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MagicDragon
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昔々、地上界に魔物達がまだ大勢暮らしていた頃の事。
マース大陸西方、クロシュ湾にリウヴィルという名の一匹の海龍が棲んでいた。
リウヴィルには、一人の友達がいた。
彼の名はフェムト。人間の男の子である。
二人はいつも一緒に過ごし、砂浜で波と戯れて遊んだ。
しかしながら。男の子の成長の方が海龍のそれより早いのは自明の理。
やがてフェムトは背の高い少年となり、その槍の腕を買われて都に行くことになった。
「いつか絶対国中で一番の戦士になるんだ」
それが、フェムトがリウヴィルに残した最後の言葉だった。
「……本当に、良いのか?」
傍らに居る海龍に、念を押すように呟く。
「はい」
返って来た答えは、数を落胆させるには十分だった。
「本当に?」
「ええ」
何度訊いても、返って来るのはいつも同じ答え。魔王である数には、リウヴィルのその答えが苦々しくて仕方なかった。
〈……何故、こいつは〉
溜息と共に海龍を見上げる。
〈魔界に行くよりも人間なんかに討たれることを望むのだ?〉
もう何度目になるかも分からない自問自答を、数は心の中で繰り返した。
このところ、クロシュ湾に面した国々では各種の『ごたごた』が頻発していた。そして、愚かな人間どもは、そのごたごたの原因をリウヴィルに帰結してしまった。
あと少し経てば、武芸自慢の思い上がった人間どもによって結成された『討伐隊』とやらがここにやってくる。自由放任主義だが魔物第一の魔王数としては、討伐隊が来る前に、住みにくくなった地上界から魔物にとっては楽園である魔界へとリウヴィルを移住させたかったのだが、数がどう説いても、リウヴィルはとうとう首を縦に振らなかった。しかもあろうことか、リウヴィルは討伐隊に討たれてやるつもりでいるようなのだ。その昔一緒に遊んだ、『友』の為に。
〈何故、だ?〉
奇妙に清々しげな顔をして横に佇むリウヴィルの感情が、数には分からない。
数にとってみれば、人間など、魔物を虐める愚かで腹立たしい存在に過ぎないのに。
終に。数の目が、地平線の端に人間どもの姿を捉える。
『討伐隊』だ。
「……フェムト」
リウヴィルも彼らの姿を認めたらしい。諦めとも、喜びともつかない声が数の耳にやるせなく響いた。
「どうする?」
そんな海龍から目を逸らしたままもう一度、同じ問いを口に出す。たとえリウヴィルの魔界移住が間に合わなくとも、魔王である数の力を持ってすれば、あれくらいの人間どもを全滅させることぐらい朝飯前だ。
しかし。
「お気持ちは、嬉しいのですが」
数の予想通り、リウヴィルは首を横に振った。
「私は、フェムトの夢を叶える手伝いをしたいのです」
やはり、海龍の気持ちは微動だにしない。
「そう、か」
何とか言葉を搾り出す数。
しかし、頷いてみせる動作とは裏腹に、数の心の中は猛反発をきたしていた。
〈何故?〉
分からない。
リウヴィルの願いどおりにしてやるのが魔王である自分の務めだとは、思う。だが、しかし。
〈……ええい!〉
頭では納得していても、心の方がどうしても治まらない。いや、リウヴィルを人間なんかの手にかけさせてたまるものか。こうなったら、リウヴィルの気持ちなどにはお構いなく、強引に魔界に連れて行こう。数がそこまで思いつめた、まさにその時。
「……ごめんなさい、お館様」
突然の謝罪の声に、思わずリウヴィルの方を見上げる。
海龍の柔らかい視線は、優しげに数を見つめていた。
「でも、お館様にも、いつか分かって頂けると思います」
彼の瞳を見ていると、どうしても頷かずにはいられない。
「……分かりたくもないがな」
そう言って視線を逸らすより他に、数には何も出来なかった。
槍使いのフェムトを先頭にした討伐隊の一行がリウヴィルの眼前に現れる前に、数は後ろ髪引かれる思いで彼の元を離れた。心は理不尽な思いを抱えたままだったが、リウヴィルの想いを踏み躙るようなことは、したくはなかった。
そしてそのまま、数は、躱せるはずの魔法をリウヴィルがまともに喰らい、フェムトの槍でその心臓を貫かれるのを、誰からも見咎められないところで見守った。
砂浜に頽れたリウヴィルの首を仲間の剣士が両断する。その首の安らかな表情を、数は決して忘れることができなかった。
何故、あんな奴らの為に、リウヴィルは自らの身を犠牲にしたのだろうか? そして、あの末期の表情の意味は?
人間など、魔物を裏切り、虐めるだけの存在だというのに。
疑問だけが、数の胸を何時までも責め続けていた。
マース大陸西方、クロシュ湾にリウヴィルという名の一匹の海龍が棲んでいた。
リウヴィルには、一人の友達がいた。
彼の名はフェムト。人間の男の子である。
二人はいつも一緒に過ごし、砂浜で波と戯れて遊んだ。
しかしながら。男の子の成長の方が海龍のそれより早いのは自明の理。
やがてフェムトは背の高い少年となり、その槍の腕を買われて都に行くことになった。
「いつか絶対国中で一番の戦士になるんだ」
それが、フェムトがリウヴィルに残した最後の言葉だった。
「……本当に、良いのか?」
傍らに居る海龍に、念を押すように呟く。
「はい」
返って来た答えは、数を落胆させるには十分だった。
「本当に?」
「ええ」
何度訊いても、返って来るのはいつも同じ答え。魔王である数には、リウヴィルのその答えが苦々しくて仕方なかった。
〈……何故、こいつは〉
溜息と共に海龍を見上げる。
〈魔界に行くよりも人間なんかに討たれることを望むのだ?〉
もう何度目になるかも分からない自問自答を、数は心の中で繰り返した。
このところ、クロシュ湾に面した国々では各種の『ごたごた』が頻発していた。そして、愚かな人間どもは、そのごたごたの原因をリウヴィルに帰結してしまった。
あと少し経てば、武芸自慢の思い上がった人間どもによって結成された『討伐隊』とやらがここにやってくる。自由放任主義だが魔物第一の魔王数としては、討伐隊が来る前に、住みにくくなった地上界から魔物にとっては楽園である魔界へとリウヴィルを移住させたかったのだが、数がどう説いても、リウヴィルはとうとう首を縦に振らなかった。しかもあろうことか、リウヴィルは討伐隊に討たれてやるつもりでいるようなのだ。その昔一緒に遊んだ、『友』の為に。
〈何故、だ?〉
奇妙に清々しげな顔をして横に佇むリウヴィルの感情が、数には分からない。
数にとってみれば、人間など、魔物を虐める愚かで腹立たしい存在に過ぎないのに。
終に。数の目が、地平線の端に人間どもの姿を捉える。
『討伐隊』だ。
「……フェムト」
リウヴィルも彼らの姿を認めたらしい。諦めとも、喜びともつかない声が数の耳にやるせなく響いた。
「どうする?」
そんな海龍から目を逸らしたままもう一度、同じ問いを口に出す。たとえリウヴィルの魔界移住が間に合わなくとも、魔王である数の力を持ってすれば、あれくらいの人間どもを全滅させることぐらい朝飯前だ。
しかし。
「お気持ちは、嬉しいのですが」
数の予想通り、リウヴィルは首を横に振った。
「私は、フェムトの夢を叶える手伝いをしたいのです」
やはり、海龍の気持ちは微動だにしない。
「そう、か」
何とか言葉を搾り出す数。
しかし、頷いてみせる動作とは裏腹に、数の心の中は猛反発をきたしていた。
〈何故?〉
分からない。
リウヴィルの願いどおりにしてやるのが魔王である自分の務めだとは、思う。だが、しかし。
〈……ええい!〉
頭では納得していても、心の方がどうしても治まらない。いや、リウヴィルを人間なんかの手にかけさせてたまるものか。こうなったら、リウヴィルの気持ちなどにはお構いなく、強引に魔界に連れて行こう。数がそこまで思いつめた、まさにその時。
「……ごめんなさい、お館様」
突然の謝罪の声に、思わずリウヴィルの方を見上げる。
海龍の柔らかい視線は、優しげに数を見つめていた。
「でも、お館様にも、いつか分かって頂けると思います」
彼の瞳を見ていると、どうしても頷かずにはいられない。
「……分かりたくもないがな」
そう言って視線を逸らすより他に、数には何も出来なかった。
槍使いのフェムトを先頭にした討伐隊の一行がリウヴィルの眼前に現れる前に、数は後ろ髪引かれる思いで彼の元を離れた。心は理不尽な思いを抱えたままだったが、リウヴィルの想いを踏み躙るようなことは、したくはなかった。
そしてそのまま、数は、躱せるはずの魔法をリウヴィルがまともに喰らい、フェムトの槍でその心臓を貫かれるのを、誰からも見咎められないところで見守った。
砂浜に頽れたリウヴィルの首を仲間の剣士が両断する。その首の安らかな表情を、数は決して忘れることができなかった。
何故、あんな奴らの為に、リウヴィルは自らの身を犠牲にしたのだろうか? そして、あの末期の表情の意味は?
人間など、魔物を裏切り、虐めるだけの存在だというのに。
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