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一一
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何が、一体どうなっているのだろう?
砦にある、自室のベッドの上で、トゥエは考え込みながら寝返りを打った。途端、背中の痛みがぶり返し、思わず呻く。縫っただけで、傷口はまだ完全に塞がっているわけではないのだから。
しかしながら。
〈うーん……〉
今度は、背中の傷に注意しながら寝返りを打つ。背中がこれ以上痛まないことを確かめてから、トゥエは先ほどまで考えていた疑問に戻った。
トゥエの目の前で、リュエルの異母兄である第一王子ベッセルと第二王子ダグラスが消えた。これは、リュエルの持つ『石』の力だ。それは、分かる。問題は、『石』の力を使う度に、リュエルがどんどん残酷になっているような気がすること。二王子を消した時のリュエルの表情は、絶対に忘れることができない。
確か……。カルマンから教わった『力有る石』の話を、トゥエは必死に思い出す。確か、『力有る石』の本当の怖さは、その『石』の意志が、持つ者の意志を変えてしまうことだと、カルマンは言っていた。『石』に意志を乗っ取られた者は、他人も自分も破壊する方向へと向かってしまう、とも。
まさか。一度打ち消してから、再び考える。まさかリュエルも、あの『石』に意志を乗っ取られてしまったというのだろうか? 「王国と、そこに暮らすと大切な人々を守りたい」という強い意志を持って全ての事に当たっているリュエル、が? いや、まさか。首を振ってもう一度、打ち消す。だが、事実は容赦無く、トゥエの否定を否定した。
「……トゥエ、大丈夫か?」
不意に声をかけられ、思わず上半身を起こす。
途端に再び背中に激痛が走り、トゥエは再び呻いてベッドに突っ伏した。
「おい、大丈夫か!」
声の主、ヘクトが、大慌てでベッドへと近づいてくる。
「大丈夫。……それより、リュエルは?」
トゥエの問いに、ヘクトは首を横に振った。
「うん、何というか、……何も覚えてないみたいなんだ」
ならば、それはそれで良い。トゥエは半ばほっとして、今度はゆっくりとベッドの上に上半身を起こした。リュエルが今朝のことを覚えていないならば、二王子消失の真相を説明できるのはトゥエだけになる。だが、リュエルの不利になるような事は、トゥエにはできない。リュエルのことを考えると、自分が二王子殺しの犯人だとされた方がまだ良い。リュエルを、傷つけたくない。
しかし。
リュエルが浮かべた、あの酷薄な笑みが、トゥエの脳裏を過ぎる。二度と、リュエルにあんな顔をさせるわけにはいかない。
同時に、あの石を取りに行った時にキュミュラント山の麓で見た夢を思い出す。あれは、……予知夢、だ。間違いなく。だが、あの夢を現実にさせるわけにはいかない。……『石』を、奪おう。奪って隠そう。そう決意し、トゥエはきゅっと唇を噛みしめた。
「……それでさ、一応エッカート卿には相談してるって兄者が言ってたけど、二王子の後見人達がどう出るか分からないってさ」
そんなトゥエの横で、ヘクトがこれまでの情報を話してくれる。だが、トゥエは、その情報の半分も聞いてはいなかった。
その日の夕方。
皆が忙しい時を狙って、トゥエはそっと自室を滑り出た。
目的地は勿論、リュエルの居室。この時間は多分湯浴みをしているだろう。その間に、『石』を奪う。そういう計画だ。
普段通りの表情で、リュエルの居室にそっと滑り込む。トゥエの予想通り、リュエルの姿はそこには無かった。隣の部屋から、水の跳ねる音とリュエルとマチウの声が聞こえてくる。トゥエの予想通り、リュエルは湯浴み中であるらしい。そして、居室のソファの上には、着替えのチュニックとマントの他に、例の『石』の付いた首飾りも半ば投げやり気味に置かれていた。
良かった。ほっと息をついて、『石』に手を伸ばす。幾らリュエルの為とはいえ、リュエルと争ってまで『石』は奪えない。
だが。トゥエの手が石に触れた、丁度その時。
「何をしている!」
鋭い声が、トゥエの手を止める。
この声、は。
「ウォリス」
そのまま、ゆっくりと振り返る。
トゥエの目の前には、つり上がった目をしたウォリスが立っていた。
「それを奪ってどうするつもりだ」
静かな、だが怒りの籠もったウォリスの声が、トゥエの耳を打つ。その怒りに、トゥエは正直戸惑った。一体何故、ウォリスはこんなに怒っているのだろうか? ……この『石』の、為?
「お前の手にだけは、渡せない」
戸惑いに立ち尽くすトゥエの右腕を、不意にウォリスが掴む。何もできないまま、トゥエは背中から床に落ちた。
激痛が、身体中を走る。だが、痛みに呻くより先に、疑問がトゥエの頭を駆け巡った。……僧侶であるはずのウォリスに、こんな腕力があっただろうか? それでも何とか、起き上がる。その時には既に、ウォリスはトゥエと『石』の間に立っていた。
「その、『石』を、僕に渡してくれないか?」
この状態では、『石』を奪うことができない。でも、ウォリスを説得することができれば。そう思い、トゥエは口を開いて自分の意志を伝える。
「これ以上リュエルに残酷なことはさせられない」
「断る」
だが、ウォリスの返事は、トゥエの予想の斜め上を行っていた。
「僕は、この力で、魔皇帝を退ける」
「何故?」
だから思わず、そう尋ねる。トゥエの疑問に対するウォリスの答えは、ある意味予想できるものだった。
「僕のような境遇の子供をこれ以上増やしたくない」
それは、分かる。廃都ウプシーラの光景がぱっと脳裏に浮かぶ。あのような悲劇は、二度と起こしてはならない。
だが。
「じゃあ、リュエルがどうなっても」
懸念を、口にする。
ウォリスの答えは、やはりトゥエの予想通りだった。
「構わない」
断定的なその口調に、次の言葉が出ない。
ウォリスの気持ちは、理解できる。だが。……トゥエにとっては、『国』よりリュエル個人の方が大事だ。だから。
体力を振り絞り、ウォリスに向かって突進する。力押しなら、同じ体格のウォリスには負けない。だが、トゥエの身体は、ウォリスに当たる前に見えない力によって止められた。
「なっ!」
思わず、叫ぶ。忘れていた。ウォリスも魔法が使えるのだ。
次の瞬間。
「あ……」
不意に、意識が遠くなる。
これも、魔法の一種だ。そう思う前に、トゥエの意識は暗闇へと閉じ込められて、しまった。
砦にある、自室のベッドの上で、トゥエは考え込みながら寝返りを打った。途端、背中の痛みがぶり返し、思わず呻く。縫っただけで、傷口はまだ完全に塞がっているわけではないのだから。
しかしながら。
〈うーん……〉
今度は、背中の傷に注意しながら寝返りを打つ。背中がこれ以上痛まないことを確かめてから、トゥエは先ほどまで考えていた疑問に戻った。
トゥエの目の前で、リュエルの異母兄である第一王子ベッセルと第二王子ダグラスが消えた。これは、リュエルの持つ『石』の力だ。それは、分かる。問題は、『石』の力を使う度に、リュエルがどんどん残酷になっているような気がすること。二王子を消した時のリュエルの表情は、絶対に忘れることができない。
確か……。カルマンから教わった『力有る石』の話を、トゥエは必死に思い出す。確か、『力有る石』の本当の怖さは、その『石』の意志が、持つ者の意志を変えてしまうことだと、カルマンは言っていた。『石』に意志を乗っ取られた者は、他人も自分も破壊する方向へと向かってしまう、とも。
まさか。一度打ち消してから、再び考える。まさかリュエルも、あの『石』に意志を乗っ取られてしまったというのだろうか? 「王国と、そこに暮らすと大切な人々を守りたい」という強い意志を持って全ての事に当たっているリュエル、が? いや、まさか。首を振ってもう一度、打ち消す。だが、事実は容赦無く、トゥエの否定を否定した。
「……トゥエ、大丈夫か?」
不意に声をかけられ、思わず上半身を起こす。
途端に再び背中に激痛が走り、トゥエは再び呻いてベッドに突っ伏した。
「おい、大丈夫か!」
声の主、ヘクトが、大慌てでベッドへと近づいてくる。
「大丈夫。……それより、リュエルは?」
トゥエの問いに、ヘクトは首を横に振った。
「うん、何というか、……何も覚えてないみたいなんだ」
ならば、それはそれで良い。トゥエは半ばほっとして、今度はゆっくりとベッドの上に上半身を起こした。リュエルが今朝のことを覚えていないならば、二王子消失の真相を説明できるのはトゥエだけになる。だが、リュエルの不利になるような事は、トゥエにはできない。リュエルのことを考えると、自分が二王子殺しの犯人だとされた方がまだ良い。リュエルを、傷つけたくない。
しかし。
リュエルが浮かべた、あの酷薄な笑みが、トゥエの脳裏を過ぎる。二度と、リュエルにあんな顔をさせるわけにはいかない。
同時に、あの石を取りに行った時にキュミュラント山の麓で見た夢を思い出す。あれは、……予知夢、だ。間違いなく。だが、あの夢を現実にさせるわけにはいかない。……『石』を、奪おう。奪って隠そう。そう決意し、トゥエはきゅっと唇を噛みしめた。
「……それでさ、一応エッカート卿には相談してるって兄者が言ってたけど、二王子の後見人達がどう出るか分からないってさ」
そんなトゥエの横で、ヘクトがこれまでの情報を話してくれる。だが、トゥエは、その情報の半分も聞いてはいなかった。
その日の夕方。
皆が忙しい時を狙って、トゥエはそっと自室を滑り出た。
目的地は勿論、リュエルの居室。この時間は多分湯浴みをしているだろう。その間に、『石』を奪う。そういう計画だ。
普段通りの表情で、リュエルの居室にそっと滑り込む。トゥエの予想通り、リュエルの姿はそこには無かった。隣の部屋から、水の跳ねる音とリュエルとマチウの声が聞こえてくる。トゥエの予想通り、リュエルは湯浴み中であるらしい。そして、居室のソファの上には、着替えのチュニックとマントの他に、例の『石』の付いた首飾りも半ば投げやり気味に置かれていた。
良かった。ほっと息をついて、『石』に手を伸ばす。幾らリュエルの為とはいえ、リュエルと争ってまで『石』は奪えない。
だが。トゥエの手が石に触れた、丁度その時。
「何をしている!」
鋭い声が、トゥエの手を止める。
この声、は。
「ウォリス」
そのまま、ゆっくりと振り返る。
トゥエの目の前には、つり上がった目をしたウォリスが立っていた。
「それを奪ってどうするつもりだ」
静かな、だが怒りの籠もったウォリスの声が、トゥエの耳を打つ。その怒りに、トゥエは正直戸惑った。一体何故、ウォリスはこんなに怒っているのだろうか? ……この『石』の、為?
「お前の手にだけは、渡せない」
戸惑いに立ち尽くすトゥエの右腕を、不意にウォリスが掴む。何もできないまま、トゥエは背中から床に落ちた。
激痛が、身体中を走る。だが、痛みに呻くより先に、疑問がトゥエの頭を駆け巡った。……僧侶であるはずのウォリスに、こんな腕力があっただろうか? それでも何とか、起き上がる。その時には既に、ウォリスはトゥエと『石』の間に立っていた。
「その、『石』を、僕に渡してくれないか?」
この状態では、『石』を奪うことができない。でも、ウォリスを説得することができれば。そう思い、トゥエは口を開いて自分の意志を伝える。
「これ以上リュエルに残酷なことはさせられない」
「断る」
だが、ウォリスの返事は、トゥエの予想の斜め上を行っていた。
「僕は、この力で、魔皇帝を退ける」
「何故?」
だから思わず、そう尋ねる。トゥエの疑問に対するウォリスの答えは、ある意味予想できるものだった。
「僕のような境遇の子供をこれ以上増やしたくない」
それは、分かる。廃都ウプシーラの光景がぱっと脳裏に浮かぶ。あのような悲劇は、二度と起こしてはならない。
だが。
「じゃあ、リュエルがどうなっても」
懸念を、口にする。
ウォリスの答えは、やはりトゥエの予想通りだった。
「構わない」
断定的なその口調に、次の言葉が出ない。
ウォリスの気持ちは、理解できる。だが。……トゥエにとっては、『国』よりリュエル個人の方が大事だ。だから。
体力を振り絞り、ウォリスに向かって突進する。力押しなら、同じ体格のウォリスには負けない。だが、トゥエの身体は、ウォリスに当たる前に見えない力によって止められた。
「なっ!」
思わず、叫ぶ。忘れていた。ウォリスも魔法が使えるのだ。
次の瞬間。
「あ……」
不意に、意識が遠くなる。
これも、魔法の一種だ。そう思う前に、トゥエの意識は暗闇へと閉じ込められて、しまった。
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