『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

風城国子智

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第二章 湖を臨む都

2.22 秋分祭の日のこと③

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 宿舎にいた『星読ほしよみ』博士、ヒルベルトに断ってから、カジミールを先頭にセルジュ、サシャ、クリスの順に太めの塔の狭い階段を登る。

「あれ?」

 塔の屋上へと繋がる、鍵の掛かっていない木の扉を押し開けたカジミールが出した声を、トールは階段の一段下で聞き取った。

 扉を開いたカジミールの向こうに見えたのは、塔の屋上と、先客。凸凹になっている塔の屋上壁の凹部分から身を乗り出すようにしていたその影が持っている物にトールが気付く前に、カジミールの口から警告の叫びが漏れた。

「何をしているっ!」

 カジミールの叫びに、影が振り向く。

[サシャ!]

 その影が持っている物、弩がこちらを向いた次の瞬間、サシャは前にいたセルジュを扉の影に押し込んだ。

「クリス! 頭下げてっ!」

 サシャが背後に叫ぶと同時に、鋭い風が、トールの斜め上を薙ぐように通り過ぎる。

「ヒルベルトさん、呼んできてっ!」

「分かった!」

 サシャの後ろの石壁に当たって落ちた矢の、小さな鏃が青く濡れているのをトールが確かめると同時に、サシャの声に応じたクリスが階段を駆け下りる足音がトールの耳に響いた。

 弩は、連射ができない。高校での歴史の授業を思い出す。いや、連射ができる弩も、あったか? あれは、物語の中にしか出てこない、架空の物、だっただろうか?

「カジミール!」

 戸惑うトールの耳に、切羽詰まったサシャの声が響く。

 次にトールの目に映ったのは、弩を捨てた暗殺者の押さえ込みに失敗し、逆に暗殺者に押さえ込まれたカジミールの姿。

「だめっ!」

 言葉にならない叫びが、サシャの口から漏れる。

 次の瞬間、トールの目の前を、暗殺者がカジミールを狙っていた青く光る刃が走った。

〈なっ!〉

 カジミールを助けるために安全な場所から飛び出したサシャが、暗殺者を突き飛ばした。トールがそのことを理解するのに数瞬掛かる。

[サシャっ!]

 無謀なことを! 咎める言葉をトールが表紙に並べる前に、サシャは、北辺の修道院で親友グイドに習った通りに暗殺者の急所を押さえつけ、暗殺者の動きを止めていた。

[サシャ!]

「何をしている!」

 トールが感心する前に、おそらくクリスが呼んできたのであろう『星読み』博士、ヒルベルトの低い声がこだまする。

「こいつらが!」

 しかしサシャと、呆然と倒れていたカジミールが口を開く前に、暗殺者が非難の大声を上げた。

「『冬の国ふゆのくに』のスパイどもが、王族を暗殺しようとして!」

 思いがけない暗殺者の言葉に、サシャの身体が固まる。次の瞬間、青く濡れた暗殺者の凶刃が、真っ直ぐにサシャに向かってきた。

「なっ!」

 辛うじて避け、石畳の床に転がったサシャの左脇腹に、赤い線が走る。一瞬で大きく広がった傷口に、サシャもトールも呆然と目を見開いた。

 それでも起き上がりかけたサシャの身体が、暗殺者に突き飛ばされる形で再び石畳に押し倒される。暗殺者が逃げようとしている。臍を噛んだトールは、しかし次に見えた、暗殺者を難無く押し倒した見覚えのある黒鎧に息を止めた。

「助かりました、ヴィリバルト様。黒竜こくりゅう騎士団の皆様も」

 おそらく飛び込んできた黒鎧、ヴィリバルトに突き飛ばされたのであろう、よじれた服を直さないヒルベルトが、立ち上がってほっとしたように息を吐く。

 一方、取り押さえた暗殺者を細身の部下フェリクスに引き渡したヴィルバルトは、息つく暇もなく、何とか上半身を起こしたサシャの横に膝をついた。

 サシャの震えが、トールの震えに変わる。

「従兄殿を呼んでこい、ルジェク」

 背後の小柄な部下にそう指示し、サシャを抱きかかえて脇腹の傷に唇を這わせたヴィリバルトは、しかしすぐに、青みを帯びたどろっとした液体を石畳に吐いた。

「そいつ、逃がすなよ」

「もちろんです、バルト様」

 背後の部下を声だけで確かめてから、再びヴィリバルトはサシャの傷に唇を這わせる。

「ゆっくり、息をするんだ、サシャ」

 もう一度、青みを帯びたサシャの血を吐き出すと、ヴィリバルトは、ぐったりとヴィリバルトの腕にその身を預けたサシャの青ざめた頬を優しく撫でた。

「毒が回らないように」

 ヴィリバルトの言葉に小さく頷くサシャの鼓動は、少しずつ、弱くなっている。

 サシャは、助かるだろうか? 泣きそうな思考に、首を横に振る。トールがサシャの外出を止めていれば、サシャが怪我をすることを回避することができた、のに。後戻り不可の後悔に、トールの全身は震えに震えていた。
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