ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢

駒野沙月

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閑話③

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 お転婆な公爵令嬢に、自由の申し子たる公子。噂ではそれ以外にも何人か存在するようだが、今回彼らのことについては傍に置いておこう。
 時に富や人脈を、またある時には異国の特産品といった貴重な品々を持ち込む彼らの存在は、この街にとっても、個人的な友人であるというこの街の主にとっても大切な存在だ。

 しかし何も、ルーカスの元を訪れる客人は外からやってくる貴族だけではない。彼の自室兼執務室は、今日もとある客を出迎えていた。

◇◇◇

「おい、生きてるか」

 軽やかなノックの音と共に、青い瞳の美丈夫がドアからひょっこりと顔を覗かせた。背の辺りまで伸びた黒髪を揺らす彼は、ルーカスの幼馴染のノアである。

「…んな簡単に死なねえよ」
「そんな調子で言われても信じられないがな」

 部屋に足を踏み入れたノアは、口では友人と気安く言葉を交わしつつも、その美麗な顔を不快そうに顰めていた。
 彼の友人は相当な喫煙者である。それ自体はこの街の誰もが、それこそ小さな子供でさえ知っているくらいだから、幼馴染である彼にとってはこの部屋に漂う煙も慣れたもの。しかし、この日のそれは普段よりも一層強く、表面上は料理を生業としているために嗅覚も敏感な彼にとっては、尚更耐え難かった。

 文句の一つでも言ってやろうかと彼は友人の姿を探すが、いつもより疲れたような声こそ響いてくるものの、肝心の部屋の主の姿が今日は見えない。
 自分がここに来た経緯を考えればそれも当然か、と彼は息をついた。窓際のデスクの上には書類が山のように積まれており、デスクに置き切れなかったのであろう分は床に散らばっている。どれだけ溜め込んだんだ、と呆れる彼がデスクの方へ近づいていけば、その僅かな隙間で白い癖っ毛が動いたのが見えた。
 どうやら彼の友人は、デスクの上でどうにか空けたのであろうスペースに突っ伏して仮眠を取っていたようだ。

 気を許した幼馴染の来訪に、ルーカスはくたびれきったような面持ちで顔を上げる。

「イライラするのも分かるが吸い過ぎだ、馬鹿野郎」
「うるせえ」
「全く…毎日少しずつやっていかないからこうなるんだろうに」
「だって、めんどくせえし…なんだよお前、説教にでも来たのか」
「相変わらず失礼な奴だな。せっかく陣中見舞いに来てやったというのに」

 いかにも不服そうに言ったノアは、部屋に入って来た時から携えていたバスケットを友人の前に掲げて見せた。
 中身は、彼お手製のホットドッグとハーブティーの入ったボトルだ。ボトルは保温の魔法がかかった優れものだから、もうしばらくは温かいお茶を楽しめる。

「…助かる。ちょうど腹減ってたんだよな」
「お前もちょっとは学習しろ。これで何回目だ」

 どうにか書類をどかしつつ、バスケットを受け取った彼は「神様仏様ノアファミリア様…」と拝むように手を合わせていた。
 その大仰な物言いに、換気をしようと部屋の窓を開けていた彼はまたもや顔を顰める。

「様をつけるな、あとその呼び方もやめとけ」
「んなこと言われてもなあ。…つかお前、やっぱりうち来ねえ?助手か相談役、専属の料理人でもいいが」
「断る。何回も言ってるが、お前の下につくなんてまっぴらごめんだ」
「そりゃ残念。あいつらもお前の話なら聞くんだがなあ」
「…お前はもう少し上に立つ者としての自覚を持てよ」
「そういうとこも向いてると思うんだがな。…ま、表に立つのは俺でいいか」

 勝手に自己完結したらしいルーカスにまた一つ息をついた彼は、床に落ちていた書類に手を伸ばした。少しくらい整理でもしてやろうと拾い上げたものだったが、そこに”Richard Craydle”の署名を見つけて、彼は手を止める。
 書類の内容は、この街と隣のクレイドル公爵領とのとあるやり取りにまつわるもので、それ自体はありふれたものである。リチャードの名が記されているのも、公爵夫妻の代理としてだから、さして珍しくもない。
 彼の脳裏に浮かんだのは、また別のことだ。

「そういえば、近頃はあのお嬢さんを見かけないな。前まではもう少し頻繁に来ていただろうに」
「姫さんか?よくは知らんが、最近色々と忙しいんだとよ」

 ノアの疑問に、友人お手製のホットドッグを齧りながら書類に目を通していたルーカスは答える。普段であれば「行儀悪い」とでもたしなめるところだが、流石の彼も今日は目を瞑ることにしたようだ。

 ルーカス曰く、ロッテはここ最近、家の都合で他家とのお茶会や晩餐会、はたまた色々な習い事といったことに追われているらしい。彼女の年齢上、社交の場に参加することが無い分多少はマシだろうが、だとしても相当忙しいだろう。

 その事実自体は彼の耳にも入っていたが、それにしてもルーカスはやけに詳しいようだ。
 なぜそんなに詳しいのかと聞けば、公子がわざわざ伝えに来たのだと、彼の友人は言う。普段は掴み所のない自由人なあの貴公子も、今回は色々と慌ただしくしているらしいのだが、その間を縫うようにしてこの街を訪問してきたようだ。

「…なるほど。それにしても、あの方も相変わらず物好きなことだな。せっかくのお休みにこんな所に来られるとは」
「言ってやんなよ。よく分からんが、あいつにも息抜きが必要なんだろ」
「…そうか」

 この街は、公子の住む屋敷からも、本家たる公爵邸からも近くはない。決して遠いという訳ではないが、彼の感覚からしてみれば、せっかくの休みを費してまで訪れる距離ではないと思ってしまう。
 その距離を、公子は昔から、幼い公女はここ1年くらい通ってきているわけだ。また、噂(彼はそれも事実であると知っているのだが)ではもっと遠い場所から訪れる人物もいると言われている。

 長い付き合いがあるのは間違いない。だが時々、彼は自分の幼馴染がよく分からなくなることがある。
 それは大体、こういう時だ。
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