網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 初めての……

8.

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店の脇から海岸に降りられるらしく、散歩して帰ることになった。

「今日は本当にありがとうございました」

誰もいない浜辺を、手を繋いで歩く。

「僕の方こそ、楽しかった」

波の音とさく、さくと砂を踏む足音が響く。

「デートってこんなに楽しいなら、またしてもいいですね」

「そうだな」

空には満天の星、満月の明るい光が私たちを照らしている。

「なあ」

唐突に足を止めた網代さんが、私を振り返る。

「デートの仕上げ、しないか」

「仕上げ、ですか?」

意味がわからなくて彼の顔を見上げた。
レンズの向こうからは怖いくらいに真剣な瞳が私を見ている。

「……キス、してみないか」

網代さんの手がそっと私の頬に触れる。
なにを言われているのかわからなくて、ぽけっと彼の顔を見ていた。

「……キス?」

っていったい、なんだっけ?
あたまがバグっているか、そんな簡単な言葉の意味が理解できない。

「そう、キス」

私を見つめたまま、網代さんは少しも視線を逸らさない。
私もまるで魅入られたかのように、そのオニキスの瞳をじっと見ていた。

「デートにキスはつきものだろ?」

そうなんだろうか。
いつもやっている乙女ゲーではどこでキスになっていたっけ?
考えようとするが、あたまは空回りばかりでなにも思い出せない。

「キス、していいか」

網代さんの顔って、こんなに綺麗だっけ?
なぜかそんな、変なことを考えた。
なんだかよくわからないが、今日は網代さんにとてもよくしてもらったし、彼がやりたいというならしてもいい。

「……いいですよ」

「……わかった」

その高い背を屈めて彼が顔を近づけてくる。
眼鏡の下で瞼が閉じられ、あの眼鏡は邪魔じゃないんだろうかと疑問が浮かんできた。
形のいい薄い唇が私の唇に軽く触れ、離れる。

「……キスするときは目を閉じれ、バカ」

瞼が開き、再び目があう。
ふっ、と薄く網代さんが笑い、爆発したんじゃないかという勢いで全身が熱くなった。

「じゃあ、帰るか」

「ソ、ソダネ」

言葉は片言になるし、踏み出した足はぎくしゃくしていた。
おかげで。

「あっ」

「大丈夫か?」

なんでもないところで躓いた私を、慌てて網代さんが支えてくれる。

「ダ、ダイジョウ……ブ」

さっきからばくばくとうるさい、自分の心臓の音ばかりが耳につく。
なんで網代さんはこんなに冷静なんだろう。

……キス、したのに。

そうだ、私は網代さんとキスしたのだ。
嫌とか気持ち悪いとかいうのはなく、むしろ……嬉しかった。
隣を歩く網代さんをちらり。
私はこんなにも胸が高鳴っているというのに、彼にはなんの変化も見られない。
それが酷く、悲しくなった。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

網代さんは家まで私を送ってくれた。
帰りの車の中ではなにを話したのかよく覚えていない。

――ただ。

「私は網代さんが好きなんだ」

買ってもらったペンギンのぬいぐるみを抱いてベッドに寝転ぶ。
キスして、やっと自覚した。
今日感じていたふわふわするようなむず痒いような変な感じは全部、私が彼を好きだからだ。
自覚すると同時に納得した。
恋ができない体質なんて嘘だ。
いままでずっと、そういう相手がいなかったからそういう気持ちになれなかっただけ。
友人たちの言う、「千代子はお子様だから」は案外的を射ていた。

「……でも」

網代さんはキスしてもいつもどおりだった。
私とは反対に彼は、本当に恋ができない体質なのかもしれない。
だとしたら私の初恋は実らないのだ。

「……最悪」

初めて好きになった人が、こんなに面倒な人だったなんて。
このまま、彼と恋人ごっこを続けてもいいんだろうか。
自分だけ気持ちを募らせていくのはただ、つらいんじゃないだろうか。

その反面、彼は誰も好きにならないのだという安心感はある。
私も好きになってもらえないが、誰のものにもならない。
それにいまの関係を続ければ、そこに恋愛感情はなくても恋人という立場でいられる。
それなら、――いまのままでいい。
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