影の軍

風城国子智

文字の大きさ
12 / 19

一二

しおりを挟む
 次に目を覚ました時には、トゥエは再び自分の居室にいた。辺りは既に夕方とはいえないくらい暗くなっている。
〈……ウォリス〉
 薄暗い空間で、先ほどまでのことを反芻する。
 『力有る石』は、それを直接持つことのできない人間の意志をも時に操れるほど強大な力を持っている。カルマンは確か、そうも言っていた。先程トゥエに対して見せた、いつもとは明らかに違う力からすると、おそらくウォリスも、『石』に操られている可能性が大である。と、すると、『石』を奪う為には、リュエルの他にウォリスの『目』にも注意しなければならないことになる。……もしかすると、リュエルの側に居るマチウと、ヘクトの『目』にも。トゥエがそこまで考え、俯いて溜息をついた、丁度その時。
「……トゥエ」
「ちょっと待てよ、兄者」
 青銅製の板鎧が壁にぶつかる音と共に、ヘクトとマチウが現れる。マチウの声に深いやるせなさが混じっているのを、トゥエは敏感に感じ取った。
「本当にトゥエをあいつらに引き渡す気か?」
 ベッドに横たわるトゥエを庇うように、ヘクトがマチウの前に立つ。
「ああ」
 だが、マチウの表情は、あくまで冷静だった。
「何でだよ!」
 対してヘクトの声は、明らかな怒気を含んでいる。
「今度のことも、もとはといえばあの二王子が先に手を出したんだろ?」
 ヘクトとマチウの会話から、大体のことは分かる。第一王子と第二王子の後見人達が、二王子『消失』の『下手人』を引き渡せと言ってきたに違いない。
 二王子『消失』の原因は、リュエルの持つ『石』の所為。だが、後見人達に『石』を引き渡しても、消失の説明にも責任の所在に関する説明にもならない。第一『力有る石』をむやみに『敵』に渡すわけにはいかないのは自明の理。……『石』の所持者であるリュエルを引き渡すわけにはいかないことも。
 だから。
「良いんだ、ヘクト」
 そう言って、ベッドから身を起こす。これ以上、ヘクトとマチウの言い争いは聞きたくなかった。
「僕は、行くから」
「……済まない、トゥエ」
 背後から、マチウの声が降ってくる。
「リュエルの為なんだ。我慢してくれ」
 分かっている。だが。……『石』のこと、ウォリスのことが脳裏を離れない。
 ……リュエルの、ことも。

 マチウに連れられてやって来た部屋にいたのは、いかにもという感じの黒衣の集団。その集団が、トゥエの手首と肩を縛る。しかもご丁寧にも、首には首枷、口には猿轡、目には目隠しという『完全装備』である。
 歩きにくいから目隠しだけは外してほしい。トゥエは正直そう思った。だが、ここで文句を言ったり騒いだりするわけにはいかない。不用意な一言が、リュエルを不利な立場に落とすかもしれないのだ。だからトゥエは、大人しくされるがままになっていた。
 と。
「トゥエ!」
 突然、リュエルの声がトゥエの耳を打つ。
 目隠しをされているから、当然何も見えない。だが、リュエルがすぐそばにいる。そのことが、トゥエにはとても嬉しかった。
〈……大丈夫です、リュエル〉
 心の中で、そう、叫ぶ。
 自分がどうなっても、リュエルには幸せになってほしい。この時、トゥエは心からそう、思った。

 ……勿論、『石』のことだけは、しっかりと心に引っかかってはいたのだが。

 トゥエを引き連れた黒衣の兵の一行は、徒歩のまま砦を出た。
 新都ラフカに連れて行かれるのだろうか。暗闇の中を半ば強制的に歩かされながら、トゥエはふと、そう思った。そして、連れて行かれた後、は……。全身に、悪寒が走る。『死』はいつも、意識していたはずだった。だが、やはり、怖い。
 と、その時。トゥエの横を、一陣の風が駆け抜ける。次の瞬間、トゥエを引っ張っていた綱の動きが、唐突に止まった。
「全く」
 不意に、静かな声が響く。この声は……カルマン? 思わず首を傾げる。でも。……助かったのだ、多分。トゥエは心底ほっと、胸を撫で下ろした。
「闇夜に護送とは、向こうも頭に血が上っているとみえますね」
 手首と肩と首と目と口が、次々に自由になる。トゥエの目の前には、明らかにカルマンと分かるしっかりとした影が、確かにあった。
「逃げなさい」
 その影が、静かにそう囁く。
「でも……」
「エッカート様の命令です。……そして、彼の願いでもあります」
 トゥエの逡巡を止めるカルマンの声が、闇夜に響く。しかし、それでも。どうしても、やらなければならないことがある。
 だが。
「『石』のことは、しばらく忘れなさい」
 トゥエの躊躇いの原因を、カルマンが正確に言い当てる。これでは、トゥエに反論の余地は無い。
「チャンスは必ず巡ってきます」
 確信に満ちたカルマンの言葉に、思わず頷く。
 トゥエはカルマンに一礼すると、砦に背を向け、暗闇の中を走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...