129 / 351
第四章 帝都の日々
4.15 ルーファスの酒場②
しおりを挟む
「お前の父親、オーレリアンはな、……北向の王族で、将来、白竜騎士団の団長になる予定で帝都に来ていたんだ」
ルーファスが口にした、サシャは初めて耳にするサシャの父親の身分に、サシャの全身が強ばったのを感じ取る。
「王族の暮らしから外されて、勉学と武術に励めと言われたのが嫌だったんだろうな、オーレリアンは」
その辺りは、我が息子イアンの心境と同じなのかもしれない。少しだけ沈んだルーファスの言葉に、一人と一冊は同時に頷いた。
「真面目なエリゼと、サボり魔のオーレリアン。同じ白竜騎士団所属だが、最初の頃は、まあ当たり前だが、二人は互いに無関心だったな」
勉学も武術訓練もサボりまくるオーレリアンを、最初はエリゼも軽蔑していた。肩を竦めたルーファスの言葉に「だろうな」と納得する。サシャも、おそらくトールが不真面目だったなら、ここまでトールに肩入れしなかっただろう。
「だがな。サボり魔のオーレリアンは、正義感だけは強かった」
僅かな奨学金だけを頼りに帝都で勉学に励んでいる学生を虐める金持ちの学生達を、たった一人で叩きのめしたオーレリアンを見かけたエリゼは、オーレリアンに対する見方を少しだけ変えた。ルーファスの酒場でサボるオーレリアンにエリゼは半ば無理矢理自由七科を叩き込み、そのおかげでオーレリアンは無事、自由七科の資格を修めることができた。武術を苦手としていたエリゼをオーレリアンが庇い、いつの頃からか、二人は、互いに互いを思いやる仲になっていた。
「エリゼは、自分に子供ができたら、若くして亡くなった『冬の国』出身の母の名を付けるって、いつも言っていたな」
だからルーファスは、道でサシャを見かけた時、エリゼの母の名前である『サカリ』の名でサシャを呼んだ。全てを話して喉が渇いたのか、自身で注ぎ足したジョッキの中のエールを一気に飲み干したルーファスに、サシャは小さく頭を下げた。
「そう言えば。……五年くらい前だったかな」
不意に、ルーファスの身体が、カウンターの影に沈む。
「エリゼが、手紙を寄越したことがあったな」
確かここに、保存したはず。唸るルーファスは、少し経ってから、小さく巻かれた羊皮紙と共に再び一人と一冊の前に現れた。
「ほら、これだ」
ルーファスが投げるように手渡してきた羊皮紙を、サシャが愛おしむように広げる。羊皮紙の文字に目を瞬かせたサシャは、すぐに、ルーファスの方へと顔を向けた。
「母上の、筆跡です」
羊皮紙の端がトールの背表紙に当たっているので、サシャが読んでいる、サシャの母が書いた手紙の中身をトールも読むことができる。手紙の一番上に書かれている日付を指を折って数えていくと、サシャが九つの時に書かれた手紙であるようだ。『息子と、弟のユーグを連れて、帝都に向かいたいので、当面の宿舎を提供して欲しい』。サシャの母が書いた手紙には、はっきりとそう書かれていた。
「二人が、契りを結ぶ許しを得るために北向へ帰った後のことは、噂でしか知らないんだが」
母の手紙の文面に唇を歪めたサシャを確かめたトールの耳に、静かになったルーファスの言葉が降ってくる。北向の王族にエリゼとの結婚を反対されたオーレリアンは、エリゼを連れて『冬の国』に出奔した。そうではなく、儚げな雰囲気を持つエリゼに横恋慕したオーレリアンの弟に、オーレリアンは謀殺された。オーレリアンとエリゼが帝都に戻って来ない、根拠の無い理由は、ルーファスの耳にも入っていた。
「オーレリアンは、この酒場で何度も、悪酔いした学生達を叩き出してくれてたからな。オーレリアンを失ったエリゼが困っているなら助けるのが筋だろう。そう思ったんだ」
だが、北向へ向かう修道士に託した承諾の返事への返答は、ルーファスの許へは来なかった。おそらく、ルーファスが書いた手紙は、エリゼの許へは届かなかったのだろう。首を横に振ったルーファスから、トールは思わず目を逸らした。
「エリゼは、亡くなったのか?」
そのトールの耳に、気落ちしたルーファスの声が響く。
「はい……」
「そうか」
サシャの頷きに、ルーファスは自分を納得させるかのように頷くと、顔を上げて無理矢理な笑顔を作った。
「いつでも、ここに来い」
サシャの横に移動したルーファスが、サシャの背を強く叩く。
「エリゼとオーレリアンの代わりにはなれないが、力になってやる」
「は、はい」
その衝撃で大きく揺れた、サシャの鼓動に、トールは「大丈夫だ」と言わんばかりに微笑んだ。
ルーファスが口にした、サシャは初めて耳にするサシャの父親の身分に、サシャの全身が強ばったのを感じ取る。
「王族の暮らしから外されて、勉学と武術に励めと言われたのが嫌だったんだろうな、オーレリアンは」
その辺りは、我が息子イアンの心境と同じなのかもしれない。少しだけ沈んだルーファスの言葉に、一人と一冊は同時に頷いた。
「真面目なエリゼと、サボり魔のオーレリアン。同じ白竜騎士団所属だが、最初の頃は、まあ当たり前だが、二人は互いに無関心だったな」
勉学も武術訓練もサボりまくるオーレリアンを、最初はエリゼも軽蔑していた。肩を竦めたルーファスの言葉に「だろうな」と納得する。サシャも、おそらくトールが不真面目だったなら、ここまでトールに肩入れしなかっただろう。
「だがな。サボり魔のオーレリアンは、正義感だけは強かった」
僅かな奨学金だけを頼りに帝都で勉学に励んでいる学生を虐める金持ちの学生達を、たった一人で叩きのめしたオーレリアンを見かけたエリゼは、オーレリアンに対する見方を少しだけ変えた。ルーファスの酒場でサボるオーレリアンにエリゼは半ば無理矢理自由七科を叩き込み、そのおかげでオーレリアンは無事、自由七科の資格を修めることができた。武術を苦手としていたエリゼをオーレリアンが庇い、いつの頃からか、二人は、互いに互いを思いやる仲になっていた。
「エリゼは、自分に子供ができたら、若くして亡くなった『冬の国』出身の母の名を付けるって、いつも言っていたな」
だからルーファスは、道でサシャを見かけた時、エリゼの母の名前である『サカリ』の名でサシャを呼んだ。全てを話して喉が渇いたのか、自身で注ぎ足したジョッキの中のエールを一気に飲み干したルーファスに、サシャは小さく頭を下げた。
「そう言えば。……五年くらい前だったかな」
不意に、ルーファスの身体が、カウンターの影に沈む。
「エリゼが、手紙を寄越したことがあったな」
確かここに、保存したはず。唸るルーファスは、少し経ってから、小さく巻かれた羊皮紙と共に再び一人と一冊の前に現れた。
「ほら、これだ」
ルーファスが投げるように手渡してきた羊皮紙を、サシャが愛おしむように広げる。羊皮紙の文字に目を瞬かせたサシャは、すぐに、ルーファスの方へと顔を向けた。
「母上の、筆跡です」
羊皮紙の端がトールの背表紙に当たっているので、サシャが読んでいる、サシャの母が書いた手紙の中身をトールも読むことができる。手紙の一番上に書かれている日付を指を折って数えていくと、サシャが九つの時に書かれた手紙であるようだ。『息子と、弟のユーグを連れて、帝都に向かいたいので、当面の宿舎を提供して欲しい』。サシャの母が書いた手紙には、はっきりとそう書かれていた。
「二人が、契りを結ぶ許しを得るために北向へ帰った後のことは、噂でしか知らないんだが」
母の手紙の文面に唇を歪めたサシャを確かめたトールの耳に、静かになったルーファスの言葉が降ってくる。北向の王族にエリゼとの結婚を反対されたオーレリアンは、エリゼを連れて『冬の国』に出奔した。そうではなく、儚げな雰囲気を持つエリゼに横恋慕したオーレリアンの弟に、オーレリアンは謀殺された。オーレリアンとエリゼが帝都に戻って来ない、根拠の無い理由は、ルーファスの耳にも入っていた。
「オーレリアンは、この酒場で何度も、悪酔いした学生達を叩き出してくれてたからな。オーレリアンを失ったエリゼが困っているなら助けるのが筋だろう。そう思ったんだ」
だが、北向へ向かう修道士に託した承諾の返事への返答は、ルーファスの許へは来なかった。おそらく、ルーファスが書いた手紙は、エリゼの許へは届かなかったのだろう。首を横に振ったルーファスから、トールは思わず目を逸らした。
「エリゼは、亡くなったのか?」
そのトールの耳に、気落ちしたルーファスの声が響く。
「はい……」
「そうか」
サシャの頷きに、ルーファスは自分を納得させるかのように頷くと、顔を上げて無理矢理な笑顔を作った。
「いつでも、ここに来い」
サシャの横に移動したルーファスが、サシャの背を強く叩く。
「エリゼとオーレリアンの代わりにはなれないが、力になってやる」
「は、はい」
その衝撃で大きく揺れた、サシャの鼓動に、トールは「大丈夫だ」と言わんばかりに微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
前世の記憶は役立たず!ーエルフに転生したけれど、異世界が世知辛すぎるー
藤 野乃
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生!
憧れのエルフに転生したら、まさかの特級呪物。
しかも、お約束のご都合主義はどこ行っちゃったの!?
理不尽な手続き、面倒な契約、身分証がなければ部屋も借りられない。
猫獣人は「ニャー」と鳴かないし、神様も居ない。
召喚獣?喋りません。
龍?人化しません。
想像してた異世界とはだいぶ違う。
腑に落ちない気持ちMAXで、流されるままクラフトしたり、もふもふしたり、たまに事件に巻き込まれたり。
見た目は完璧エルフ美女、でも中身はツッコミ止まらない。
ご都合主義が通じない異世界で、《普通》に揉まれる日々がはじまる──!
※カクヨム、なろうにも掲載中
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる