網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第2章 市松改めイッチー

1.

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「んー……」

ピコンと携帯が通知音を立て、目を開ける。
画面を見たら網代さんからメッセージが届いていた。

「まだ早い……」

そのまま携帯を置き、再び目を閉じる。
すぐにまた、携帯はピコンと音を立てた。

「うるさい……」

渋々起きて、確認する。

【おはよう】

【今日、一緒にランチ行かないか】

分身のつもりなのか、眼鏡男子のスタンプが混ぜて貼ってあった。
しかし寝起きのいま、それにツッコむほど元気はない。

「なんで朝から……」

って、私がいつもお弁当だからに他ならない。

「うー、お母さんまだ、お弁当作ってなかったらいいんだけど……」

ぼーっとベッドから出て、一階に下りる。
キッチンにはすでに、母が立っていた。
社会人にもなって母親に弁当を作ってもらうなんてとか言われそうだが、母は自分の分と父の分の弁当を毎日作っているので、そこに私の分がひとつ増えたところでなんの手間でもないのだ。
というわけでありがたく作ってもらっている。

「おかーさん、今日はお弁当いらないってまだ間に合う?」

「いま起きてきたばかりだから大丈夫だけど、おはようが先でしょうが」

あきれ顔で母がため息をつく。
たしかに母の言うとおりだ、悪かった。

「おはよう。
じゃあ急で悪いけど、よろしくお願いします」

「はいはい」

母の軽い返事を聞き流し、ダイニングの椅子に座る。
持ってきた携帯の画面に指を走らせ、網代さんに返信した。

【おはようございます】

【ランチ、OKです】

送ったあと、少しだけメッセをさかのぼる。
ずっと業務連絡でしか使っていなかったのに、一昨日から少し増えた。
と言ってもおはようとおやすみのあいさつくらいだけれど。

「これはないだろ」

自分の貼ったスタンプにツッコむ。
仮にも彼氏にブサカワ犬はない。
それっぽい可愛いスタンプを買った方がいいかな?

「さっさと顔、洗ってきたら?」

テーブルに顎を置きうだうだやっていたら、さすがに母から注意された。
遅刻するわけにもいかないし、さっさと準備をしてしまおう。



「チヨ、おはよー」

出社した途端、網代さんに声をかけられた。
しかし妙に爽やかな笑顔で、キラリと白い歯までのぞかせているこいつは誰だ?
少なくとも私の知っている網代さんではない。
しかも市松ではなく〝チヨ〟なんて呼ばれてぞわっとした。
その場にいた人間もほぼ全員ざわめいている。
ひとつはきっと私と同じ理由。
もうひとつは入社してからずっと、いくら抗議しようと私を市松と呼び続けた彼が、呼び方を変えたのだ。
しかも〝チヨ〟なんて名前を気軽く。
驚かない方が無理というものだろう。

「お、おはようゴザイマス……」

別にやましいことなどなにもないのに、おどおどしてしまうし言葉は片言になって消えていく。
網代さんと〝練習として〟付き合うようになって三日目。
昨日は日曜で休みだったからよかったものの、いざ会社で顔を合わせるとどうしていいのかわからない。

「どうした、元気ないけど」

少しだけ眼鏡の下で眉を寄せ、心配そうに網代さんが私の顔をのぞき込む。
そういうのは凄く、彼氏っぽい。

「あー、えと。
なんでもない、……デス」

近い、網代さんの顔が近すぎる。
なんでこんなに顔を寄せるんだ?
彼氏だからなのか?
おかげでなんか、変な緊張をした。

「そうか?
無理はするなよ」

身体を起こし、彼の手が上がる。
なにをするのかと思ったら、その手は私のあたまにのり、ぽんぽんと軽く叩いた。
それはまさしく、昨晩やっていた乙女ゲーのヒーローがヒロインを元気づけるのにやっていた仕草だ。

おそるおそる、無言で網代さんを見上げる。

「ん?」

レンズ越しに目があい、彼は不思議そうだが、あれはゲームの中だけで現実にこんなことをする人間がいるとは思わなかった。
いざされてみると、なんというか……こっぱずかしい。
網代さんは普通の顔をしているが、恥ずかしくないんだろうか。

「あー、……気をつけます」

適当に笑って誤魔化しておいたが、最初からこんなに飛ばして大丈夫なのか心配だ。
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