3 / 25
1-2
しおりを挟む
しばらく歩いた後、少女は突然足を止める。
彼女の目線の先にあったのは、地面に敷布を直接広げその上に商品を並べた、所謂露店と呼ばれる小さな店だった。
目の前に現れた人影に、店主と思しき老婦人は顔を上げる。
そこに立っていた見知らぬ少女に店主は怪訝そうな表情を浮かべるが、少女の斜め後ろの男が目に入るなり、彼女は安心したように顔を緩めた。
「おや、ルーカスじゃないか」
「よう、カルナさん」
この老婦人とも知り合いらしい彼は、「最近どうだ?」と気安い態度で話を始める。
「ぼちぼちってところだね。それよりルーカス、あんたまだ煙草なんか吸ってんのかい」
「いいだろ別に。どうしようが俺の勝手だろ」
「別にあんたの肺のことなんざ、今更気にしてないさ。あたしが気にしてるのはそこのお嬢ちゃんのことだよ」
「ひっでえ」
店主と男の会話に耳を傾けることもなく、彼女の興味は既に、敷布に並べられた商品に向けられていた。
敷布には、石を磨いて作られた飾りのついたイヤリングやネックレス、指輪やヘアピンといった装飾品の数々が整然と並べられている。いかにも、少女心のくすぐられる品揃えで、太陽の光を浴びてキラキラと輝くアクセサリー類に少女はすっかり夢中だ。
興味津々といった様子で目を輝かせる彼女を後目に、店主と男は声を潜めて囁く。
「その子、この辺じゃ見かけない子だけど、どこの子だい。…さてはアンタ、ついに誘拐でもやったってんじゃないだろうね?」
「んなわけあるかい」
男は声を潜めつつも、「てかついにって何だ、ついにって」と声を荒げた。
失礼な物言いの店主に尚も言い募ろうとしたところで、彼を「ルカ」と呼ぶ声がある。
声の飛んで来た方角に目を向ければ、そこには上機嫌な少女の姿。どうやら、この店がすっかり気に入ったらしい。
「この店の品はどれもこれも素晴らしいな!」
「ほう、お嬢ちゃんは見る目があるねえ。お一つどうだい」
お代はこの男からもらうからさ。店主はルーカスに向かって顎をしゃくる。
「おい、なんで俺が」
「こういう時、男がプレゼントしてやるもんじゃないのかい?」
「おいおい…今時男だ女だなんて古くねえか」
ここ最近じゃあ、女が爵位を継ぐ例だって増えて来てるんだし、隣の公爵領の跡取りだって女子だって噂じゃねえか。
と、彼が説明したのは、近頃の跡取り事情。しかし、その説明に、店主はどこか切なげな表情を浮かべるばかりだった。
「流石にあんたはそういうのに詳しいねえ。…でもね、私にゃそんなこと知る由もないんだよ」
「…そうだな、すまん」
「それにルーカス、こんな小さい子にお金出させといて、あんたは一銭も出さないつもりかい?」
あんたなら、これくらいの金額痛くも痒くもないだろう?どこか煽るような店主の言葉に、ルーカスと呼ばれた男は「…ったく」と悪態をついた。
少女の隣で不機嫌そうにしゃがみ込んで、彼は彼女に尋ねた。
「…姫さん、どれがいいんだ」
「えっ」
その言葉に、少女は困惑する。
彼女がこうしてこの街を訪れたのは、両手で数えられるほどの回数しかないのだが、彼女はルーカスがこの街で金を出すところを今まで見たことがない。大体は「後で払うから」とツケていたり、他に何かしらの条件を出してそれで了解してもらう…といったような寸法で、彼女の見ている前で彼が何かに対して金を出していたことはない。
それで許される彼も彼だが、許す住民たちもどうかしているのではないか、と以前は呆れたものだ。
当惑する少女と、この上なく不満げなルーカス。
二人の様子を交互に見やった店主は、呆れ返ったように首を横に振った。
「ガキが遠慮すんなよ」
「ルーカス、こういう時は子供じゃなくて一人のレディとして扱ってやるもんさ」
「…知るかよんなもん」
「まったく、昔っから頭は良いってのに、そういうことには疎いんだから。…さ、お嬢ちゃん。こんな奴気にせず、好きなの選びな」
店主に改めて勧められ、彼女は申し訳なく感じつつも、敷布に並べられた商品を再び眺める。
しばらくの間、考え込むように視線を彷徨わせた後、彼女は尚も遠慮がちにおずおずと手を伸ばした。
その指の先にあった品に、彼は眉を顰めるのだった。
彼女の目線の先にあったのは、地面に敷布を直接広げその上に商品を並べた、所謂露店と呼ばれる小さな店だった。
目の前に現れた人影に、店主と思しき老婦人は顔を上げる。
そこに立っていた見知らぬ少女に店主は怪訝そうな表情を浮かべるが、少女の斜め後ろの男が目に入るなり、彼女は安心したように顔を緩めた。
「おや、ルーカスじゃないか」
「よう、カルナさん」
この老婦人とも知り合いらしい彼は、「最近どうだ?」と気安い態度で話を始める。
「ぼちぼちってところだね。それよりルーカス、あんたまだ煙草なんか吸ってんのかい」
「いいだろ別に。どうしようが俺の勝手だろ」
「別にあんたの肺のことなんざ、今更気にしてないさ。あたしが気にしてるのはそこのお嬢ちゃんのことだよ」
「ひっでえ」
店主と男の会話に耳を傾けることもなく、彼女の興味は既に、敷布に並べられた商品に向けられていた。
敷布には、石を磨いて作られた飾りのついたイヤリングやネックレス、指輪やヘアピンといった装飾品の数々が整然と並べられている。いかにも、少女心のくすぐられる品揃えで、太陽の光を浴びてキラキラと輝くアクセサリー類に少女はすっかり夢中だ。
興味津々といった様子で目を輝かせる彼女を後目に、店主と男は声を潜めて囁く。
「その子、この辺じゃ見かけない子だけど、どこの子だい。…さてはアンタ、ついに誘拐でもやったってんじゃないだろうね?」
「んなわけあるかい」
男は声を潜めつつも、「てかついにって何だ、ついにって」と声を荒げた。
失礼な物言いの店主に尚も言い募ろうとしたところで、彼を「ルカ」と呼ぶ声がある。
声の飛んで来た方角に目を向ければ、そこには上機嫌な少女の姿。どうやら、この店がすっかり気に入ったらしい。
「この店の品はどれもこれも素晴らしいな!」
「ほう、お嬢ちゃんは見る目があるねえ。お一つどうだい」
お代はこの男からもらうからさ。店主はルーカスに向かって顎をしゃくる。
「おい、なんで俺が」
「こういう時、男がプレゼントしてやるもんじゃないのかい?」
「おいおい…今時男だ女だなんて古くねえか」
ここ最近じゃあ、女が爵位を継ぐ例だって増えて来てるんだし、隣の公爵領の跡取りだって女子だって噂じゃねえか。
と、彼が説明したのは、近頃の跡取り事情。しかし、その説明に、店主はどこか切なげな表情を浮かべるばかりだった。
「流石にあんたはそういうのに詳しいねえ。…でもね、私にゃそんなこと知る由もないんだよ」
「…そうだな、すまん」
「それにルーカス、こんな小さい子にお金出させといて、あんたは一銭も出さないつもりかい?」
あんたなら、これくらいの金額痛くも痒くもないだろう?どこか煽るような店主の言葉に、ルーカスと呼ばれた男は「…ったく」と悪態をついた。
少女の隣で不機嫌そうにしゃがみ込んで、彼は彼女に尋ねた。
「…姫さん、どれがいいんだ」
「えっ」
その言葉に、少女は困惑する。
彼女がこうしてこの街を訪れたのは、両手で数えられるほどの回数しかないのだが、彼女はルーカスがこの街で金を出すところを今まで見たことがない。大体は「後で払うから」とツケていたり、他に何かしらの条件を出してそれで了解してもらう…といったような寸法で、彼女の見ている前で彼が何かに対して金を出していたことはない。
それで許される彼も彼だが、許す住民たちもどうかしているのではないか、と以前は呆れたものだ。
当惑する少女と、この上なく不満げなルーカス。
二人の様子を交互に見やった店主は、呆れ返ったように首を横に振った。
「ガキが遠慮すんなよ」
「ルーカス、こういう時は子供じゃなくて一人のレディとして扱ってやるもんさ」
「…知るかよんなもん」
「まったく、昔っから頭は良いってのに、そういうことには疎いんだから。…さ、お嬢ちゃん。こんな奴気にせず、好きなの選びな」
店主に改めて勧められ、彼女は申し訳なく感じつつも、敷布に並べられた商品を再び眺める。
しばらくの間、考え込むように視線を彷徨わせた後、彼女は尚も遠慮がちにおずおずと手を伸ばした。
その指の先にあった品に、彼は眉を顰めるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
勇者の様子がおかしい
しばたろう
ファンタジー
勇者は、少しおかしい。
そう思ったのは、王宮で出会ったその日からだった。
神に選ばれ、魔王討伐の旅に出た勇者マルク。
線の細い優男で、実力は確かだが、人と距離を取り、馴れ合いを嫌う奇妙な男。
だが、ある夜。
仲間のひとりは、決定的な違和感に気づいてしまう。
――勇者は、男ではなかった。
女であることを隠し、勇者として剣を振るうマルク。
そして、その秘密を知りながら「知らないふり」を選んだ仲間。
正体を隠す者と、真実を抱え込む者。
交わらぬはずの想いを抱えたまま、旅は続いていく。
これは、
「勇者であること」と
「自分であること」のあいだで揺れる物語。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる