恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第14章 黒衣の魔力戦闘部隊

第172話 芽生え

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 ナンバー29は、生まれた時から魔法の訓練だけを受けてきた。親も知らない。優しさも知らない。言葉は必要最低限なら分かる程度で、会話らしい会話はしたことがなかった。

 命令は絶対。そう教えられてきた。破れば食事も貰えなければ、痛い思いもする。だから誰もが素直に従った。

 今回は初めての実戦。失敗は許されないと聞いていた。
 ナンバー29に与えられた命令は、D地区を燃やし、静かに立ち去るだけ。

 しかし、ナンバー29は素早く立ち去れなかった。燃え盛る炎と人々の声に体がすくんでしまった。この場から去らなければ熱い思いをするだろう。だけど動けなかった。

「良かった! 無事だったのか! さあ、一緒に逃げよう!」

 そんな時、声を掛けられた。優しい声だった。そんな声は今まで聞いたことがない。

 何?
 どうして僕を連れていくの?

 疑問に思ったが、住人に紛れるように命令されていたナンバー29は、静かにしていた。

 この人は安全な場所へ移動している?
 とても苦しそう。
 僕を置いていけばいいのに。

 肩に乗せられたまま、ナンバー29はそんなことを考えていた。

「すまない、この子を一緒に連れて行ってほしい。私はもう……」
「大丈夫か!? お、おい! しっかりしろ!」

 兵士が目の前で倒れると何か胸の中でもやっと蠢く。

 何だろう……何か……。

「君! 君は一人で歩けるかい? よし、君は私の息子ジョンと一緒に手を繋いで行きなさい! 私は彼を運んでいく!」
「行こう!」

 ぼうっと見ていると、何かが自分の手を掴んできた。人の手を握るという行為は初めてだった。男の子の手の感触をじっと見つめて考える。

 温かい……。

 考えているうちに引っ張られ、一緒に走り出した。逃げ惑う人達の間をくぐり、炎を避け、何処かに向かう。

 助けられているという行為すらナンバー29には分からなかった。

「大丈夫だよ。父ちゃんは強いから! 二人で絶対ここに来るからね!」
「……」

 検問所を抜け、炎から逃れた少年の笑顔を見たとき、暖かな風が通り抜けた気がした。

 何を言っているのかはよく分からなかったが、ナンバー29はジョンの側にいた。命令通り、住人に紛れるということをこなしていたにすぎない。しかし、ジョンと名乗る少年の側は、今までどの時よりも心地が良いと感じ、離れたくないとも感じていた。



 ◇

 三回目の爆発音が鳴り響く。各地区の住民は兵士達の誘導によって、一番近くの検問所に向かって歩き出していた。いつここが炎に包まれるのかわからない人々は、不安と恐怖を抱えていた。

 住民の中には、脅えてばかりいてはダメだと、率先して動ける者達を集め消火活動に精を出す者もいた。

 シトラル国王は、各地区に兵士や騎士達を送り込み、不審な人物がいないかを調べてさせていた。しかし、何処にもそのような人物は見当たらない。なのに、大規模な炎上が起きてしまうのだ。まるで見えない敵と戦っているようで、彼らの恐怖心を煽った。

 騎士団隊長のビルボートも焦りを覚えていた。多くの兵士を分散させられ、今、大軍が襲ってきたら直ぐに応戦することが出来ない状況だ。かといって、街内部の捜査も疎かにすることも出来ない。

 こうしてる間にも被害はどんどん膨らんでいく!

 ビルボートは、襲われた地区の人達に話を聞くため、E地区の避難場所まで来ていた。検問所の近くには、立ち尽くす二人の子供の姿が見える。

「どうした? 親とはぐれたのか?」

 ビルボートは子供達の目線に合わせ、優しく訊ねる。

「この子のお父さん、動けなくなっちゃって、僕のお父さんが助けているんだけど、まだ戻ってこないんだ……」

 ジョンはビルボートの問いに答えた。
 ビルボートはジョンの隣にいた真っ黒な異国の服を纏った子供をチラリと見る。顔を布で覆っているため、表情は見えない。

「この子のお父さんも同じ異国の服を着ているのかな?」
「ううん。この国の兵士の服を着ていたよ。ねぇ、おじさん、僕らの父さん達を助けて! きっと何処かで困っているんだよ!」

 ジョンはビルボードに懇願する。

「あぁ、わかった。だいたいどの辺りで別れたか教えてくれるかい?」

 ビルボートはジョンに詳しく話を聞くと他の兵士に捜索を行うように伝えた。

 異国の服を着た子供の父親がこの国の兵士なわけがない。それ以外でも何かひっかかりを感じ、もっと詳しく話を聞くことにした。

「君達はもともとお友達なのかな?」
「ううん、二人はD地区から逃げてきたみたい。おじさんが肩にニーキュを担いで来たから。でも、おじさんはそこで倒れちゃって。だから僕はニーキュと逃げてきたんだ」
「ニーキュとは君の名前かい?」



 ナンバー29は小さく頷いた。
 威圧的な雰囲気を感じ取ったナンバー29の心臓が早鐘を打ち始める。

 怖い怖い怖い。

「彼が言う兵士は君のお父さんなのかな?」

 怯えながらも小さく首を横に振る。

「君の家族はこの街のどこかにいる?」

 頷く。

「君はいつからこの街にいるのかな?」
「……」
「一週間以内かい?」
「……」

 ナンバー29は頷いて良いのか分からず何も答えられずにいた。

「父ちゃん!!」

 その時、ジョンが声を張り上げた。
 捜索に出ていた兵士たちが帰ってきたのだ。兵士の背中にはジョンの父親とナンバー29を助けた兵士がいる。二人の意識はないようで、即席の救護場へと急いで向かった。その間ジョンは一生懸命父親を呼んでいる。

「父ちゃん起きて! 父ちゃん!」

 ナンバー29はその様子を見て、無意識に足がそちらに向かった。

 懸命に処置を行う救護班。
 その側で泣きじゃくるジョン。
 自分を担いでいた人物は、眠ったように転がっている。

 よく見ると周りには、怪我をしている人が大勢いた。

 痛い悲しい辛い苦しい不安。
 ここにはそんな気持ちが充満している。

 僕が……。

 ナンバー29から音が消え、視界が歪んで見えた。

 息苦しい。
 苦しい。
 苦しい。

 息が荒くなり、胸を押さえた。

 泣きたくなるのを何とかこらえていると、四回目の爆発が遠くで鳴り響いた。

 その瞬間、ハッと我に返ると近くにいるビルボートと目が合った。心臓が嫌な音を立て、その音に驚いたナンバー29はそのまま逃げ出すかのように走り出した。


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