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第3章 初めての……
7.
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来た道を少しもどって網代さんが車を入れたのは、海辺のレストランだった。
「綺麗な建物……」
仕事柄、ついそちらに目がいってしまう。
白亜の建物はまるで地中海にそびえる城のように美しい。
「ここ、夏音さんがデザインしたんだ」
「夏音さんが」
お店に入りながらついきょろきょろと辺りを見渡してしまう。
私が目標とする、夏音さんの手がけた建物なんて、隅から隅まで見学したい。
予約してあったみたいで、スムーズに席に案内された。
半個室で周囲が気にならないようになっている。
やはりコンセプトは地中海なのか、それ風の内装になっていた。
「素敵です」
壁は石灰岩風で床はテラコッタになっている。
真っ白の壁は目が痛くなりそうだが、適度に配置されたタイルがお洒落だ。
テーブルと椅子は紺だが、料理を損なわないように盤面は白。
「写真を。
写真を撮っていいですか!?」
「いいけど、注文してからな」
大興奮の私とは違い、網代さんはどこまでも平静だ。
半ば浮いていた腰を下ろし、メニューを広げる。
「料理はもう頼んであるから、飲み物だけな」
「はーい」
さほど飲めるわけでもないので、グラスワインをチョイスした。
網代さんはノンアルコールカクテルだ。
「では、写真を!」
「はいはい」
店員がいなくなり、速攻で携帯を手に立ち上がる。
しまったな、こんなことならカメラを持ってくるべきだった。
隅から隅まで写真を撮りたかったのに、すぐに店員が頼んだ飲み物を運んできて慌てて座る。
いなくなるまでそわそわとして待ち、また写真を撮りはじめる。
「水族館より生き生きしているな」
網代さんは苦笑いでカクテルを飲んでいた。
「そりゃ、もう!」
できれば店内全体とかも撮りたいけれど、営業中はご迷惑になるよね。
あとでトイレとかもチェックしなきゃ。
「気が済んだか?」
「はい」
思う存分、写真撮影してようやく落ち着いて腰を下ろす。
「網代さん、ありがとうございます!
夏音さんの手がけたお店に連れてきてくれて」
これはもう期待以上だ。
もし料理がまずかったとしても不満はない。
こんな素敵なお店でそんな料理だったら腹立たしいが、網代さんは恨まない。
「ここなら絶対、イッチーが喜んでくれると思ったんだよな。
よかった」
ふわっと溶けるみたいに網代さんが笑う。
その顔にまた、心臓が甘くとくんと鼓動した。
「……はい、嬉しいです」
居心地が悪いような、それでいて雲の上にいるかのようにふわふわする。
そんな変な気持ちに気づかれないように、俯いてちびちびとワインを飲んだ。
今日はなんだおかしい。
なんで私はこんなに、網代さんを意識しているんだろう。
料理も店のデザインを裏切らず、最高だった。
特に牛頬煮込みが。
「やわらかーい」
なんの抵抗もなくフォークがすっと入り、口の中でほろほろと崩れていく。
僅かに残る赤ワインの酸味がさらに、肉の味を引き立てる。
「美味しいな」
まだ口の中に入っていたので、うんうんと頷いて同意した。
網代さんもにこにこ笑っている。
美味しいものは人を笑顔にするって本当だな。
「ちょっとお手洗いに」
食事が終わり、そそくさと席を立ってトイレに向かう。
「トイレも素敵だ……」
掃除がしやすいようにか床はタイルになっていた。
テラコッタはお洒落だが、水分が染みる。
こんなところでは悪臭の原因になりかねない。
「ちゃんとそこまで考えてるんだ……」
バシャバシャとまた写真をとまくる。
不意にノックの音がして手を止めた。
次の人が来たのなら仕方ない。
「イッチー?
大丈夫か」
出ようとしたら外から声をかけてきたのは網代さんだった。
「……はい?」
ドアを開けたら、眼鏡の下で眉根をきつく寄せた網代さんが立っていた。
「どうかしたのか?」
「その、写真を撮ってて」
はぁっと彼の口から落ちたため息は、怒っているのか呆れているのかわからない。
「あんまり遅いからなにかあったんじゃないかと心配したんだぞ」
「……ごめんなさい」
心配させた。
せめてちゃんと、写真を撮ってくると伝えるべきだった。
それくらいわかっているだろうなんて、私の勝手な考えだ。
「別に怒っているわけじゃない」
俯いたあたまの上に彼の手がのる。
その手は柔らかく、わしゃわしゃと私の髪を撫でた。
胸が、どきどきする。
顔がほのかに熱い。
やはり今日の私はなんだか変だ。
「それで、満足できたか?」
顔を上げたら眼鏡越しに目があった。
けれどなぜかすぐに逸らされる。
「おかげさまで」
「そうか」
ちらりとだけ網代さんは私を見て、席に戻るように促した。
会計でちょっとだけまた揉めた。
「これくらい持たせろ」
「でも……」
もうすでに会計を済ませてあったのはいい。
でもこういうお店ならそれなりにしたはず。
「少しくらい僕に格好つけさせろよ」
ぺしぺしと軽く、網代さんからあたまを叩かれた。
「なら……ごちそうになります」
……網代さんのプライドってちょっと面倒くさい。
と思ったのは黙っておこう。
それにそういうところが可愛いとも思ったし。
「綺麗な建物……」
仕事柄、ついそちらに目がいってしまう。
白亜の建物はまるで地中海にそびえる城のように美しい。
「ここ、夏音さんがデザインしたんだ」
「夏音さんが」
お店に入りながらついきょろきょろと辺りを見渡してしまう。
私が目標とする、夏音さんの手がけた建物なんて、隅から隅まで見学したい。
予約してあったみたいで、スムーズに席に案内された。
半個室で周囲が気にならないようになっている。
やはりコンセプトは地中海なのか、それ風の内装になっていた。
「素敵です」
壁は石灰岩風で床はテラコッタになっている。
真っ白の壁は目が痛くなりそうだが、適度に配置されたタイルがお洒落だ。
テーブルと椅子は紺だが、料理を損なわないように盤面は白。
「写真を。
写真を撮っていいですか!?」
「いいけど、注文してからな」
大興奮の私とは違い、網代さんはどこまでも平静だ。
半ば浮いていた腰を下ろし、メニューを広げる。
「料理はもう頼んであるから、飲み物だけな」
「はーい」
さほど飲めるわけでもないので、グラスワインをチョイスした。
網代さんはノンアルコールカクテルだ。
「では、写真を!」
「はいはい」
店員がいなくなり、速攻で携帯を手に立ち上がる。
しまったな、こんなことならカメラを持ってくるべきだった。
隅から隅まで写真を撮りたかったのに、すぐに店員が頼んだ飲み物を運んできて慌てて座る。
いなくなるまでそわそわとして待ち、また写真を撮りはじめる。
「水族館より生き生きしているな」
網代さんは苦笑いでカクテルを飲んでいた。
「そりゃ、もう!」
できれば店内全体とかも撮りたいけれど、営業中はご迷惑になるよね。
あとでトイレとかもチェックしなきゃ。
「気が済んだか?」
「はい」
思う存分、写真撮影してようやく落ち着いて腰を下ろす。
「網代さん、ありがとうございます!
夏音さんの手がけたお店に連れてきてくれて」
これはもう期待以上だ。
もし料理がまずかったとしても不満はない。
こんな素敵なお店でそんな料理だったら腹立たしいが、網代さんは恨まない。
「ここなら絶対、イッチーが喜んでくれると思ったんだよな。
よかった」
ふわっと溶けるみたいに網代さんが笑う。
その顔にまた、心臓が甘くとくんと鼓動した。
「……はい、嬉しいです」
居心地が悪いような、それでいて雲の上にいるかのようにふわふわする。
そんな変な気持ちに気づかれないように、俯いてちびちびとワインを飲んだ。
今日はなんだおかしい。
なんで私はこんなに、網代さんを意識しているんだろう。
料理も店のデザインを裏切らず、最高だった。
特に牛頬煮込みが。
「やわらかーい」
なんの抵抗もなくフォークがすっと入り、口の中でほろほろと崩れていく。
僅かに残る赤ワインの酸味がさらに、肉の味を引き立てる。
「美味しいな」
まだ口の中に入っていたので、うんうんと頷いて同意した。
網代さんもにこにこ笑っている。
美味しいものは人を笑顔にするって本当だな。
「ちょっとお手洗いに」
食事が終わり、そそくさと席を立ってトイレに向かう。
「トイレも素敵だ……」
掃除がしやすいようにか床はタイルになっていた。
テラコッタはお洒落だが、水分が染みる。
こんなところでは悪臭の原因になりかねない。
「ちゃんとそこまで考えてるんだ……」
バシャバシャとまた写真をとまくる。
不意にノックの音がして手を止めた。
次の人が来たのなら仕方ない。
「イッチー?
大丈夫か」
出ようとしたら外から声をかけてきたのは網代さんだった。
「……はい?」
ドアを開けたら、眼鏡の下で眉根をきつく寄せた網代さんが立っていた。
「どうかしたのか?」
「その、写真を撮ってて」
はぁっと彼の口から落ちたため息は、怒っているのか呆れているのかわからない。
「あんまり遅いからなにかあったんじゃないかと心配したんだぞ」
「……ごめんなさい」
心配させた。
せめてちゃんと、写真を撮ってくると伝えるべきだった。
それくらいわかっているだろうなんて、私の勝手な考えだ。
「別に怒っているわけじゃない」
俯いたあたまの上に彼の手がのる。
その手は柔らかく、わしゃわしゃと私の髪を撫でた。
胸が、どきどきする。
顔がほのかに熱い。
やはり今日の私はなんだか変だ。
「それで、満足できたか?」
顔を上げたら眼鏡越しに目があった。
けれどなぜかすぐに逸らされる。
「おかげさまで」
「そうか」
ちらりとだけ網代さんは私を見て、席に戻るように促した。
会計でちょっとだけまた揉めた。
「これくらい持たせろ」
「でも……」
もうすでに会計を済ませてあったのはいい。
でもこういうお店ならそれなりにしたはず。
「少しくらい僕に格好つけさせろよ」
ぺしぺしと軽く、網代さんからあたまを叩かれた。
「なら……ごちそうになります」
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それにそういうところが可愛いとも思ったし。
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