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一晩と一日かけて、何とか、見知らぬ谷から見知らぬ尾根へと這い上がり、景色と風で方向の見当をつける。水だけを飲んで三日歩き、グレンは件の、町端の墓地へと辿り着いた。……どうしても、確かめておかなければならないことが、ある。
やっと東の空に顔を見せた、細い月明かりを使って辺りを見回す。予想に反して、誰も、いない。フィンは、もう、人間よりも優しいものに生まれ変わってしまったのだろうか。あるいは、この町の、フィンと同じ一族が信じる『天国』というところに、行ってしまったのだろうか。それならば、良いのだが。喉の詰まりを振り切るように首を横に振ったグレンの視界に映ったのは、見慣れてしまった、人影。
「どうして、ここに戻ってくるの?」
呆れたような、泣き出しそうな響きの言葉に、顔を上げて件の少年をじっと見据える。
「ここに、あなたの探している人はい……」
「フィン」
魔法で見知らぬ場所へと飛ばされてしまう前に、グレンは少年の冷たい身体をぎゅっと、抱き締めた。予想通り、少年の胸からは、聞こえるはずの鼓動が聞こえてこない。やはり、そうか。グレンの胸に広がったのは、安堵感。……やっと、見つけた。
「フィン」
身動き一つしない、腕の中の少年に、静かに尋ねる。
「何故、この少年に取り憑いたままなんだ?」
火刑に処された後、身体を失い彷徨う魂が、長官の息子の亡骸に無意識に入り込んだ結果が、今のフィンの現状。ここまで歩く間に考え抜いた結論を、グレンは静かに口にした。しかし、入り込んでしまったのはフィンが生来持つ無意識の魔力の所為だとしても、フィン自身がそれに気付いていれば、少年の身体から自身の魂を引き剥がし、新たな存在に生まれ変わることができるよう自然に身を任せることは、できるのではないだろうか。それを、フィンはしていない。既に亡くなった少年の亡骸に取り憑いたまま。その理由だけは、知っておかなければ。
「『悪霊』になって、この町の人に復讐したいからか?」
フィンに理不尽な罪を着せて残酷な刑に処した、町の人々の醜悪な顔を思い出しながら、静かに問う。グレンの問いに、腕の中の少年は首を横に振り、グレンの腕に冷たい頬を押しつけた。
「そんなことしたら、グレンのこと、忘れちゃう」
それは、イヤだ。そう言って再び首を横に振る少年に、ほっと息を吐く。
「でも、グレンのこと、心配で」
続いての少年の言葉が、グレンの胸を鷲掴みにした。
「グレン、僕を探しに何度も戻って来ちゃったし」
守れなかったフィンの、魂だけでも。その想いが、仇となっている。悲しさと悔しさのせめぎ合いを感じながら、グレンは腕の中の存在を再び強く抱き締めた。それでも、フィンには、安らかになってほしかった。その想いは、変わらない。だから。
「分かった、フィン」
そっと、少年に囁く。
「でも、罪の無い少年にずっと取り憑いているのは、良くない」
「でも……」
「俺と一緒に来い」
亡骸に取り憑くことができるのなら、グレンに取り憑くことも、できるはず。グレンに取り憑けば、グレン自身も、フィンも、互いの心配をしなくて済む。グレンの言葉に、少年はそっとグレンの胸に頬を押しつけた。次の瞬間。グレンの胸が強い熱さを感じると同時に、腕の中の少年の身体が力を失う。頽れた少年の身体を、グレンはそっと、抱き上げた。
少年の亡骸を、墓地横の、まだ誰も納められていない納骨堂の入り口に横たえる。ここに置いておけば、気付いた誰かが父である長官に連絡し、少年はこの町の人々の風習に従い、安らかにこの墓地で眠ることができるだろう。
そして、グレンとフィンは。
立ち去る前にもう一度、森の木々の隙間から、グレンの一族が葬られている崖下の空間を見つめる。一族の墓地は、既に無人と化している。皆、新しい生命として、グレンの知らない場所でその命を燃やしているのだろう。そしてグレンも、長年暮らしていたこの土地を去る。
涙を覚えながら、そっと、胸に宿った熱を想う。この熱が去る時には、自分は何処で何をしているのだろうか。できればずっと、一緒にいてほしい。グレンの唯一の我が儘に、胸の中のフィンが頷いたように感じ、グレンは静かな微笑みを浮かべたまま、そっと、踵を返した。
やっと東の空に顔を見せた、細い月明かりを使って辺りを見回す。予想に反して、誰も、いない。フィンは、もう、人間よりも優しいものに生まれ変わってしまったのだろうか。あるいは、この町の、フィンと同じ一族が信じる『天国』というところに、行ってしまったのだろうか。それならば、良いのだが。喉の詰まりを振り切るように首を横に振ったグレンの視界に映ったのは、見慣れてしまった、人影。
「どうして、ここに戻ってくるの?」
呆れたような、泣き出しそうな響きの言葉に、顔を上げて件の少年をじっと見据える。
「ここに、あなたの探している人はい……」
「フィン」
魔法で見知らぬ場所へと飛ばされてしまう前に、グレンは少年の冷たい身体をぎゅっと、抱き締めた。予想通り、少年の胸からは、聞こえるはずの鼓動が聞こえてこない。やはり、そうか。グレンの胸に広がったのは、安堵感。……やっと、見つけた。
「フィン」
身動き一つしない、腕の中の少年に、静かに尋ねる。
「何故、この少年に取り憑いたままなんだ?」
火刑に処された後、身体を失い彷徨う魂が、長官の息子の亡骸に無意識に入り込んだ結果が、今のフィンの現状。ここまで歩く間に考え抜いた結論を、グレンは静かに口にした。しかし、入り込んでしまったのはフィンが生来持つ無意識の魔力の所為だとしても、フィン自身がそれに気付いていれば、少年の身体から自身の魂を引き剥がし、新たな存在に生まれ変わることができるよう自然に身を任せることは、できるのではないだろうか。それを、フィンはしていない。既に亡くなった少年の亡骸に取り憑いたまま。その理由だけは、知っておかなければ。
「『悪霊』になって、この町の人に復讐したいからか?」
フィンに理不尽な罪を着せて残酷な刑に処した、町の人々の醜悪な顔を思い出しながら、静かに問う。グレンの問いに、腕の中の少年は首を横に振り、グレンの腕に冷たい頬を押しつけた。
「そんなことしたら、グレンのこと、忘れちゃう」
それは、イヤだ。そう言って再び首を横に振る少年に、ほっと息を吐く。
「でも、グレンのこと、心配で」
続いての少年の言葉が、グレンの胸を鷲掴みにした。
「グレン、僕を探しに何度も戻って来ちゃったし」
守れなかったフィンの、魂だけでも。その想いが、仇となっている。悲しさと悔しさのせめぎ合いを感じながら、グレンは腕の中の存在を再び強く抱き締めた。それでも、フィンには、安らかになってほしかった。その想いは、変わらない。だから。
「分かった、フィン」
そっと、少年に囁く。
「でも、罪の無い少年にずっと取り憑いているのは、良くない」
「でも……」
「俺と一緒に来い」
亡骸に取り憑くことができるのなら、グレンに取り憑くことも、できるはず。グレンに取り憑けば、グレン自身も、フィンも、互いの心配をしなくて済む。グレンの言葉に、少年はそっとグレンの胸に頬を押しつけた。次の瞬間。グレンの胸が強い熱さを感じると同時に、腕の中の少年の身体が力を失う。頽れた少年の身体を、グレンはそっと、抱き上げた。
少年の亡骸を、墓地横の、まだ誰も納められていない納骨堂の入り口に横たえる。ここに置いておけば、気付いた誰かが父である長官に連絡し、少年はこの町の人々の風習に従い、安らかにこの墓地で眠ることができるだろう。
そして、グレンとフィンは。
立ち去る前にもう一度、森の木々の隙間から、グレンの一族が葬られている崖下の空間を見つめる。一族の墓地は、既に無人と化している。皆、新しい生命として、グレンの知らない場所でその命を燃やしているのだろう。そしてグレンも、長年暮らしていたこの土地を去る。
涙を覚えながら、そっと、胸に宿った熱を想う。この熱が去る時には、自分は何処で何をしているのだろうか。できればずっと、一緒にいてほしい。グレンの唯一の我が儘に、胸の中のフィンが頷いたように感じ、グレンは静かな微笑みを浮かべたまま、そっと、踵を返した。
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