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二人の魔法少年
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さてこちらは御者席。
手綱を握っているのは赤毛の髪を乱雑な狼頭にした少年。
年齢はアージュたちとナイの間くらいであろうか。
鼻先にそばかすは残すも、可愛らしさが精悍さに移り変わっていく過程の表情を見せる年ごろだろう。
彼の隣では、黒髪に黒い瞳の優しげな表情の少年が楽しそうに馬車に揺られている。
先ほどからガキどもに脅かされっぱなしの赤毛少年ではあったが、憤りよりも、彼の知らない魔法と魔道具らしきものを使いこなした彼らへの興味が勝る。
だから少年は勇気を出してみた。
蹴られるくらいは覚悟しながら。
「えーと、クラウスだっけ?」
「そだよ。おにーさんはリスペルさんだよね」
あれ?
拍子抜けするほどの柔らかな反応だ。
……。
「クラウス、お菓子は食べるかい?」
「お菓子?」
「これさ」
リスペルは腰のポーチをごそごそとまさぐると、お目当ての小さな丸くて白いものを取り出した。
クラウスはそれをまじまじと眺めてみる。
それは表面が白くて柔らかくて、だけれども大きさの割にはずっしりとくる、ほのかに甘い香りがするもの。
「これは何?」
「かぼちゃ饅頭だよ」
まんじゅう?
するとリスペルは同じものをポーチから取り出し、クラウスの前でそれを半分に割って見せた。
「中にキュルビスかぼちゃを煮たあんこが入っているのさ」
そう言うとリスペルは割った半分を口に放り込む。
へえ。
クラウスもリスペルの真似をして饅頭を半分に割り、口に放り込んでみる。
ふわり。
とろり。
ずしり。
クラウスは夢中で頬張った。
「美味しいね!」
「そうだろ、キュルビスのかぼちゃは砂糖を入れなくても甘いからね」
「商人組合で売ってたカリカリしたのも美味しいけど、これも美味しいなあ」
クラウスがしきりに感心している様子に安心したかのように、リスペルも言葉を続けた。
「この饅頭は風俗組合でこしらえているからね。よかったらもう一つ食べるかい?」
「いいの?」
リスペルは三つ目の饅頭を取り出すと、クラウスに差し出してやる。
「美味しいなあ」
半分に割った残りの饅頭を口に運びつつ、破顔のクラウスを横目で眺めながら、リスペルは先ほどからの疑問を口に出す勇気を振り絞った。
「ねえクラウス、君ってすごいよね」
「なんで?」
「だってさ、あの魔物を麻痺霧で拘束したんだよ」
「そっかな」
クラウスは一応ディストラクションニードルのことは伏せておく。
まあ、この魔法に関しては術式を覚えたからといって使いこなせるものではないのだが、だからといってその存在を言いふらされても面倒なだけなので、内緒にしておくのがいつものことなのだ。
「クラウスは魔法を誰に習ったんだい?」
「父さまと母さまと姉さまと麦わら帽子のおっさんだよ」
「へえ、クラウスんちは魔導一家なんだね」
最後に麦わら云々というよくわからない存在も聞こえたが、その前に並んだ家族のラインナップがすごかったので、リスペルは気にしないことにした。
「リスペルは地味な小男のおっさんに魔法を習っているんでしょ?」
「うん、皆には内緒だけれどね。あとさ、地味も小男も、けっこうツァーグさんは気にしているから、本人の前で言わないでくれるとうれしいな」
「そっか、わかった。でもナイおねーちゃんはともかく、アージュは止まんないよ」
それはそうだ。
クラウスがアージュの暴走を止められるはずもない。
ここまでしゃべってクラウスは気づいた。
やばい、アージュと申しあわせた「三人は姉弟」という設定をグダグダにしてしまった。
ちらりとリスペルの表情を確認してみると、今のところ細かい矛盾には気づいていない様子だ。
なのでクラウスは別のネタを新たに飛ばして、これまでの会話をリスペルの記憶にはなかったことにしてしまうことにする。
「なんでリスペルがツァーグのおっさんに魔法を習っているのが内緒なの?」
クラウスが無理やり話題を変えると、リスペルが素直に食いついた。
「ツァーグさんが僕にだけ目をかけていると誤解されると、組合内で色々と面倒だからさ」
ツァーグは風俗組合の副支配人という、いわば重鎮である。
その彼が、その他大勢未成年十把一絡げのリスペルに対し、個別に特殊技術である魔導を授けるのは明らかに贔屓となってしまうのだ。
それは組織の維持管理といった点で非常にまずい。
それでは希望者全員に魔導を教えればいいかというと、そう簡単なものでもない。
魔導は才能がなければいくら学んでも発動できないという博打のような技術であるため、単なる時間の無駄に終わってしまうことがほとんどなのだ。
さらにツァーグ自身にも、彼が働きながら独学で必死に身につけた魔導を、ホイホイ他人に教えるつもりは毛頭なかった。
「じゃあなんでリスペルはツァーグのおっさんに魔導を教えてもらっているの?」
するとリスペルは、半ば照れながらも胸を張った。
「水汲みの仕事を、水球で楽しているのをツァーグさんに見られちゃったんだ」
ウォーターボールは極々初級の魔法であり、才能があるものが習えばすぐに身につけることができるものだ。
但しあくまでも才能がある者が体系的に習えばの話ではあるが。
「ウォーターボールは誰かに習ったの?」
「ううん、実はツァーグさんが個室の洗面所で使っているのを見ちゃってさ。何度か詠唱を盗み聞きしているうちに使えるようになっちゃったんだ」
聞きかじりだけで独学により魔法を行使した。
これははっきり言って天才だ。
実はツァーグも最初は盗み聞きで魔法を身につけ、そこから独学で研究してきたのだ。
だからこそ、自身と同じような経緯で魔法を身につけ、しかも自身とは一回り以上も離れているガキを見つけたら、そりゃあ師匠欲も沸いてくるのであろう。
クラウスは考える。
後ろの荷台から聞こえてくる会話から、アージュはしばらくキュルビスの町に腰を据えようとしているのは間違いない。
ならばこの大陸について堂々と学べる場所を確保しておきたい。
それにツァーグが相手ならば、彼の目の前でアージュもクラウスもナイも既に派手な立ち回りをやらかしているので、いまさら何がばれるということもない。
「ねえリスペル、ツァーグのおっさんに、私塾をお願いすることはできるかな?」
「私塾って?」
「おっさんのところで定期的にボクとアージュが勉強するのさ」
「風俗組合を通じて有料での依頼だったら大丈夫だと思うけれど」
するとクラウスはメッセンジャーバッグをごそごそとやりだした。
彼がバッグから取り出したのは一冊のノート。
「これをそれなりのところで買ってもらえば私塾の費用は出せるかな。見てよ」
クラウスはリスペルにノートを差し出した。
どれどれと、興味深そうにリスペルはノートを開くと、目を通していく。
目を通していくうちに、内容にどんどん引き込まれていく。
これは。
「これはすごいよ、欲しい!」
クラウスが取りだしたのは、初級魔法を体系的にまとめたノートだ。
これは彼が両親から毎日繰り返し繰り返し書き取りさせられていたうちの一冊である。
初級といっても、霧の体系だけでも睡眠、麻痺、失念、遅延など、複数の魔法が体系的に記述されているシロモノなのだ。
「それを貸してあげるからさ、さっきの私塾の件を、風俗組合には内緒でツァーグさんに頼んでみてよ」
「マジで! でも」
手にしたノートを熱心に見つめながらも、リスペルは困ったような表情を見せる。
そりゃそうだ。
自身の師匠をアージュとクラウスに取られてしまうかもしれないのだから。
それは当然の迷いだろう。
するとそこに計算ずくのクラウスから止めの言葉が発せられた。
「リスペルおにーちゃんがツァーグさんの助手になればいいでしょ!」
リスペルがアージュたちと並んで学ぶのは風俗組合は認めないだろう。
そんな暇があるなら働けということだ。
しかし、上顧客の相手をするツァーグの手伝いとしてならば。
ということで、赤毛の少年は堕ちた。
「わかった、町に着いたら内緒で聞いてみるよ!」
場が盛り上がったところで、後ろからナイがひょっこりと顔を出した。
「甘い匂いがするわ」
ナイは御者席でクラウスとリスペルが並んで座っている間に強引に体を割り込ませると、匂いの元を探ろうと身体をよじらせる。
そうなると、当然若草の香りを伴うナイの、あんなところとかこんなところがリスペルに触れたり押し付けられたりかぶさったりしてくる。
「クラウス、何を食べてたの?」
「だってさリスペル」
アージュやクラウスよりもちょっと大人なリスペルは、ナイからの無造作な攻撃に顔を真っ赤にし、股間をナイから遠ざけるように腰をひねりながら、慌てて追加のお饅頭を取り出した。
そんなリスペルの表情に全く気付かないナイは、素直にお饅頭を受け取ると、何の用心もなく頬張った。
「ありがと。あら、美味しい」
真っ赤な顔がさらに火照るリスペル。
彼はラッキーだった。
なぜならここにいるのは、基本は他人のことなんかどうでもいいクラウスだけであり、いじめっ子のアージュはここにはいなかったからだ。
ということで、三人は仲良く饅頭を食べながら町まで馬車に揺られたのである。
手綱を握っているのは赤毛の髪を乱雑な狼頭にした少年。
年齢はアージュたちとナイの間くらいであろうか。
鼻先にそばかすは残すも、可愛らしさが精悍さに移り変わっていく過程の表情を見せる年ごろだろう。
彼の隣では、黒髪に黒い瞳の優しげな表情の少年が楽しそうに馬車に揺られている。
先ほどからガキどもに脅かされっぱなしの赤毛少年ではあったが、憤りよりも、彼の知らない魔法と魔道具らしきものを使いこなした彼らへの興味が勝る。
だから少年は勇気を出してみた。
蹴られるくらいは覚悟しながら。
「えーと、クラウスだっけ?」
「そだよ。おにーさんはリスペルさんだよね」
あれ?
拍子抜けするほどの柔らかな反応だ。
……。
「クラウス、お菓子は食べるかい?」
「お菓子?」
「これさ」
リスペルは腰のポーチをごそごそとまさぐると、お目当ての小さな丸くて白いものを取り出した。
クラウスはそれをまじまじと眺めてみる。
それは表面が白くて柔らかくて、だけれども大きさの割にはずっしりとくる、ほのかに甘い香りがするもの。
「これは何?」
「かぼちゃ饅頭だよ」
まんじゅう?
するとリスペルは同じものをポーチから取り出し、クラウスの前でそれを半分に割って見せた。
「中にキュルビスかぼちゃを煮たあんこが入っているのさ」
そう言うとリスペルは割った半分を口に放り込む。
へえ。
クラウスもリスペルの真似をして饅頭を半分に割り、口に放り込んでみる。
ふわり。
とろり。
ずしり。
クラウスは夢中で頬張った。
「美味しいね!」
「そうだろ、キュルビスのかぼちゃは砂糖を入れなくても甘いからね」
「商人組合で売ってたカリカリしたのも美味しいけど、これも美味しいなあ」
クラウスがしきりに感心している様子に安心したかのように、リスペルも言葉を続けた。
「この饅頭は風俗組合でこしらえているからね。よかったらもう一つ食べるかい?」
「いいの?」
リスペルは三つ目の饅頭を取り出すと、クラウスに差し出してやる。
「美味しいなあ」
半分に割った残りの饅頭を口に運びつつ、破顔のクラウスを横目で眺めながら、リスペルは先ほどからの疑問を口に出す勇気を振り絞った。
「ねえクラウス、君ってすごいよね」
「なんで?」
「だってさ、あの魔物を麻痺霧で拘束したんだよ」
「そっかな」
クラウスは一応ディストラクションニードルのことは伏せておく。
まあ、この魔法に関しては術式を覚えたからといって使いこなせるものではないのだが、だからといってその存在を言いふらされても面倒なだけなので、内緒にしておくのがいつものことなのだ。
「クラウスは魔法を誰に習ったんだい?」
「父さまと母さまと姉さまと麦わら帽子のおっさんだよ」
「へえ、クラウスんちは魔導一家なんだね」
最後に麦わら云々というよくわからない存在も聞こえたが、その前に並んだ家族のラインナップがすごかったので、リスペルは気にしないことにした。
「リスペルは地味な小男のおっさんに魔法を習っているんでしょ?」
「うん、皆には内緒だけれどね。あとさ、地味も小男も、けっこうツァーグさんは気にしているから、本人の前で言わないでくれるとうれしいな」
「そっか、わかった。でもナイおねーちゃんはともかく、アージュは止まんないよ」
それはそうだ。
クラウスがアージュの暴走を止められるはずもない。
ここまでしゃべってクラウスは気づいた。
やばい、アージュと申しあわせた「三人は姉弟」という設定をグダグダにしてしまった。
ちらりとリスペルの表情を確認してみると、今のところ細かい矛盾には気づいていない様子だ。
なのでクラウスは別のネタを新たに飛ばして、これまでの会話をリスペルの記憶にはなかったことにしてしまうことにする。
「なんでリスペルがツァーグのおっさんに魔法を習っているのが内緒なの?」
クラウスが無理やり話題を変えると、リスペルが素直に食いついた。
「ツァーグさんが僕にだけ目をかけていると誤解されると、組合内で色々と面倒だからさ」
ツァーグは風俗組合の副支配人という、いわば重鎮である。
その彼が、その他大勢未成年十把一絡げのリスペルに対し、個別に特殊技術である魔導を授けるのは明らかに贔屓となってしまうのだ。
それは組織の維持管理といった点で非常にまずい。
それでは希望者全員に魔導を教えればいいかというと、そう簡単なものでもない。
魔導は才能がなければいくら学んでも発動できないという博打のような技術であるため、単なる時間の無駄に終わってしまうことがほとんどなのだ。
さらにツァーグ自身にも、彼が働きながら独学で必死に身につけた魔導を、ホイホイ他人に教えるつもりは毛頭なかった。
「じゃあなんでリスペルはツァーグのおっさんに魔導を教えてもらっているの?」
するとリスペルは、半ば照れながらも胸を張った。
「水汲みの仕事を、水球で楽しているのをツァーグさんに見られちゃったんだ」
ウォーターボールは極々初級の魔法であり、才能があるものが習えばすぐに身につけることができるものだ。
但しあくまでも才能がある者が体系的に習えばの話ではあるが。
「ウォーターボールは誰かに習ったの?」
「ううん、実はツァーグさんが個室の洗面所で使っているのを見ちゃってさ。何度か詠唱を盗み聞きしているうちに使えるようになっちゃったんだ」
聞きかじりだけで独学により魔法を行使した。
これははっきり言って天才だ。
実はツァーグも最初は盗み聞きで魔法を身につけ、そこから独学で研究してきたのだ。
だからこそ、自身と同じような経緯で魔法を身につけ、しかも自身とは一回り以上も離れているガキを見つけたら、そりゃあ師匠欲も沸いてくるのであろう。
クラウスは考える。
後ろの荷台から聞こえてくる会話から、アージュはしばらくキュルビスの町に腰を据えようとしているのは間違いない。
ならばこの大陸について堂々と学べる場所を確保しておきたい。
それにツァーグが相手ならば、彼の目の前でアージュもクラウスもナイも既に派手な立ち回りをやらかしているので、いまさら何がばれるということもない。
「ねえリスペル、ツァーグのおっさんに、私塾をお願いすることはできるかな?」
「私塾って?」
「おっさんのところで定期的にボクとアージュが勉強するのさ」
「風俗組合を通じて有料での依頼だったら大丈夫だと思うけれど」
するとクラウスはメッセンジャーバッグをごそごそとやりだした。
彼がバッグから取り出したのは一冊のノート。
「これをそれなりのところで買ってもらえば私塾の費用は出せるかな。見てよ」
クラウスはリスペルにノートを差し出した。
どれどれと、興味深そうにリスペルはノートを開くと、目を通していく。
目を通していくうちに、内容にどんどん引き込まれていく。
これは。
「これはすごいよ、欲しい!」
クラウスが取りだしたのは、初級魔法を体系的にまとめたノートだ。
これは彼が両親から毎日繰り返し繰り返し書き取りさせられていたうちの一冊である。
初級といっても、霧の体系だけでも睡眠、麻痺、失念、遅延など、複数の魔法が体系的に記述されているシロモノなのだ。
「それを貸してあげるからさ、さっきの私塾の件を、風俗組合には内緒でツァーグさんに頼んでみてよ」
「マジで! でも」
手にしたノートを熱心に見つめながらも、リスペルは困ったような表情を見せる。
そりゃそうだ。
自身の師匠をアージュとクラウスに取られてしまうかもしれないのだから。
それは当然の迷いだろう。
するとそこに計算ずくのクラウスから止めの言葉が発せられた。
「リスペルおにーちゃんがツァーグさんの助手になればいいでしょ!」
リスペルがアージュたちと並んで学ぶのは風俗組合は認めないだろう。
そんな暇があるなら働けということだ。
しかし、上顧客の相手をするツァーグの手伝いとしてならば。
ということで、赤毛の少年は堕ちた。
「わかった、町に着いたら内緒で聞いてみるよ!」
場が盛り上がったところで、後ろからナイがひょっこりと顔を出した。
「甘い匂いがするわ」
ナイは御者席でクラウスとリスペルが並んで座っている間に強引に体を割り込ませると、匂いの元を探ろうと身体をよじらせる。
そうなると、当然若草の香りを伴うナイの、あんなところとかこんなところがリスペルに触れたり押し付けられたりかぶさったりしてくる。
「クラウス、何を食べてたの?」
「だってさリスペル」
アージュやクラウスよりもちょっと大人なリスペルは、ナイからの無造作な攻撃に顔を真っ赤にし、股間をナイから遠ざけるように腰をひねりながら、慌てて追加のお饅頭を取り出した。
そんなリスペルの表情に全く気付かないナイは、素直にお饅頭を受け取ると、何の用心もなく頬張った。
「ありがと。あら、美味しい」
真っ赤な顔がさらに火照るリスペル。
彼はラッキーだった。
なぜならここにいるのは、基本は他人のことなんかどうでもいいクラウスだけであり、いじめっ子のアージュはここにはいなかったからだ。
ということで、三人は仲良く饅頭を食べながら町まで馬車に揺られたのである。
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