君が手に、我が手を重ねて

風城国子智

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君が手に 1

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 はっと、目覚める。
 狭い空間が、戸惑うエリカを出迎えた。
「ここ、は?」
 戸惑いつつも、何とか、狭い空間で上半身を起こす。闇に目を凝らす前に、乾いた空気に混じる独特な匂いが、エリカに今いる場所を知らせた。ここは、……地下墓所だ。西の街の地下に広がる、死者達が眠る場所。街の少年達に混じって武術を習っていた幼い頃、肝試しで何度かここに足を踏み入れたことがあるから、独特な匂いだけで、エリカには自分が今いる場所が判別できた。しかしなぜ、この場所に、生者であるエリカが? やっと闇に慣れてきた瞳が目にした物に、エリカは思わず叫び声を上げた。
「えっ……!」
 エリカが横たわっていたのは、まだ削り面も新しい、棺。そしてエリカの横には、これもまだ新しく見える、大きめの棺が、蓋が閉じた状態で置かれていた。釘が打たれていない、荒削りだと触って分かるその棺の蓋を、一息でずらし開ける。まだ新しい、その棺の中に、眠っていたのは。
「リトっ!」
 叫んで、リトの華奢な肩を揺する。掴んだリトの、身体の冷たさに、エリカの心は一瞬で、凍った。まさか、リト、が……! いや、そんなことは。リトの方へと身を伸ばし、エリカはその両手でリトの肩をもう一度掴んだ。
 と。
「きゃっ!」
 バランスを崩し、リトが眠っている棺の中へ頭から落ちる。
「ううっ……」
「何をしているのですっ! エリカお嬢様っ!」
 小さく呻いたリトの声と、お転婆だった幼いエリカを叱る時と同じダリオの声が、エリカの耳に同時に響いた。
「リト殿にこれ以上怪我をさせては!」
 ダリオに助け起こされたエリカの視線の下で、再び呻いたリトが身体を少しだけ捩る。
〈生きてた。……良かったぁ〉
 そのリトの姿に、エリカは安堵の息を吐いた。
「魔物の瘴気にかなり当てられているようですね、リト殿は」
 そのエリカを地下墓所の冷たい床に座らせたダリオが、言葉を紡ぐ。リトとエリカが消えてすぐ、二人が行く場所は平原の砦跡だけだということに即座に気付いたダリオは、西の街に隠れている『黒剣隊』の人々とともに平原へと向かった。地下に続く隠された道を探すのに手間取り、それでも何とか地下深くの、魔物を封印した部屋まで辿り着き、倒れている二人を救出した。その上で、『黒剣隊』の隊員で動けない者を潜ませていた、黒銀騎士団だけが知っている地下の抜け道にも通じているこの地下墓所に、ダリオは二人を隠した。
「全く。……私達に一言、相談していただければ」
「ごめんなさい」
 久し振りに見る、ダリオのつり上がった瞳に、素直に謝る。
「しかし、サリナに憑いていた魔物の気配は、すっかり消えてしまっています。……リト殿の推測は、正しかったのでしょう」
 エリカが目覚めるより先に、少しだけ意識を取り戻したリトから聞いた経緯と、その証拠となる、砦の書物部屋でかき集めたエリカの父が記した書簡や書物とを、帝都を統治する皇太子の許へと送った。ダリオの言葉に、エリカは静かに頷いた。
「帝都は混乱が続いていると聞いていますが、皇太子殿下は聡明な方。すぐに、リト殿の嫌疑も晴れるでしょう」
「良かった」
 ダリオの言葉に、胸を撫で下ろす。だが。
「しかし、しばらくはここに潜んでいてください」
 不意に変わった、ダリオの声の調子に、エリカは頷きながらも首を傾げた。
「どうしたの?」
「紫金騎士団が、街をうろついています。……リト殿を探しているようです」
 ダリオの返答に、唇が強張る。魔物化した皇帝を、人々を助ける為とはいえ、弑したのは、リトと、……エリカだ。命令を無視し、平原の砦に戻ったのも、理不尽に殺されそうになっていた仲間を助ける、為。
 パキトを無造作に殺した時の、ラウルの顔が、不意に脳裏に浮かぶ。ラウルなら、リトやエリカが持つ理由を総無視して、良心の痛みすら感じないだろう。
「分かった」
 だから。ダリオに向かって、大きく首を縦に振る。
「しばらく大人しくしているわ」
「サリナに、この場所を伝えてあります。後で食べ物を届けてくれるでしょう」
 その言葉を残し、ダリオはエリカに背を向けた。
 その時。唐突に響いた騒音に、はっと身構える。
「あなた達は!」
 先程とは打って変わったダリオの緊迫した声が、不意に明るくなった空間に響いた。
 微かな薔薇の香りが、エリカをはっとさせる。エリカを庇うように立ったダリオの向こうに見えたのは、複数の紫色のマント。いや、黒のマントも一つだけ見える。
「まさか、黒銀騎士団のみが知る、街を守る為の抜け道を余所者に教えたのではないでしょうな、シアノ様」
 その、唯一の黒マントの持ち主、黒銀騎士団の団長であるシアノに、ダリオは怒りに満ちた声を上げた。
「へ、陛下に反逆した者を捕らえる為だっ!」
 そのシアノの、震える声が、エリカの耳に響く。
「り、リトを、こっ、こちらに渡してもらおうっ!」
「ダメっ!」
「断ります」
 リトが眠る棺を庇うように立ち上がったエリカの耳に、あくまで冷静なダリオの声が響く。だが、次の瞬間、ダリオの身体がくの字に曲がった。
「ダリオ!」
 腹を押さえて倒れたダリオの向こうを、きっと睨む。
「そんな顔では、美人が台無しだよ、エリカ」
 そのエリカの怒りを総無視した、ラウルの声と言葉に、エリカはさらにきつく、ラウルと、ラウルと並ぶシアノを睨んだ。
「さあ、俺と一緒に、帝都に戻るんだ」
 しかしエリカの怒りを、やはりラウルの方は毛ほども思っていないらしい。虫酸が走るような言葉とともに、ラウルはエリカにその汚い手を差し出した。答えは、もちろん。
「いやよっ! あなたなんかには、従わないっ!」
 強い声で、エリカの肩を掴もうとしたラウルの手をはねのける。エリカに触って良いのは、リトだけだ。ラウルなど、側にいるだけで嫌悪しか感じない。
「そんなに、そのちびが好きなのか?」
 リトが眠る棺の方へと唾を吐いたラウルが、侮蔑の言葉を吐く。
「『黒剣隊』も、こいつも、暗殺するよう、皇太子殿下から紫金騎士団宛てに命令が出てるんだぞっ」
 ラウルに続く、シアノの言葉に、エリカの全身は怒りに染まった。
「じゃあ、帝都でリトを襲ったのは、やっぱりあなた達なのね! チコの農場を襲撃したのも!」
「そうさ」
 全身の熱さに震えるエリカの鼻先に、ラウルの、パキトを殺した切っ先が突きつけられる。
「どいてくれ、エリカ。俺は、おまえまで殺したくない」
「いやよっ!」
 エリカを払い退け、眠り続けるリトの身体へと剣を振り下ろしたラウルに、エリカは床に手を突いた反動を利用して横から飛びかかった。続いて感じたのは、左肩から胸にかけての熱い痛み。
「なっ、何故だっ!」
 痛みと痺れに、冷たい床に尻餅をついたエリカの眼前に、ラウルの、血に濡れた剣が光る。
「俺と結婚すれば、帝国の大貴族になれるんだぞっ! 途方も無いほど贅沢な暮らしができるんだぞっ! こんなちびと一緒に汚れた辺境で這い回るように暮らさなくても良いんだぞっ! なのに、何故、母子で俺を拒絶するっ!」
 喚き散らすラウルの言葉に、エリカははっと、ラウルを見上げた。
「まさか、あなたが、……お母様を」
「仕方無かったんだ」
 エリカの推測を裏付けたのは、シアノ。
「ラウルの申し出を、シーリュス伯が一瞬で撥ね付けたから、ラウルが怒ってしまって、その……」
「なっ!」
 先程よりも強い怒りが、全身を支配する。エリカはがむしゃらに、エリカに刃を向けるラウルの胸に飛び込んだ。もちろん、エリカの攻撃は、ラウルに簡単にかわされる。横に突き飛ばされ、地下墓所の土壁に背中を打ち付けたエリカが呻くより先に、ラウルの死の刃が下りてきた。
「……!」
 思わず、目を閉じる。だが、……予想していた痛みは、来なかった。
 そろそろと目を開けて、瞠目する。
「リトっ!」
 魔物に体力を奪われ、気を失っていたはずのリトが、エリカに向けられた刃をその小さな両手で留めている。震えの無いリトの小さな背中を、エリカはただ呆然と見つめた。次の瞬間。ラウルの刃を撥ね除けたリトが、ラウルに肉薄する。リトが繰り出した必殺の拳は、しかし、ラウルが掴んで前に引き出したシアノの腹にめり込んだ。そして。
「リトっ!」
 気絶したシアノが倒れるより先に、ラウルの横から現れた槍がリトの身体を貫く。
「リトっ!」
 エリカの前に仰向けに倒れたリトの、灰色の服を濡らす黒い血に、エリカの唇はわなわなと震えた。
「帝都で侮辱した仕返しだ」
 動かないリトの胸に、ラウルが剣を振り下ろす。
「そこまでだっ」
 しかしラウルの剣がリトを貫く前に、威圧する声が全てを止めた。
「皇太子殿下!」
 ぎくしゃくと、シアノが冷たい床に膝をつく。
「事情は全て聞かせてもらった」
 エリカとラウルとの間に立った摂政皇太子テオは、エリカとリトを穏やかに見やり、そしていまだに剣を納めないラウルをその支配者の瞳で鋭く睨んだ。
「シーリュス伯殺害の下手人として、ラウルとシアノ、二人の騎士位を剥奪する」
「は、い……?」
「そんな……」
 皇太子の言葉にうなだれるシアノと、まだ事情が飲み込めていない顔をしたラウルを、皇太子の部下達が拘束する。引きずられるように元凶が去って行く様を、エリカはただ呆然と、見つめていた。
「……」
「大丈夫、サリナ」
 おそらく皇太子の一行をここまで連れてきてくれたのであろうサリナの、曇った顔に、頷く。
「済まなかった。今回のことは、私にも責任がある。……帝国を守る為とはいえ、不確かな情報で、罪無き者達を犠牲にしてしまった」
 遠くに響く摂政皇太子テオの声にほっと胸を撫で下ろすより先に、身動き一つしないリトを庇うように、エリカは冷たい床に頽れた。
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