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一二
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次に目を覚ました時には、トゥエは再び自分の居室にいた。辺りは既に夕方とはいえないくらい暗くなっている。
〈……ウォリス〉
薄暗い空間で、先ほどまでのことを反芻する。
『力有る石』は、それを直接持つことのできない人間の意志をも時に操れるほど強大な力を持っている。カルマンは確か、そうも言っていた。先程トゥエに対して見せた、いつもとは明らかに違う力からすると、おそらくウォリスも、『石』に操られている可能性が大である。と、すると、『石』を奪う為には、リュエルの他にウォリスの『目』にも注意しなければならないことになる。……もしかすると、リュエルの側に居るマチウと、ヘクトの『目』にも。トゥエがそこまで考え、俯いて溜息をついた、丁度その時。
「……トゥエ」
「ちょっと待てよ、兄者」
青銅製の板鎧が壁にぶつかる音と共に、ヘクトとマチウが現れる。マチウの声に深いやるせなさが混じっているのを、トゥエは敏感に感じ取った。
「本当にトゥエをあいつらに引き渡す気か?」
ベッドに横たわるトゥエを庇うように、ヘクトがマチウの前に立つ。
「ああ」
だが、マチウの表情は、あくまで冷静だった。
「何でだよ!」
対してヘクトの声は、明らかな怒気を含んでいる。
「今度のことも、もとはといえばあの二王子が先に手を出したんだろ?」
ヘクトとマチウの会話から、大体のことは分かる。第一王子と第二王子の後見人達が、二王子『消失』の『下手人』を引き渡せと言ってきたに違いない。
二王子『消失』の原因は、リュエルの持つ『石』の所為。だが、後見人達に『石』を引き渡しても、消失の説明にも責任の所在に関する説明にもならない。第一『力有る石』をむやみに『敵』に渡すわけにはいかないのは自明の理。……『石』の所持者であるリュエルを引き渡すわけにはいかないことも。
だから。
「良いんだ、ヘクト」
そう言って、ベッドから身を起こす。これ以上、ヘクトとマチウの言い争いは聞きたくなかった。
「僕は、行くから」
「……済まない、トゥエ」
背後から、マチウの声が降ってくる。
「リュエルの為なんだ。我慢してくれ」
分かっている。だが。……『石』のこと、ウォリスのことが脳裏を離れない。
……リュエルの、ことも。
マチウに連れられてやって来た部屋にいたのは、いかにもという感じの黒衣の集団。その集団が、トゥエの手首と肩を縛る。しかもご丁寧にも、首には首枷、口には猿轡、目には目隠しという『完全装備』である。
歩きにくいから目隠しだけは外してほしい。トゥエは正直そう思った。だが、ここで文句を言ったり騒いだりするわけにはいかない。不用意な一言が、リュエルを不利な立場に落とすかもしれないのだ。だからトゥエは、大人しくされるがままになっていた。
と。
「トゥエ!」
突然、リュエルの声がトゥエの耳を打つ。
目隠しをされているから、当然何も見えない。だが、リュエルがすぐそばにいる。そのことが、トゥエにはとても嬉しかった。
〈……大丈夫です、リュエル〉
心の中で、そう、叫ぶ。
自分がどうなっても、リュエルには幸せになってほしい。この時、トゥエは心からそう、思った。
……勿論、『石』のことだけは、しっかりと心に引っかかってはいたのだが。
トゥエを引き連れた黒衣の兵の一行は、徒歩のまま砦を出た。
新都ラフカに連れて行かれるのだろうか。暗闇の中を半ば強制的に歩かされながら、トゥエはふと、そう思った。そして、連れて行かれた後、は……。全身に、悪寒が走る。『死』はいつも、意識していたはずだった。だが、やはり、怖い。
と、その時。トゥエの横を、一陣の風が駆け抜ける。次の瞬間、トゥエを引っ張っていた綱の動きが、唐突に止まった。
「全く」
不意に、静かな声が響く。この声は……カルマン? 思わず首を傾げる。でも。……助かったのだ、多分。トゥエは心底ほっと、胸を撫で下ろした。
「闇夜に護送とは、向こうも頭に血が上っているとみえますね」
手首と肩と首と目と口が、次々に自由になる。トゥエの目の前には、明らかにカルマンと分かるしっかりとした影が、確かにあった。
「逃げなさい」
その影が、静かにそう囁く。
「でも……」
「エッカート様の命令です。……そして、彼の願いでもあります」
トゥエの逡巡を止めるカルマンの声が、闇夜に響く。しかし、それでも。どうしても、やらなければならないことがある。
だが。
「『石』のことは、しばらく忘れなさい」
トゥエの躊躇いの原因を、カルマンが正確に言い当てる。これでは、トゥエに反論の余地は無い。
「チャンスは必ず巡ってきます」
確信に満ちたカルマンの言葉に、思わず頷く。
トゥエはカルマンに一礼すると、砦に背を向け、暗闇の中を走った。
〈……ウォリス〉
薄暗い空間で、先ほどまでのことを反芻する。
『力有る石』は、それを直接持つことのできない人間の意志をも時に操れるほど強大な力を持っている。カルマンは確か、そうも言っていた。先程トゥエに対して見せた、いつもとは明らかに違う力からすると、おそらくウォリスも、『石』に操られている可能性が大である。と、すると、『石』を奪う為には、リュエルの他にウォリスの『目』にも注意しなければならないことになる。……もしかすると、リュエルの側に居るマチウと、ヘクトの『目』にも。トゥエがそこまで考え、俯いて溜息をついた、丁度その時。
「……トゥエ」
「ちょっと待てよ、兄者」
青銅製の板鎧が壁にぶつかる音と共に、ヘクトとマチウが現れる。マチウの声に深いやるせなさが混じっているのを、トゥエは敏感に感じ取った。
「本当にトゥエをあいつらに引き渡す気か?」
ベッドに横たわるトゥエを庇うように、ヘクトがマチウの前に立つ。
「ああ」
だが、マチウの表情は、あくまで冷静だった。
「何でだよ!」
対してヘクトの声は、明らかな怒気を含んでいる。
「今度のことも、もとはといえばあの二王子が先に手を出したんだろ?」
ヘクトとマチウの会話から、大体のことは分かる。第一王子と第二王子の後見人達が、二王子『消失』の『下手人』を引き渡せと言ってきたに違いない。
二王子『消失』の原因は、リュエルの持つ『石』の所為。だが、後見人達に『石』を引き渡しても、消失の説明にも責任の所在に関する説明にもならない。第一『力有る石』をむやみに『敵』に渡すわけにはいかないのは自明の理。……『石』の所持者であるリュエルを引き渡すわけにはいかないことも。
だから。
「良いんだ、ヘクト」
そう言って、ベッドから身を起こす。これ以上、ヘクトとマチウの言い争いは聞きたくなかった。
「僕は、行くから」
「……済まない、トゥエ」
背後から、マチウの声が降ってくる。
「リュエルの為なんだ。我慢してくれ」
分かっている。だが。……『石』のこと、ウォリスのことが脳裏を離れない。
……リュエルの、ことも。
マチウに連れられてやって来た部屋にいたのは、いかにもという感じの黒衣の集団。その集団が、トゥエの手首と肩を縛る。しかもご丁寧にも、首には首枷、口には猿轡、目には目隠しという『完全装備』である。
歩きにくいから目隠しだけは外してほしい。トゥエは正直そう思った。だが、ここで文句を言ったり騒いだりするわけにはいかない。不用意な一言が、リュエルを不利な立場に落とすかもしれないのだ。だからトゥエは、大人しくされるがままになっていた。
と。
「トゥエ!」
突然、リュエルの声がトゥエの耳を打つ。
目隠しをされているから、当然何も見えない。だが、リュエルがすぐそばにいる。そのことが、トゥエにはとても嬉しかった。
〈……大丈夫です、リュエル〉
心の中で、そう、叫ぶ。
自分がどうなっても、リュエルには幸せになってほしい。この時、トゥエは心からそう、思った。
……勿論、『石』のことだけは、しっかりと心に引っかかってはいたのだが。
トゥエを引き連れた黒衣の兵の一行は、徒歩のまま砦を出た。
新都ラフカに連れて行かれるのだろうか。暗闇の中を半ば強制的に歩かされながら、トゥエはふと、そう思った。そして、連れて行かれた後、は……。全身に、悪寒が走る。『死』はいつも、意識していたはずだった。だが、やはり、怖い。
と、その時。トゥエの横を、一陣の風が駆け抜ける。次の瞬間、トゥエを引っ張っていた綱の動きが、唐突に止まった。
「全く」
不意に、静かな声が響く。この声は……カルマン? 思わず首を傾げる。でも。……助かったのだ、多分。トゥエは心底ほっと、胸を撫で下ろした。
「闇夜に護送とは、向こうも頭に血が上っているとみえますね」
手首と肩と首と目と口が、次々に自由になる。トゥエの目の前には、明らかにカルマンと分かるしっかりとした影が、確かにあった。
「逃げなさい」
その影が、静かにそう囁く。
「でも……」
「エッカート様の命令です。……そして、彼の願いでもあります」
トゥエの逡巡を止めるカルマンの声が、闇夜に響く。しかし、それでも。どうしても、やらなければならないことがある。
だが。
「『石』のことは、しばらく忘れなさい」
トゥエの躊躇いの原因を、カルマンが正確に言い当てる。これでは、トゥエに反論の余地は無い。
「チャンスは必ず巡ってきます」
確信に満ちたカルマンの言葉に、思わず頷く。
トゥエはカルマンに一礼すると、砦に背を向け、暗闇の中を走った。
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