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第2章 市松改めイッチー
2.
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お昼は当然、網代さんと一緒にランチへ行く。
「なに食べにいく?」
にこやかに網代さんが私に話しかけ、今朝に続き社内がざわめいた。
「あー、えっと。
……とりあえず、出ましょうか」
曖昧に笑って彼の背中を押し、強引にオフィスを出る。
「で、どこにする?」
「あー」
オフィスビルを出て改めて尋ねられたが、出てこない。
いや、行ってみたいお店はあるのだ。
しかし、網代さんとふたりというのが。
「僕が決めていいか?」
「はい」
異存はないので彼について歩く。
少しして入ったのは、近くのホテルだった。
「ここのランチ、安いわりに美味しいんだ」
一階に併設されているレストランでは、さほど待たずに席に案内された。
少し悩んで、日替わりランチを注文する。
「……意識しすぎ」
ぼそっと落とされた言葉に、ぴくんと指が反応した。
「……だって」
「付き合っているからといって、なにかあるわけじゃないだろ。
それっぽいことはするが、それだけだ」
網代さんはすました顔で水を飲んでいるが、……それだけ?
あんなに顔を近づけてくるのとか反則だと思うんですが?
あんなの、恋愛偏差値ゼロどころかマイナスの私には処理できない案件だって。
「網代さんはやりすぎだと思うんですよ」
「どこが?
僕はこの週末、TL(ティーンズラブ)を読みまくって勉強したんだぞ?」
下がってもいない、眼鏡の右のリム端を摘まむようにして上げた網代さんは、得意げに見えた。
それになんとも微妙な気持ちになって口を噤んだ。
その顔もあれだが、参考書がそもそも間違っている。
でも私だって同じ理由で乙女ゲーをしていたのだから人のことは言えない。
それに、男性向け恋愛ものではなく、TLなのはちょっとくらいはマシだと思う。
「フィクションと現実は違うので」
「だよなー。
やっておいてなんだが、ちょっと恥ずかしかったし」
はぁーっと網代さんの口から疲労のため息が落ちていく。
彼も恥ずかしいという気持ちがあったのにはほっとした。
「とにかく、もう少し抑えめに。
いきなりTLヒーローは危険です」
私もTLヒロインにはなりきれないし、対応に困る。
「わかった。
他を考える」
朝の無駄にキラキラした網代さんはそれなりに面白かったのであれがもう見られなくなるのは残念だが、やめると言ってくれてよかった。
今日の日替わりはエビクリームコロッケだった。
大きなコロッケの中にはエビがごろごろ入っていて、非常に美味しい。
「知ってるか?
エビって成長が止まらないから永遠に大きくなっていくんだぞ?」
ナイフとフォークを置き、無言で網代さんを睨む。
きっとまた、私を騙そうとしているんだ。
「……へー、そうなんですね」
棒読みで答え、コロッケを口へ入れる。
「嘘だと思ってるな?
この小エビが」
コロッケの中からエビだけをフォークに突き刺し、彼は見せてきた。
「大きくなったのがブラックタイガー。
もっと大きくなったら車エビ」
絶対違うと思うが、身だけで考えれば似ていて信憑性がある。
有頭の殻付きなんて、特に小エビはほとんど見たことがない。
「養殖の生け簀にさ、たまに出荷から逃れて生き延びているヤツがいるんだ。
で、見つかったときには一メートルとかになってる」
「え、そんなに大きくなるんですか!?」
最初は絶対に信じないと思っていたものの、仕事のときの同じように網代さんが真剣に話し、つい信じていた。
「そんなに大きなエビ、きっと食べ応えがあるだろうなー」
一度だけ食べた、伊勢エビが思い出される。
あれよりもっと大きいんだよね。
倍くらい?
それ以上か。
「いつか一緒に食べにいくか」
思い浮かべている私を、網代さんは眼鏡の下で目尻を下げて見ている。
「ほんとですか!?
楽しみです!」
未来のエビツアーであたまがいっぱいだった私は、――また網代さんに騙されていると気づいていなかった。
「なに食べにいく?」
にこやかに網代さんが私に話しかけ、今朝に続き社内がざわめいた。
「あー、えっと。
……とりあえず、出ましょうか」
曖昧に笑って彼の背中を押し、強引にオフィスを出る。
「で、どこにする?」
「あー」
オフィスビルを出て改めて尋ねられたが、出てこない。
いや、行ってみたいお店はあるのだ。
しかし、網代さんとふたりというのが。
「僕が決めていいか?」
「はい」
異存はないので彼について歩く。
少しして入ったのは、近くのホテルだった。
「ここのランチ、安いわりに美味しいんだ」
一階に併設されているレストランでは、さほど待たずに席に案内された。
少し悩んで、日替わりランチを注文する。
「……意識しすぎ」
ぼそっと落とされた言葉に、ぴくんと指が反応した。
「……だって」
「付き合っているからといって、なにかあるわけじゃないだろ。
それっぽいことはするが、それだけだ」
網代さんはすました顔で水を飲んでいるが、……それだけ?
あんなに顔を近づけてくるのとか反則だと思うんですが?
あんなの、恋愛偏差値ゼロどころかマイナスの私には処理できない案件だって。
「網代さんはやりすぎだと思うんですよ」
「どこが?
僕はこの週末、TL(ティーンズラブ)を読みまくって勉強したんだぞ?」
下がってもいない、眼鏡の右のリム端を摘まむようにして上げた網代さんは、得意げに見えた。
それになんとも微妙な気持ちになって口を噤んだ。
その顔もあれだが、参考書がそもそも間違っている。
でも私だって同じ理由で乙女ゲーをしていたのだから人のことは言えない。
それに、男性向け恋愛ものではなく、TLなのはちょっとくらいはマシだと思う。
「フィクションと現実は違うので」
「だよなー。
やっておいてなんだが、ちょっと恥ずかしかったし」
はぁーっと網代さんの口から疲労のため息が落ちていく。
彼も恥ずかしいという気持ちがあったのにはほっとした。
「とにかく、もう少し抑えめに。
いきなりTLヒーローは危険です」
私もTLヒロインにはなりきれないし、対応に困る。
「わかった。
他を考える」
朝の無駄にキラキラした網代さんはそれなりに面白かったのであれがもう見られなくなるのは残念だが、やめると言ってくれてよかった。
今日の日替わりはエビクリームコロッケだった。
大きなコロッケの中にはエビがごろごろ入っていて、非常に美味しい。
「知ってるか?
エビって成長が止まらないから永遠に大きくなっていくんだぞ?」
ナイフとフォークを置き、無言で網代さんを睨む。
きっとまた、私を騙そうとしているんだ。
「……へー、そうなんですね」
棒読みで答え、コロッケを口へ入れる。
「嘘だと思ってるな?
この小エビが」
コロッケの中からエビだけをフォークに突き刺し、彼は見せてきた。
「大きくなったのがブラックタイガー。
もっと大きくなったら車エビ」
絶対違うと思うが、身だけで考えれば似ていて信憑性がある。
有頭の殻付きなんて、特に小エビはほとんど見たことがない。
「養殖の生け簀にさ、たまに出荷から逃れて生き延びているヤツがいるんだ。
で、見つかったときには一メートルとかになってる」
「え、そんなに大きくなるんですか!?」
最初は絶対に信じないと思っていたものの、仕事のときの同じように網代さんが真剣に話し、つい信じていた。
「そんなに大きなエビ、きっと食べ応えがあるだろうなー」
一度だけ食べた、伊勢エビが思い出される。
あれよりもっと大きいんだよね。
倍くらい?
それ以上か。
「いつか一緒に食べにいくか」
思い浮かべている私を、網代さんは眼鏡の下で目尻を下げて見ている。
「ほんとですか!?
楽しみです!」
未来のエビツアーであたまがいっぱいだった私は、――また網代さんに騙されていると気づいていなかった。
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