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嵐の夜に
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吹き荒ぶ風の音に紛れたノックの音に、慌てて玄関に走る。
こんな夜中に誰だろう? 首を傾げながら重い扉を押し開くと、長い髪を風に弄られたか細い少女の影が、廊下に置かれた微かな蝋燭の明かりにぼうっと映った。
「あの、ごめんなさい。……でも」
その影の頼りなさに目を瞬かせる優理の前で、切羽詰った調子で少女が口を開く。
「姉様のお産、が……。早く、来て!」
少女の言葉が終わる前に、優理は少女に向かってこくんと頷くと、外に出る支度をする為に大急ぎで長い廊下を取って返した。
天楚国の一部である、この六角郷を支配する騎士クラメルの妻、優理は、その『癒し手』としての腕により、この一帯のみならず、天楚国内でも評判の存在だった。だから、病人が出ると、少し遠くても優理のところにまで診察を依頼してくる人が後を立たない。しかし、こんな夜遅くに、しかも嵐を押して来るとは、よほど切羽詰っているに違いない。そう思った優理は、手近に有った夫のマントと、これはいつも用意している往診用の黒鞄を引っ掴むと、マントを羽織るのももどかしく少女の後から外に出ようとした。と、その時。
「大丈夫か、優理」
太い声と共に、優理の肩に優しくマントが巻かれる。
「ええ、ありがとう、クラメル」
振り向くと、クラメルの心配そうな瞳が優理の目の前にあった。
「外は大分荒れてるぞ」
開かれた扉の外を見やりながら、付いて行こうかとクラメルの目が問う。その問いに答えるように、優理は軽く首を横に振った。
「大丈夫。……子供たちを頼むわ」
クラメルにそう言って少しだけ微笑むと、優理はすぐに少女の後から風の中に飛び出した。
風が吹き荒ぶ外は、漆黒の闇。明るいのは、先ほど夫が持たせてくれた、手元で頼りなく光るランタンのみ。強い風に身体を持って行かれそうになりながらも、優理は何とか、今にも消えそうな少女の後を追って嵐の中を走った。
しかし、何故か目的地が一向に見えない。一体、少女は何処へ私を連れて行くつもりなのだろうか? 思わず首を傾げてしまう。優理のその行動を見越していたかのように、不意に目の前に小さな明かりがぼうっと映った。おそらくそこが、目的地なのだろう。明かりの方へ向かう少女の後について、優理もその家に向かった。
その家の中に居たのはいずれも、若い少女ばかり。その真ん中に設えられたベッドの上で、これまた若い女が一人、膨らんだお腹を抱えて唸っている。……これは、早く何とかしないと。
「お湯を沸かして。それから、ありったけの清潔な布巾を!」
妊婦の様子にただならぬものを感じた優理はすぐに、周りの少女たちにてきぱきとそう指示した。
耳に響く風の音が、小さくなってゆく。
その音に反比例するかのように、高らかな泣き声があたりに響き渡った。
「……やったわ」
優理の腕の中には、元気に産声を上げる赤ん坊。
用意した産湯で綺麗にしてから、その子を布巾ごと母親の腕に渡すと、女は危なっかしい手つきで、でも優しくその赤ん坊を抱き締めた。
「良かった」
その様子に、優理はほっと胸をなでおろす。
と、その時。
不意に辺りがぱっと明るくなる。気がつくと、疎らな木々に囲まれた小さな広場の真ん中に、優理は居た。
「……え?」
思わずあんぐりと口を開ける。しかし、いくら辺りを見回しても、少女達も、母と子も、家も、何も、ない。
「まさか、夢?」
しかし、血に汚れたエプロンが、お産が確かにあったことを示している。と、すると。優理がはたと手を打った、丁度その時。
「……ありがとう、ございます」
嵐の後の優しい風に乗って、感謝の言葉が、微かだが確かに、聞こえてきた。
「私は大丈夫ですから、また何かあったら呼んでください」
優理を必要としていたのはおそらく、森に棲む精霊たち。彼女たちも又、優理にとっては大切な存在。だから。彼女たちの声に答える様に、優理は風に向かってはっきりとそう叫んだ。
こんな夜中に誰だろう? 首を傾げながら重い扉を押し開くと、長い髪を風に弄られたか細い少女の影が、廊下に置かれた微かな蝋燭の明かりにぼうっと映った。
「あの、ごめんなさい。……でも」
その影の頼りなさに目を瞬かせる優理の前で、切羽詰った調子で少女が口を開く。
「姉様のお産、が……。早く、来て!」
少女の言葉が終わる前に、優理は少女に向かってこくんと頷くと、外に出る支度をする為に大急ぎで長い廊下を取って返した。
天楚国の一部である、この六角郷を支配する騎士クラメルの妻、優理は、その『癒し手』としての腕により、この一帯のみならず、天楚国内でも評判の存在だった。だから、病人が出ると、少し遠くても優理のところにまで診察を依頼してくる人が後を立たない。しかし、こんな夜遅くに、しかも嵐を押して来るとは、よほど切羽詰っているに違いない。そう思った優理は、手近に有った夫のマントと、これはいつも用意している往診用の黒鞄を引っ掴むと、マントを羽織るのももどかしく少女の後から外に出ようとした。と、その時。
「大丈夫か、優理」
太い声と共に、優理の肩に優しくマントが巻かれる。
「ええ、ありがとう、クラメル」
振り向くと、クラメルの心配そうな瞳が優理の目の前にあった。
「外は大分荒れてるぞ」
開かれた扉の外を見やりながら、付いて行こうかとクラメルの目が問う。その問いに答えるように、優理は軽く首を横に振った。
「大丈夫。……子供たちを頼むわ」
クラメルにそう言って少しだけ微笑むと、優理はすぐに少女の後から風の中に飛び出した。
風が吹き荒ぶ外は、漆黒の闇。明るいのは、先ほど夫が持たせてくれた、手元で頼りなく光るランタンのみ。強い風に身体を持って行かれそうになりながらも、優理は何とか、今にも消えそうな少女の後を追って嵐の中を走った。
しかし、何故か目的地が一向に見えない。一体、少女は何処へ私を連れて行くつもりなのだろうか? 思わず首を傾げてしまう。優理のその行動を見越していたかのように、不意に目の前に小さな明かりがぼうっと映った。おそらくそこが、目的地なのだろう。明かりの方へ向かう少女の後について、優理もその家に向かった。
その家の中に居たのはいずれも、若い少女ばかり。その真ん中に設えられたベッドの上で、これまた若い女が一人、膨らんだお腹を抱えて唸っている。……これは、早く何とかしないと。
「お湯を沸かして。それから、ありったけの清潔な布巾を!」
妊婦の様子にただならぬものを感じた優理はすぐに、周りの少女たちにてきぱきとそう指示した。
耳に響く風の音が、小さくなってゆく。
その音に反比例するかのように、高らかな泣き声があたりに響き渡った。
「……やったわ」
優理の腕の中には、元気に産声を上げる赤ん坊。
用意した産湯で綺麗にしてから、その子を布巾ごと母親の腕に渡すと、女は危なっかしい手つきで、でも優しくその赤ん坊を抱き締めた。
「良かった」
その様子に、優理はほっと胸をなでおろす。
と、その時。
不意に辺りがぱっと明るくなる。気がつくと、疎らな木々に囲まれた小さな広場の真ん中に、優理は居た。
「……え?」
思わずあんぐりと口を開ける。しかし、いくら辺りを見回しても、少女達も、母と子も、家も、何も、ない。
「まさか、夢?」
しかし、血に汚れたエプロンが、お産が確かにあったことを示している。と、すると。優理がはたと手を打った、丁度その時。
「……ありがとう、ございます」
嵐の後の優しい風に乗って、感謝の言葉が、微かだが確かに、聞こえてきた。
「私は大丈夫ですから、また何かあったら呼んでください」
優理を必要としていたのはおそらく、森に棲む精霊たち。彼女たちも又、優理にとっては大切な存在。だから。彼女たちの声に答える様に、優理は風に向かってはっきりとそう叫んだ。
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