網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4章 恋のできない人と恋をしてしまった人

4.

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recontreのデザインは、昼と夜の照明を変える方向から攻めたら、意外とすんなり出てきた。
社長にチェックしてもらったが反応もよく、早速木村さんに送る。

『とても素敵です!』

速攻でいい感想が返ってきて、顔がにやけそうだ。

『それでですね、家具を実際に見て一緒に選ぶとかできますか?』

大抵、選んだ家具をカタログで確認してもらう程度だが、たまにこういう人がいるから別に問題はない。

「いいですよ」

日にちの打ち合わせをして電話を切る。
こんなにすんなりいったのは網代さんのおかげだ。
そうだ、今日は食事に誘ってみよう。

「網代さん。
よかったら今日、食事に行きませんか?」

「んー?
むーりー」

私の方をちっとも見ず、パソコン画面を睨みながら彼が答える。

「ですよねー」

うっかりしていた。
今日は月末。
網代さんは非常に忙しい日なのだ。

うちの会社にだって事務兼経理の人間はいる。
しかしひとりなのでどうしても手が回らず、営業の人間が兼任していた。
なので月末、網代さんは忙しいのだ。

「わるいな、せっかく誘ってくれたのに」

網代さんの手はずっとキーを叩き続けている。

「いえ。
月末だって忘れていた私が悪かったです。
すみません」

「イッチーから誘ってくれたのは嬉しかったんだけどな」

手を止め、椅子をこちらに回して網代さんが私を見上げる。
眼鏡の向こうで目尻を下げてにっこりと笑う顔に、胸がきゅんと甘い音を立てた。

「その。
落ち着いた頃にまた誘います」

「そうしてくれ」

画面に視線を戻し、網代さんは入力を再開した。
邪魔しないようにそーっとその場を離れる。
言われてみれば、私から網代さんを誘ったのは初めてだ。
いままでなんだかんだ言いながら受け身だったのを反省した。
これからはもう少し、積極的にいきたい。
そうじゃないと……網代さんからもう飽きたから別れるとか言われそうだ。

定時になったが網代さんは今日、残業の模様だ。
手伝うとか言えたらいいんだろうけれど、事務と経理の処理はまったくわからない。

「……そうだ」

差し入れとかしたらどうだろう?
いい考えな気がして会社を出る。
コンビニへ向かいかけて足を止めた。
どうせなら、少しいいのがいい。
そう考え直してコーヒーショップへと足を向ける先を変更した。

コーヒーショップで列に並び、なんにしようかと考えながらはたと気づく。
今日、事務と経理の人間は全員、残業なのだ。
なのに網代さんの分だけ買っていったら他の人に悪いんじゃないだろうか。

「あー、うん」

小さく独り言を言い、いる人間を数える。
事務兼経理の永倉ながくらさん、網代さんを入れて営業が二人。
あとは末石すえいし専務。
それに自分の分を入れて、アイスコーヒーとドーナツを買った。
サンドイッチの予定からランクダウンだが、仕方ない。

「お疲れ様でーす」

会社に戻ったら、事務方の人間以外残っていなかった。

「イッチー、忘れ物でもしたのか?」

戻ってきた私を見て網代さんは不思議そうだ。

「差し入れ買ってきたので、一息つきませんか?」

「気が利くな」

網代さんが立ってきて、私が掲げた紙袋を受け取る。
わらわらと皆寄ってきて、中身が配られた。

「ひとつ余るけど……?」

「あ、私の分……です」

怪訝そうな永倉さんへ控えめに手を上げる。

「ああ、そういう」

……〝そういう〟ってどういう意味なんでしょうね……?

「和倉。
レシートはもらったか?」

ストローを咥えようとしたら末石専務から聞かれた。

「レシートですか?」

言われている意味がわからなくて、つい首が傾く。

「携帯払いしたので、ないですけど……?」

「なら、これで足りるか?」

さりげなく財布から五千円札を抜き、末石専務は渡してくれるが。

「え、いいですよ!
私が勝手にやったことですから!」

「いいから」

押し切られる形で受け取ったが、レシートがあったら経費扱いしてくれるつもりだったんだろうか。
やっぱりこの会社、一生ついていく。

「イッチーが差し入れしてくれるなんて思わなかった」

椅子を引っ張ってきて網代さんの横でドーナツを囓る。

「なんかそれ、酷くないですか?」

ぷーっと膨れたら、網代さんからむにっと頬を潰された。

「んー?
そんな可愛い顔するならキスするぞー?」

「……へ?」

私の頬をぷにぷにしながら網代さんは笑っているけれど……それはいったい?

じっと彼の顔を見ていたら、「ん?」と僅かに首が傾いた。
そこでぴたりと手の動きが止まり、見る見る赤くなっていく。

「あー、なんでも……ない」

ゆっくりと彼は、私から手を離した。

「そろそろ再開するかー」

立ち上がった末石専務の顔は少し赤い。
永倉さんからは目を逸らされたし、もう一人の営業はニヤニヤ笑っている。

……もしかして、いちゃついていると思われた?

傍目から見たら……そうなるか。
網代さんのあれはただ、私をからかっただけだよね。
わかっているけれど、本気でキスしたいって思ってくれいたらいいなー、とか期待してしまった。

皆が仕事を再開し、私もゴミを片付ける。
しかし、月半ばは暇そうなのに、なんで月末は残業しなければならないほど忙しいんだろう?
特に今月は大変そうだ。

「なんで毎月末、忙しいんですか……?」

私の言葉でその場にいた全員がはぁーっと重いため息をついた。

「……それはな」

代表するように網代さんが答えてくれる。

「月末の締め日ギリギリまで、皆が書類を出してこないからだ!」

うんうんと全員が頷く。

「デザインや設計が事務が苦手なのはわかるが、それで後回しにしてギリギリになって処理するだろ?
それが一気に今日、回ってくる。
だから、忙しい」

「うっ」

身に覚えがあるだけに胸が痛い。
私もよく、締め日になって書類を提出していた。

「イッチーは出してくるだけまだマシだ。
西沢さんとかこっちがせっつかないと処理すらしないからな。
しかも、先月分を今頃……!」

網代さんが固く握りしめた拳がぶるぶると震える。
それは……ご愁傷様です。

「そんなわけで月末は忙しい」

語り終わり、網代さんはまたキーを打ちはじめた。

「それはすみませんでした。
これからは早く出すように気をつけます」

「そうしてくれると助かる」

はぁーっとため息をついた網代さん……皆さんの疲労は濃かった。

「お先に失礼しまーす」

これ以上いても迷惑なので、そっと帰る。
そうか、私は毎月、ギリギリでも締め切りには間に合っているからいいかと思っていたが、そのあとの処理があるのだ。
これからは面倒くさがらずに、出せるもの早く出そう。
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