた時。
「……ソル君、加減はどうだい?」
控えめな足音とともに、タロー医師がやってきた。
そして、後ろからローブを纏った人間が1人。フードを目深に被っているために、顔は見えない。
「まだ痛むだろう。起き上がらなくていいからね」
「あ、すみません。僕、仕事……」
「大丈夫。奥から手伝いが来たのと、皇国の方々の助けで怪我人が減っているから……」
シェリーの説明と同じだ。
タローの方も、シェリーからソルの大体の様子を聞いてきたようで、ひとしきり痛みや目眩、嘔吐感などを聞かれた後。
「シェリー君がだいぶ喋ったらしいから、疲れているかもしれないけど……もう少しだけ、よいかな?」
「あ、はい……大丈夫です」
「ありがとう。では……ソル君、こちらは皇国から来られたダクリムさんだ。サスイル皇国皇帝陛下の命によって、この救護所を守って下さっている」
「皇国……の方……」
ローブの人間が前に進み出た。近くで見ると、肩が厳ついので男性だと分かる。フードは取らないまま、しかし、その奥からわずかに見える目はギラリとしていて、人を刺せそうなほどに鋭い。
「ハジメマシテ、ダクリム デス」
言葉は片言。サスイル皇国の公用語はマリフォルドと同じはずだから、元々皇国領ではなく後から併合されたのだろう。
――そういえば、シェリーが言ってた。魔獣を操る力を持つ……確か旧ハイド正教区の人が来てくれてるって……。
「ワタシ、キキタイ。アナタ マジュウノ ドクノ ニオイガ スル……オオカミノヤツニ ヤラレマシタネ?」
「……!」
モーネが魔獣を倒した件は、公にしないことになったと聞いている。
ここで自分がおかしなことを言えば、それが崩れてしまうのではないか。
「アナタノ ノンダ ゲドクヤク、ドコカラ テニイレマシタカ?」
「……分かりません。僕は助けられた側なので」
「この辺りに伝統的に伝わっているものだと思います。昔のレシピを、誰かが書き残していたものを見ました。先ほど申し上げた通りです」
タローが助け船を出してくれた。
「彼はようやく意識を取り戻したばかりです。どうか無理をさせないであげて下さい」
「……ソレハ スミマセン。デモ、モウヒトツ。アナタヲ オソッタ マジュウニツイテ オシエテクダサイ。ソイツハ ソノゴ、ドウナリマシタカ?」
「分かりません」
「ワカラナイ?」
「はい。僕は、すぐに気を失ってしまったので」
チラリとタローに視線を向ける。
しかし、ダクリムは鋭くそれを制して。
「ハナシヲ アワセヨウトシテモ ムダデス。ワタシタチハ、マジュウヲ アヤツルコトガデキル。ココヲ オソワセルコトダッテ デキルノデスヨ」
背中をヒヤリとしたものが流れた。……この男は本気だ。
――でも、俺だってここは譲れない。
「他の人達が何と言っているかは分かりません。でも、僕は本当に知らない。知れる訳がないでしょう。気絶してたんだから」
「ホカノヒトタチハ マジュウヲ ミテナイト イッテイマス。ソレガ ホントウナラ、マジュウハ キズツイタアナタヲオイテ ドコカニイッタコトニナル。ソレハ オカシイ」
口裏を合わせる時間をもらえなかったのだろう。
マリフォルド8世は伝えられた情報だけを受け取って、それ以上のことは考えなかったようだが……皇国はさすがに皇国だ。
「……オオカミハ ニンゲンヲ タベマス。アナタハ、ナゼ ブジダッタノデショウカ」
「だから、分かりません。単なる気まぐれで放っておかれたのかもしれないし、他に天敵が来たのかもしれない。とにかく、僕には分かりません」
もう押し切るしかない。
ダクリムの鋭い視線を受け止めて、ソルも負けじとその目を見つめ返した。
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