網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第1章 今日の敵は明日の……彼氏!?

4.

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ランチの支払いは網代さんがしてくれた。
いや、そうじゃないと納得できない。
今度連れてこられたのは、奢ると約束のパフェがある店だった。

「いちごのスペシャルパフェと、コーヒー」

メニューにざっと目を通し、網代さんがさっさと勝手に注文する。
件のパフェは二千円超えなので、もしかしたら私が遠慮するかもと気を遣ってくれたのかもしれない。

店員がいなくなり、私が抗議するよりも先に網代さんが口を開いた。

「また両親に見合いを勧められたんだ。
それで断る口実に市松を使った。
すまない」

真摯に彼からあたまを下げられ、たじろいだ。
ないと思っていた姿を見せられ、開きかけた口を噤む。

「……見合いくらい、してあげればいいのに」

ご両親は本当に、網代さんが結婚相手を連れてきたと喜んでいた。
なのにこんな形で騙すなんて気の毒すぎる。

「もう十三回目……いや、十四回目と聞いて、同じことが言えるか?」

「うっ」

それだけ見合いをさせられたら、たしかに嫌になる。
でもならば。

「はっきり、まだ結婚する気はないと断ればいいのでは?」

たった、それだけの問題じゃないんだろうか。
それにそれだけの回数、セッティングするのも大変そうだ。

「五回目くらいで言ったさ。
それでもめげずに相手を連れてくるんだ……」

行儀悪く頬杖をつき、はぁっと物憂げに網代さんがため息を吐き出す。
その顔は本当に嫌そうで、さらに疲れていた。
てか、嫌なのに五回もお見合いしてあげたんだ。
網代さんってけっこう優しい。
そこだけは見直した。

「でもなんで、そんなに結婚させるのにご両親は必死なんですか?
年齢的にはまだ、そんなに焦る年じゃないと思うんですけど」

網代さんがどこぞの御曹司で跡取りが……とかいうならわかるけれど、ご両親はごく普通の会社員だと言っていた。
網代さんの年で独身なんてごろごろいる。
先頃結婚した西沢さんだって、三十五歳だ。

「なんか僕の行く末を悲観してるんだよな……」

はぁーっとまた、聞いているこっちまで憂鬱になりそうなため息を彼がつく。
少し前に転職したとはいえ、まっとうに社会人生活を送っている彼に悲観するような要素があるんだろうか。
もしかしてあれか。

「網代さんって失礼ながら、本当に失礼ながら、もしかしてゲ……」

「それはない」

言い切らないうちにぴしゃりと否定された。
いまは理解が進んでいるとはいえ、それでも息子がゲイとなれば悲観したくなる気持ちはわからなくもない。
しかし、違うとなれば本当になんで?

「あー、でも、違うと言い切れなくもないか……」

またしても網代さんの口からため息が落ちていく。
そろそろこのあたりにだけ、網代さんのついたため息で雲ができて雨でも降りそうだ。

「お待たせしましたー」

どういう意味ですか?と聞く前に頼んだパフェとコーヒーが運ばれてきた。
福岡産あまおうが贅沢にも一パック使われたパフェは非常に美味しそうだが、こんな状況だと堪能できそうになくて惜しい。

「ま、食べろよ」

「……いただきます」

勧められたのでスプーンを手に取る。
網代さんはなにも入れずにコーヒーをひとくち飲み、独り言のようにさっきの続きを話しはじめた。

「僕は、さ。
人を好きになったことがないんだ。
だから実はゲイだったとしても、さほど驚かない」

「人を好きになったことがないって、どういう意味ですか?」

なんとなくそれには、私自身にも思い当たる節がある。
彼ももしかして、私と同じなんだろうか。

「んー、なんだろうな。
好きだと言われて付き合ったことはあるが、友人と恋人の違いがわからなかった。
それですぐに別れたし、それに友人たちのどの子が好きかという話を聞いても、まったく共感できなかったな」

カップを口に運びながら、困ったように彼が笑う。

「僕は恋愛ができない体質なのかもしれない。
だから両親は僕の行く末を酷く心配している」

その言葉が私の胸に突き刺さる。
それは私自身の悩みそのものだったから。

「……私も一緒です」

それまでひたすら動かしていたスプーンを置く。

「友達の恋バナにまったくついていけませんでした。
千代子はお子様だからって笑われてましたし、だからだと自分でも思っていました。
……でも」

見上げると、レンズ越しに網代さんと目があった。
驚いているようなその瞳を見つめ、言葉を続ける。

「この年になっても初恋もまだだなんて、さすがにおかしいと思って」

少しでも疑似恋愛体験をして経験値を上げるべきでは?と乙女ゲーなんてやっているが、ヒロインの気持ちは少しもわからない。
やり過ぎて傾向と対策だけはバッチリになってしまい、架空の彼なら難なく落とせるが、現実は絶対に無理だ。

「私も、恋愛できない体質なのかもしれません」

恋ができない、私のコンプレックス。
同じ悩みを抱える人がこんなに近くにいるなんて、ちょっと嬉しい。

「市松も僕と一緒、か」

同じ気持ちなのか、コーヒーを飲む網代さんの口もとは緩んでいる。

「私たち、恋愛ができない同士ですね」

「そうだな」

ずっとひとりで苦しんでいかなきゃいけないのだと思っていた。
でもこれからは網代さんに相談できそうだ。

その後はこの体質故の失敗談や愚痴話をした。

「クラスの男子で誰が好き?とか聞かれても、誰にも興味がないわけですよ。
そもそもなんで、クラスの男子が好きな前提なんですかね?」

「あー、それわかるわー。
どの子が可愛いってどの子が好きかって意味かわからなくて、馬鹿正直に言葉どおり誰々が可愛いって答えてたら、僕がその子が好きってクラス中に広められて。
しかもその子もまんざらじゃないのか恋人面してきてさー。
あれは困ったわー」

いままで誰に言ってもわかってもらえなかった話が理解してもらえるのだ。
積もり積もっていた不満がどんどん出てくる。

「だいたい、恋愛しなくったって生きていけるっていうんだ」

「まったくもってそうですよ、余計なお世話です」

激しくうんうんと頷いた。
こんなにすっきりしたのは初めてだ。

「あー、市松とだったら話もあうし、一緒にいて楽しいんだけどなー」

話疲れて喉が渇いたのか、追加で頼んだオレンジジュースのストローを網代さんは咥えた。
私もパフェを食べ終わり、アイスティーが追加されている。

「……そうだ」

なにかを思いついたのか、彼が勢いよく顔を上げる。

「僕たち、付き合わないか?」

「……は?」

ご両親に紹介されたときと同じくらい、意味不明なことを言われて変な声が漏れた。

「いやだから、恋愛はできないって……」

「練習だよ、練習」

網代さんがなにを言いたいのかまったくわからない。
戸惑っている私をよそに、彼がさらに続ける。

「それっぽいことをやってみたら、そういう気持ちがわかるかもしれないだろ?
それにさっきも言ったけど、市松といるのは苦痛じゃなくて楽しいからいいと思う」

それはそう……なんだろうか。
乙女ゲーを散々やっても、少しも理解できなかったのに?
いや、しかし現実の男が相手となれば、なにかが違うのかもしれない。
さらに私も、あんなに敵視していた網代さんだけれど、今日は一気に気持ちが和らいだ。
相変わらず市松と呼ばれるのはムカつくが。

「あとさ、これでダメなら本当に恋愛できない体質なんだと諦めがつくだろ」

その点については同意できるかもしれない。
もしかしたらそういうシチュエーションになったことがないから、わからないだけという可能性も捨てきれないし。

「そう……ですね。
ありかもしれません」

もしそんな気持ちになれなかったとしても、こうやって網代さんと遊ぶのはいいと思うからこれはありだ。

「じゃあ、決まりだな。
これからよろしく、市松……じゃないな、千代子」

「こちらこそよろしくお願いします」

差し出された右手を握り返す。
こうして私は敵だった網代さんと、恋愛の練習として付き合うことになった。
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