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空に咲く花 3
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その、一週間ほど後。
「別荘の掃除を手伝って欲しいんだ」
セツナはそう言って、ユキを半ば強引に車の助手席に乗せた。勿論、マリアは渋い顔をしていたが、ソウイチロウに話はつけてある。何とかしてくれるだろう。
「僕で、良いの? 力仕事なんてできないよ?」
山に向かう道を走る車の中で、ユキが首を傾げてセツナに問う。その言葉に、セツナは少しだけ声を出して笑った。……ユキでないと、いけないのだ。
「……ここだ」
街から一時間ほど山中に入った場所、別荘や農家が疎らに建つ村の奥のログハウスの前で、車を止める。錆び付いた鍵を苦労して開けると、埃と黴の臭いが二人を出迎えた。
「ここを、掃除するの?」
不安そうに、ユキが呟く。
「少し片付けるだけで良い。今のままだと、誰にも見せられないから」
この別荘は、セツナの叔父が大切にしていた物だったが、セツナは叔父の知り合い経由で売ることに決めていた。ここには、辛い思い出が多すぎる。だが、その前に、自分の気持ちに決着をつけなければ、気が治まらない。
ここで叔父が亡くなって、一年と少し。この別荘には、中々足を踏み入れることができなかった。それなのに、今、震えずに別荘に足を踏み入れている。やはり、ユキと一緒に来て良かった。ユキからは見えない場所で、セツナはほっと息を吐いた。
とりあえず、今夜寝る場所だけ確保してから、外のポーチに机とベンチを出す。村に入る途中のコンビニで買ってきた弁当を広げる頃には、外は既にかなりの暗さになっていた。電気もガスも止まっているから、見つけたランタンに火を点し、生温いソーダで乾杯する。水だけは、叔父が掘った井戸があるので大助かりだ。
「もうそろそろかな」
食べ終えた弁当殻をビニール袋に強引に突っ込みながら、ふと呟く。セツナのその呟きに呼応するかの様に、遠くから雷鳴の様な音が聞こえてきた。
「は、花火」
ユキも気づいたのだろう。予想通り、身を固くする。そのユキの横に、セツナはそっと腰を下ろした。
「ここから、見えるんだ。ちょっと遠いけどな」
夜空が僅かに明るくなった少し後を、大きな爆発音が追いかけてくる。村で行われる小さな花火大会に合わせて、セツナはわざとユキをここに連れて来たのだ。
「大丈夫だ。俺がずっと傍にいるから」
花火に背を向けるユキの、暗闇で微かに光る瞳を覗き込む。
「俺じゃ、ダメか?」
そう訊ねると、ユキは目を大きく見開き、そして首を横に強く振った。
良かった。ユキの反応に、胸を撫で下ろす。だが。「ずっと側に居る」。この約束を保証することができないことは、セツナ自身が一番良く知っている。
だから。
「例え居なくなっても、ここに」
死の床で、叔父がセツナにしたのと同じように、ユキの胸に人差し指を当てる。ユキはそのセツナの指を見つめてから、ゆっくりとセツナの方に顔を向けた。
「俺はずっと、ここに居る」
叔父も、確かにこう言った。
不意に、去年の夏を思い出す。自分の不治の病を知った叔父は、病院を飛び出し、大好きだったこの場所で死んだ。その死の間際に言われた言葉の、その意味を、セツナ自身が今まですっかり忘れてしまっていた。
「……セツナ?」
気遣う様なユキの言葉に、ふと我に返る。そのときになって初めて、セツナは自分が涙を流していることに気づいた。
「あ、大丈夫だ」
大慌てで顔をごしごし擦ってから、再びユキに向き直る。
「見ようぜ、花火」
セツナの言葉に、ユキはこくんと頷き、花火の方へと顔を向けた。
遠く儚い花火が、次々と大輪の花を咲かせて散ってゆく。綺麗だ。この時初めて、セツナは心からそう思った。
花火が見えなくなってからも、セツナとユキはしばらくベンチに座ったまま、夜空に散りばめられた星を眺めた。話すのは、セツナのみ。叔父のこと、ソウイチロウからユキと花火の関係を聞いたことなど、セツナは正直に全て話した。……ユキ自身の命が、長くないことも。
「……知ってるよ。自分の病気のことは」
セツナの懸念に反して、ユキはあっさりとそう、言った。
「僕は、……後悔したくないだけ」
叔父と同じ、言葉だ。セツナの目が、熱くなる。その熱さを振り払う様に、セツナは暗がりの一転を指さした。
「この前アルバムで見てた、あの桜の木、な、ここにあるんだ」
「えっ?」
驚くユキの声に、セツナはベンチから立って暗がりを少し歩いた。
このポーチからそんなに離れていないところにある、霞桜という種類の桜。それが、叔父が一番好きだった桜。それを見ることが、できたら。
「春になったら、一緒に桜を見てくれないか?」
暗闇の向こうにいるユキに、訊ねる。
「うん。良いよ」
ユキの答えは、セツナの心に小さな火を、点した。
「別荘の掃除を手伝って欲しいんだ」
セツナはそう言って、ユキを半ば強引に車の助手席に乗せた。勿論、マリアは渋い顔をしていたが、ソウイチロウに話はつけてある。何とかしてくれるだろう。
「僕で、良いの? 力仕事なんてできないよ?」
山に向かう道を走る車の中で、ユキが首を傾げてセツナに問う。その言葉に、セツナは少しだけ声を出して笑った。……ユキでないと、いけないのだ。
「……ここだ」
街から一時間ほど山中に入った場所、別荘や農家が疎らに建つ村の奥のログハウスの前で、車を止める。錆び付いた鍵を苦労して開けると、埃と黴の臭いが二人を出迎えた。
「ここを、掃除するの?」
不安そうに、ユキが呟く。
「少し片付けるだけで良い。今のままだと、誰にも見せられないから」
この別荘は、セツナの叔父が大切にしていた物だったが、セツナは叔父の知り合い経由で売ることに決めていた。ここには、辛い思い出が多すぎる。だが、その前に、自分の気持ちに決着をつけなければ、気が治まらない。
ここで叔父が亡くなって、一年と少し。この別荘には、中々足を踏み入れることができなかった。それなのに、今、震えずに別荘に足を踏み入れている。やはり、ユキと一緒に来て良かった。ユキからは見えない場所で、セツナはほっと息を吐いた。
とりあえず、今夜寝る場所だけ確保してから、外のポーチに机とベンチを出す。村に入る途中のコンビニで買ってきた弁当を広げる頃には、外は既にかなりの暗さになっていた。電気もガスも止まっているから、見つけたランタンに火を点し、生温いソーダで乾杯する。水だけは、叔父が掘った井戸があるので大助かりだ。
「もうそろそろかな」
食べ終えた弁当殻をビニール袋に強引に突っ込みながら、ふと呟く。セツナのその呟きに呼応するかの様に、遠くから雷鳴の様な音が聞こえてきた。
「は、花火」
ユキも気づいたのだろう。予想通り、身を固くする。そのユキの横に、セツナはそっと腰を下ろした。
「ここから、見えるんだ。ちょっと遠いけどな」
夜空が僅かに明るくなった少し後を、大きな爆発音が追いかけてくる。村で行われる小さな花火大会に合わせて、セツナはわざとユキをここに連れて来たのだ。
「大丈夫だ。俺がずっと傍にいるから」
花火に背を向けるユキの、暗闇で微かに光る瞳を覗き込む。
「俺じゃ、ダメか?」
そう訊ねると、ユキは目を大きく見開き、そして首を横に強く振った。
良かった。ユキの反応に、胸を撫で下ろす。だが。「ずっと側に居る」。この約束を保証することができないことは、セツナ自身が一番良く知っている。
だから。
「例え居なくなっても、ここに」
死の床で、叔父がセツナにしたのと同じように、ユキの胸に人差し指を当てる。ユキはそのセツナの指を見つめてから、ゆっくりとセツナの方に顔を向けた。
「俺はずっと、ここに居る」
叔父も、確かにこう言った。
不意に、去年の夏を思い出す。自分の不治の病を知った叔父は、病院を飛び出し、大好きだったこの場所で死んだ。その死の間際に言われた言葉の、その意味を、セツナ自身が今まですっかり忘れてしまっていた。
「……セツナ?」
気遣う様なユキの言葉に、ふと我に返る。そのときになって初めて、セツナは自分が涙を流していることに気づいた。
「あ、大丈夫だ」
大慌てで顔をごしごし擦ってから、再びユキに向き直る。
「見ようぜ、花火」
セツナの言葉に、ユキはこくんと頷き、花火の方へと顔を向けた。
遠く儚い花火が、次々と大輪の花を咲かせて散ってゆく。綺麗だ。この時初めて、セツナは心からそう思った。
花火が見えなくなってからも、セツナとユキはしばらくベンチに座ったまま、夜空に散りばめられた星を眺めた。話すのは、セツナのみ。叔父のこと、ソウイチロウからユキと花火の関係を聞いたことなど、セツナは正直に全て話した。……ユキ自身の命が、長くないことも。
「……知ってるよ。自分の病気のことは」
セツナの懸念に反して、ユキはあっさりとそう、言った。
「僕は、……後悔したくないだけ」
叔父と同じ、言葉だ。セツナの目が、熱くなる。その熱さを振り払う様に、セツナは暗がりの一転を指さした。
「この前アルバムで見てた、あの桜の木、な、ここにあるんだ」
「えっ?」
驚くユキの声に、セツナはベンチから立って暗がりを少し歩いた。
このポーチからそんなに離れていないところにある、霞桜という種類の桜。それが、叔父が一番好きだった桜。それを見ることが、できたら。
「春になったら、一緒に桜を見てくれないか?」
暗闇の向こうにいるユキに、訊ねる。
「うん。良いよ」
ユキの答えは、セツナの心に小さな火を、点した。
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