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第14章 黒衣の魔力戦闘部隊

第171話 零時

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 爆発音は執務室にいるシトラル国王にも聞こえた。

「失礼致します! 先ほど何者かによる襲撃により、D地区が炎に包まれた模様! 現在、詳細な情報を確認しております! 一つ分かっていることは軍隊の姿は見えないとのこと!」
「何? 一体どういうことだ!」

 この場にいる重鎮たちは青ざめた顔を見合わせる。

「やはり直ぐにでもローンズに助けを求めるべきでは?」
「しかし、シロルディアのあの男が言うにはこの件に関与しているというではないか!」
「調べる時間もないとは……」
「とにかく他の近隣国からの援護も依頼しているわけだし、それまで食い止めるしかない」
「被害はいったいどれくらいなのだろう」

 重鎮達は慣れない出来事に、戸惑いを隠せないでいた。シトラル国王はそんな男たちにも苛立ちを募らせる。そこへ開け放たれた窓からポルポルが入ってきた。
 シトラル国王はポルポルから手紙を受け取ると素早く目を通す。


 ▽▽▽
 愚かなる国王シトラル。
 負けるわけがないと考えているのであろうな。
 その考えが多くの命を奪ったのだ。
 だがしかし、今ならまだ間に合う。
 三十分時間をあげよう。
 考えている場合ではないとは思うがな。
 さあ、直ぐに降伏せよ!
 △△△


たわけたことを!」

 シトラル国王が唸るように声を張り上げる。
 それと同時にディーン王子が血相を変えて部屋へと飛び込んできた。

「陛下! 先ほどの爆発音はまさかデール王国が攻めてきたということでしょうか? それともローンズ王国でしょうか? 私に出来ることがあれば何なりとお申し付け下さい! 微力ながらも全力で陛下をお支え致します!」

 ディーン王子はシトラル国王に懇願する。

「力強い言葉に感謝する。今はまだ状況を確認中だ。しかし、万が一危険なことがあれば、シロルディア王国の馬車でエリーを連れて逃げていただきたい。アトラス王国の馬車よりも安全であろうからな」
「かしこまりました。命に変えてもエリー様をお守り致しましょう!」

 ディーン王子の真剣な言葉にシトラル国王は満足そうに頷いた。 



 ◇

 炎が巻き上がるD地区。ここは密集した住宅街であり、逃げ惑う人々が右往左往している。調査と救出のために数十名の兵士がD地区へと向かったが、到着した頃には既に火の海と化していた。

「これは酷い……」

 あまりにも悲惨な光景に兵士たちは一瞬佇んでしまう。それでも気持ちを切り替え、まずは人命救助を優先に行うことにした。彼らは安全な場所へと誘導し、動けない人々を助けた。

「奥にまだ子供が一人……!」

 助けた男からそんな言葉を聞いた兵士は、赤く燃え盛る炎の中へと飛び込んだ。空気が熱く、煙が蔓延している中で残された子供を探すのは困難だった。暫く探していたものの自分の身に危険を感じ、戻ろうと決めたその時だった。

 ゆらりと黒い影が動いたのが見えた。

「おい! 誰かいるのか!? ゴホッ、ゴホッ」

 声を出した瞬間に煙を吸ってしまう。肺が熱い。それでもその影の方へと突き進んで良くと、頭からつま先まで真っ黒な服を纏い、目だけが見える状態の子供らしき人物がぼうっと立っていた。



「良かった! 無事だったのか! さあ、一緒に逃げよう!」

 兵士は子供に手を差し伸べる。

「何をしている! さぁ! ……っ」

 何も反応しない子供を兵士は担ぎ上げ、走り出した。崩れ落ちる家屋を避けながら懸命に走る。
 揺れる兵士の肩の上で子供は身動きすらしなかった。

 走っている途中でまた大きな爆発音が鳴り響く。

 兵士の体がよろめき、一度立ち止まった。

 隣のE地区から聞こえてきたようだった。今向かっている方向はE地区だ。このまま進んでいったら敵と遭遇してしまう可能性が高い。しかし、背後はもう火の海だ。空気が薄く息苦しい。子供の重みもまた体に響いていた。

 進むしかない。

 兵士は力を振り絞り、E地区へと歩みを進めた。近付くにつれて、人々の叫び声が聞こえてくる。E地区もまた炎の渦の中だ。兵士は既に限界で、近くを通りがかった男に声をかけた。

「すまない、この子を一緒に連れて行ってほしい。私はもう……」
「大丈夫か!? お、おい! しっかりしろ!」

 兵士が膝から崩れ落ちると、子供は兵士を見つめ立ち尽くす。

「君! 君は一人で歩けるかい? よし、君は私の息子ジョンと一緒に手を繋いで行きなさい! 私は彼を運んでいく!」
「行こう!」

 ジョンが手を差し伸べるが、子供は無反応だった。ジョンは仕方がないので自分から子供の手を掴む。
 子供はしっかり握りしめられた手をじっと見つめた。

「ほら、行くよ!」

 ジョンは子供を引っ張りながら走り出す。大勢の人々に紛れてなんとか街の外へと出ることが出来た。外は涼しく、汗が冷えていくのを感じる。外は沢山の人で溢れかえり、怪我をしている人や泣いている人、誰かを探す声、無事を確認し合う声など様々だった。

「とりあえず、助かったね! 後は父ちゃんと君のお父さんを待つだけだ。あ、そうだ、君の名前は?」
「……」
「どうしたの? もしかしてしゃべれないの?」
「……ナンバー29ニーキュウ……」
「え?」

 ジョンは子供がもごもごと話したため、何を言っているかよく聞き取れなかった。

「えっと……ニーキュ? そっか、宜しくね!」

 子供は名前を訂正しなかった。
 二人は検問所で父親と兵士をじっと待っていたが、なかなか戻ってくる気配がない。ジョンはどんどん不安そうな顔になっていく。ナンバー29はその顔を横目で不思議そうに見つめた。


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