薬師の薬も、さじ加減

ミリ

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第2部 魔獣 救護所編

本当の、モーネのこと

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「……ワカリマシタ」

 先に目を逸らしたのは、ダクリムの方だった。

「アナタノメ、ワタシト オナジデス。タイセツナヒトヲ マモロウト シテイル。ワタシモ オナジキモチデス」

「えっ、別に!そんなことありません!……って、イタタタ!」

 慌てて否定したら、背中に激痛が走った。誰かからの抗議だろうか。
 そして、その姿を見た瞬間、ダクリムがプッと吹き出して……。

――あ、笑うと普通だ……。

 それまでの氷のような雰囲気がほどけて、ただの青年のそれになっていく。年齢は20代後半くらいか。ソルを射殺しそうだった視線も、今は可笑しそうに細められていて、どこか人好きのする茶目っ気が見え隠れしていた。

「キミハ オモシロイヒト。ソシテ、トテモ ツヨイヒト」

「強い?いえ、そんなことはないです。いつも迷って……助けられてばかりだし……」

「イイエ、ツヨイヒトデス。ダッテ、ワタシニカッタノデスカラ」

 ダクリムがまた笑った。

「キミハ マダワカイ。マヨッテ、タスケラレテ アタリマエ。モット アマエテヨイノデス」

「甘えて……」

 ふと視線を向けると、タローが隣りで頷いていた。とても優しい顔で。

「キミガ ココロヲヒライテ ウケイレルトキ、アイニ キヅキマス。キミダケガ ダレカヲマモルノデハナク、キミヲマモリタイヒトニ キヅイテクダサイ」

 フードを被ったままの顔が近付いてきて、額に唇が触れた。

「なっ……!」

 ソルが思わず身体を強ばらせると。

「ソンナカオヲ シナイデクダサイ。コレハ ワタシノコキョウニ ツタワル “シュクフクノ イノリ” デス。ワタシハ キミノシアワセヲ イノリマス」

 怪我人に長々と話をさせて申し訳なかった……そう言って、ダクリムが背を向ける。
 出入り口に案内しようと、タローが手を伸ばした時。

「あっ!」

 タローの手がダクリムのフードに引っかかった。
 そしてフードがはらりと外れて。

「……!!」

 慌ててフードを被り治したダクリムが足早にテントを出て行く。
 ほんの少しの間だけ見えた。
 ダクリムの髪は、眩しいくらいの白色だった。

***

『モーネへ

 お元気ですか?

 こっちは……』


――どうしよう。何て書こう……。
 ソルは少し考えて。
 

『体がすっかり良くなって、無事に仕事に復帰しています』


――うん、大丈夫。嘘は書いてない。


『昨日、国境の柵が完成したという知らせがきました。
 救護所の仕事も、あとわずかです。
 村に帰るのが楽しみなような、ちょっと怖いような……』


――違う!そんなこと書いちゃダメだって!
 慌てて紙をまるめて、膝に置いた板に新しいものをセットする。
 ソルが座っているのはテントの外。シェリーが椅子に使っていた木箱の上だ。


『ただ、柵は完成しても魔獣はもう国内に入ってしまっているので。
 一応、皇国の魔獣を操る力を持った人達が、見つけ次第あちら側に連れて行ってくれるらしいけど、どこに何匹いるのかは調べようがないし、全部を駆逐することは不可能なのかなって。
 これからはマリフォルドでも魔獣の被害が起きるのではないかと心配です。

 あと、その皇国の人に会ったのですが、髪がモーネと同じ白色で……』


――違う、違う!また書かなくても良いこと書いちゃってる……。

「あー、もうモーネじゃなくて、じいちゃんに宛てて書こうかなあ」

 思わずペンを放り投げて、板に突っ伏していると。

「ソル君、手紙かい?誰に書いているの?」

「弟です。でも、うまく書けないので祖父に替えようかなって。……ユザーン先輩は?今日はもうお仕事終わりですか?」

「僕は今回は元々、父の代わりに監督として来ただけだからね。実際の治療は治療院のヒーセントの仕事だ」

「監督……やっぱり先輩はすごいですね」

 柵が修理され、魔獣の流入が止まれば、今ある救護所は解散。
 それぞれが持ち場に戻って、町の復興を目指すことになる。

 ただ、それに当たって問題となるのは、現在、救護所にいる怪我人。
 特に意識の戻っていない重傷者達だ。
 マリフォルドでは病人も基本的に家で寝かされており、そこへ医師や薬師が往診する。隔離用のベッドを用意している医師もいるが、それは全体から見てごく僅かだ。
 しかし、クレスロードの町は壊滅状態。まともに住める家はほとんど残っていないし、騎士や兵士達を含めた大人数の怪我人を収容できる施設もない。
 
 そんなところに送り込まれてきたのだ。ネイゴン伯爵領治療院のヒーセント達が。

「突然、皆さんが現われた時には本当に驚きました。しかも、先輩まで」

「父がね、こんな時だから自分も何かしたいって。ルードヴィル辺境伯とは領地も隣り同士だし力になりたいので、自領の治療院にいるヒーセント達を派遣するお許しを頂きたいって、国王陛下に願い出たんだ」

 実際のところはユザーンが耳打ちし、『ここで国民のためにヒーセントを差し向けたとなれば、民は感激し、国王陛下への信頼も上がるはず。その時にはきっと、父上の労も労って頂けることでしょう』と焚きつけたのだ。
 しかし救護所スタッフを始め、一般の平民達は誰もそんなことは知らない。
 めったに見ることのできないヒーセントの治療に皆がざわめき、元々それを志していたというタローやレッディは当然のこと、勉強熱心なモリオンやリフォルテも彼らの後ろをくっついて歩き、ノートに何やらメモをとっている。
 そして、ソル自身はというと……。

「この度は、先輩のお力で傷を治して頂き、本当にありがとうございました」

 木箱から立ち上がり、深々と頭を下げる。

「解毒薬で一命はとりとめたのですが、後遺症で傷がなかなか塞がらなくて……。シェリーの足も、本当にありがとうございます」

「まさか君の治療をすることになるとは思ってもみなかったけどね。でも、とにかく2人とも無事に回復して良かったよ」

 促されて木箱に腰掛け直した、ソルとユザーンの間を冷たい風が吹き抜けていく。季節はもう完全に冬だ。

「あの……1つ気になっていることがあるのですが……」

「何だい?」

「ヒーセントの治療で痛がってる人、やっぱりいないですね」

 ユザーンの目が細められた。実は、内心同じことを考えていたのだ。

「僕も痛みは感じなかったですし。モーネがあの時あんなに痛がってたのは、やっぱり退魄症が原因……」

「そうとも限らないんだな、これが」
 
 ユザーンは一瞬、何かを考えるように宙を睨んだ後、おもむろに話し出した。

「実は僕の兄も退魄症にかかっていたんだけどね。でも、痛みは感じないと言うんだ。おかしいだろ?」

「お兄様も……退魄症に……」

「そう。なのに、変だろ?」

 確かにおかしい。
 モーネがヒーセントの力で激痛を感じていたのは、退魄症が理由ではなかったのか。だとしたら、一体何が原因なんだ?

「……それを、見つけてみないか?君と、僕で」

「え……先輩と、僕で……?」

「そう、君だって知りたいんじゃない?大事な弟君の身体に、一体何が隠されているのか」

――モーネに隠されているもの……それはこの痛みの件だけじゃなくて、急激な成長の結果や魔獣と戦えたことも含めて、全部、全部……。

 知りたい。
 でも、知るのが怖い。

――でも、知らずにいられる?

 シェリーのように、どんなモーネでもモーネだなんて、ソルには思えない。
 納得していないのに、納得したような顔をして側にいるなんてこともできない。
 ただ……。

――もし、全てを知った上で、そんな風に思えたら……。

 ユザーンの手が眼前に差し出される。

 少し迷って、ソルはその手を取った。

「そう、僕も知りたいです。本当の、モーネのこと」
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