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「……久しぶりだよな、母上に会うのって」
馬上でのんびりと揺られながら、ヘクトは前を行く兄のマチウにそう、声をかけた。
「兄者は、何年ぶり?」
「さあな」
せっかくの休暇中なのに、マチウの態度はいつもと同じく素っ気ない。つまらない。ヘクトは年甲斐もなく頬をぶっと膨らませると、手綱を緩めて馬の歩みを遅くした。
魔皇帝に対する大勝利から二、三日後のこと。突然、第三王子リュエルの後見人であり、ヘクトとマチウの伯父でもあるエッカート卿が砦に現れ、少年達に休みをくれた。魔皇帝軍を撃退したことによる王からの褒美だ。そう、エッカート卿は言った。今度のことで心配している肉親に無事な顔を見せてこい、とも。だから今、ヘクトと兄のマチウは、母の住む村へと馬で向かっている。
ヘクトの主であるリュエルも、彼の乳兄弟であるトゥエと一緒に彼らの母親の所に行っているはずだ。但し、首都アデール郊外の歩いて行ける距離に母親達が住んでいるリュエル達とは違い、ヘクト達の母親はアデールから馬で一日はかかる、リーニエ王国の南端の村に住んでいる。
リュエル達は良いよな。ふと、そんなことを考える。これからあと半日も、この退屈な兄と一緒に居なければならない。それが、ヘクトには正直辛かった。既に肉親の居ないウォリスは修道院のあるキュミュラントへ行くと言っていたが、そのウォリスに一緒に来てもらえば良かった。冷たい風になびく髪を押さえながら、ヘクトはため息をついて肩を落とした。
「早く来い、ヘクト」
そんな気持ちのヘクトの上に、兄の叱咤が降ってくる。
「早くしないと夜になるぞ」
「はーい」
仕方無く、馬を並足に戻して兄の横に並ぶ。背筋がぴんと伸びだ兄は、休暇中でも近づきがたい存在だった。
話しかけにくいのは、仕方が無い。兄は自分より五つも年上なのだから。……二つ年上のリュエルやトゥエ、一つ上のウォリスには、簡単に話しかけられるのだが。
「魔皇帝軍を撃退できて良かったな、兄者」
だが、やはり。沈黙に耐えられなくなり、思わず兄に話しかける。素っ気ない返事しか、期待してはいなかったが。
「ああ。……リュエル王子の力だ」
ヘクトの予想に反し、兄の返事は長かった。
「リュエル王子に仕えることができることを、私は誇りに思っている」
それは、自分もそう思う。だから、兄のこの言葉に、ヘクトもこくんと頷いた。
「だから私は、リュエル王子の剣とならなければいけないと思っている」
そんなヘクトの横で、マチウの言葉は更に続く。
「リュエル王子を、守る為に」
そうだ。自分も、リュエルを守らなければ。再び黙ってしまった兄の横で、ヘクトもそう、心から思った。
だが。
〈……あれ?〉
ふと、疑問が心に浮かぶ。人を守る為に必要なのは『剣』なのだろうか? どちらかというと『盾』のような気がする。しかし。兄には『剣』の方が相応しいかもしれない。ヘクトはそう、考え直した。
そして、『盾』に相応しいのは。
〈今どうしているかな、トゥエとリュエル〉
ふと、二人のことが心配になる。だが、砦や国境地帯と違い、アデールやその近郊の村々はしっかり守られていて安全だ。心配することなど、何も無い。ヘクトは一人でふっと笑うと、再び差がついてしまった兄に追いつけるよう馬の腹を強く蹴った。
馬上でのんびりと揺られながら、ヘクトは前を行く兄のマチウにそう、声をかけた。
「兄者は、何年ぶり?」
「さあな」
せっかくの休暇中なのに、マチウの態度はいつもと同じく素っ気ない。つまらない。ヘクトは年甲斐もなく頬をぶっと膨らませると、手綱を緩めて馬の歩みを遅くした。
魔皇帝に対する大勝利から二、三日後のこと。突然、第三王子リュエルの後見人であり、ヘクトとマチウの伯父でもあるエッカート卿が砦に現れ、少年達に休みをくれた。魔皇帝軍を撃退したことによる王からの褒美だ。そう、エッカート卿は言った。今度のことで心配している肉親に無事な顔を見せてこい、とも。だから今、ヘクトと兄のマチウは、母の住む村へと馬で向かっている。
ヘクトの主であるリュエルも、彼の乳兄弟であるトゥエと一緒に彼らの母親の所に行っているはずだ。但し、首都アデール郊外の歩いて行ける距離に母親達が住んでいるリュエル達とは違い、ヘクト達の母親はアデールから馬で一日はかかる、リーニエ王国の南端の村に住んでいる。
リュエル達は良いよな。ふと、そんなことを考える。これからあと半日も、この退屈な兄と一緒に居なければならない。それが、ヘクトには正直辛かった。既に肉親の居ないウォリスは修道院のあるキュミュラントへ行くと言っていたが、そのウォリスに一緒に来てもらえば良かった。冷たい風になびく髪を押さえながら、ヘクトはため息をついて肩を落とした。
「早く来い、ヘクト」
そんな気持ちのヘクトの上に、兄の叱咤が降ってくる。
「早くしないと夜になるぞ」
「はーい」
仕方無く、馬を並足に戻して兄の横に並ぶ。背筋がぴんと伸びだ兄は、休暇中でも近づきがたい存在だった。
話しかけにくいのは、仕方が無い。兄は自分より五つも年上なのだから。……二つ年上のリュエルやトゥエ、一つ上のウォリスには、簡単に話しかけられるのだが。
「魔皇帝軍を撃退できて良かったな、兄者」
だが、やはり。沈黙に耐えられなくなり、思わず兄に話しかける。素っ気ない返事しか、期待してはいなかったが。
「ああ。……リュエル王子の力だ」
ヘクトの予想に反し、兄の返事は長かった。
「リュエル王子に仕えることができることを、私は誇りに思っている」
それは、自分もそう思う。だから、兄のこの言葉に、ヘクトもこくんと頷いた。
「だから私は、リュエル王子の剣とならなければいけないと思っている」
そんなヘクトの横で、マチウの言葉は更に続く。
「リュエル王子を、守る為に」
そうだ。自分も、リュエルを守らなければ。再び黙ってしまった兄の横で、ヘクトもそう、心から思った。
だが。
〈……あれ?〉
ふと、疑問が心に浮かぶ。人を守る為に必要なのは『剣』なのだろうか? どちらかというと『盾』のような気がする。しかし。兄には『剣』の方が相応しいかもしれない。ヘクトはそう、考え直した。
そして、『盾』に相応しいのは。
〈今どうしているかな、トゥエとリュエル〉
ふと、二人のことが心配になる。だが、砦や国境地帯と違い、アデールやその近郊の村々はしっかり守られていて安全だ。心配することなど、何も無い。ヘクトは一人でふっと笑うと、再び差がついてしまった兄に追いつけるよう馬の腹を強く蹴った。
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