網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4章 恋のできない人と恋をしてしまった人

5.

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その日は木村さんと家具を見にきていた。

「こういうのを置いたらいいと思うんですが」

「いいですね!」

家具を見る木村さんの顔はキラキラ輝いている。
自分でイメージ画を描いたりしていたくらいだし、本当にこういうのが好きなんだろう。

今日は網代さんと三人ではなく、木村さんとふたりだ。
いつもは営業としての用がなくても、免許を持たない私の代わりに運転をしてくれる。
しかし今日は木村さんが俺が送り迎えしますよと提案してくれ、それに甘えさせてもらった。

会社が懇意にしている家具メーカーでいろいろ見てまわる。
いつもならだいたい、家具の打ち合わせはカタログで事足りる。
しかし木村さんは実物を見たがった。
こだわりの強い彼らしい。

「全部素敵で目移りしちゃいますね」

あれも、これもいいと木村さんはチェックしているが、店にカウンターはふたつもいらない。

「それよりもこういうカウンターがいいんじゃないかと思うんですが」

ダークブラウンのカウンターを指さす。
アンティーク調のそれは私のイメージとあっている。

「色は重いですが、デザインがシンプルなのでそこまで威圧感はないと思います」

内装はアンティーク調で攻めることになっている。
落ち着いていてなおかつ、女の子が好きなお姫様が住んでいそうな感じ。
ゴシックまではいかないが、それに近いイメージだ。

「盲点でした!
あまりゴテゴテしていると胸焼けしちゃいますもんね」

意見が分かれると面倒なところだが、木村さんは私の意見をよく聞いてくれる。
かといってイエスマンかと言えば、納得できないときは自分の考えを感情的にならず伝えてくれた。
クライアントとしては最高の相手だ。

「ソファーの色、まだ迷ってるんですよね……」

ソファーコーナーに移動しながら、木村さんは悩んでいる。

「今日は下見なので、まだ決定する必要はありませんから」

アンティーク調だとどうしても濃い色を選びがちだが、あえてアイボリーを提案させてもらった。
昼間は明るい店内のイメージだ。
しかし木村さんとしてはダークブラウンを押したいらしい。

「それはそうなんですが、やはり早く決めたいじゃないですか」

この店には彼の夢が詰まっている。
ずっと自分の理想のカフェを開くのが夢だったと教えてくれた。
そのために会社員をしながら料理やコーヒーについて学んだ。
誰もがうらやむ一流企業に勤めていて将来も約束されていたにもかかわらず、目標金額が貯まったからとすっぱり辞めたのは凄いと思う。
自分の納得できるコーヒーを求めて単身、ブラジルまで行くなんて私ならできない。

そんな、彼の人生をかけた店のデザインを任されている。
それはプレッシャーであるのと同時に、酷く誇らしかった。

とりあえず、私が選んでいるソファーを見てもらった。

「いいんです、が……」

実物を見ても木村さんの表情は浮かない。

「やっぱりがっつりアンティークのも見てみていいですか」

「はい、もちろんです」

私はこれがよくても、クライアントが納得していないのに強く勧めるのはよくない。

自分が思い描いているであろうラインのものを見ながら、それでも木村さんは悩んでいた。

「なんというか、これと和倉さんが選んだものの中間、みたいなのがあればいいんですが……」

中間って、薄い色ってこと?
いやいや、そんな単純な問題じゃない。
ふたりで首を捻りながらぐるぐると置かれたソファーの間を歩き回る。
私は当初の希望どおり店内を明るくしたいのでアイボリーのソファーを提案したが、クライアントは木村さんだ。
それに濃い色のソファーが悪いと思っているわけではない。
私だってその案も考えた。
いっそ、木村さんの希望どおりにした方がいいんじゃないか。
そんな結論にたどり着いたとき、ひとつのソファーが目に留まった。

「これはどうですか?」

「これってどうですか?」

声をかけたのは同時だった。
私たちの前にはダークブラウンの枠に、薄いベージュの革でできた座面を有するソファーが置かれていた。

「これなら店の中も明るくなりますし」

「アンティーク調も損なわずにいいですよね」

互いに顔を見あわせ、うんうんと頷く。
安易に妥協なんてしなくてよかった。

無事に家具も選び終わり、メーカーを出る。

「その。
今度、食事に誘ってもいいですか」

「え?」

どういう意味か計りかねて、運転する木村さんの横顔を見る。

「今日のお礼がしたいんです」

ああ、そういう意味なのかと納得した。

「お礼なんてそんな。
これが、仕事ですから」

仕事として当たり前のことをしたのに、お礼なんておこがましい。

「あー、言い方が悪かったな。
俺は和倉さんと食事がしたいんです」

それこそ、なにが言いたいのかまったくわからない。
私と、食事?
そんなことをしてなにが楽しいんだろうか。

「えっと……」

戸惑っていたら彼がさらに続ける。

「和倉さんとは趣味があうし、今日もとても楽しかったんです。
だから、もっと話がしたいな、……なんて」

彼は鼻のあたまを指先で掻いて照れているようだが……これはもしかして好意を向けられているんだろうか。

「迷惑、……ですか?」

ぽつりと落とされた声は快活な彼にしては珍しく、自信なさげだった。
それに、断るなんて悪い行為じゃないのかなんて気になってくる。

「その」

口を開いたものの、なにを言うべきなのかわからない。
迷っているあいだにはたと気づいた。
私には一応、網代さんという彼氏がいるではないか。

「付き合っている人がいるので。
すみません」

私の答えは間違っていない……はず、だ。

「なら、仕方ないですね」

振られたというのに、木村さんはさっぱりとした顔をしていた。
それで安心したものの。

「でも俺、諦めが悪いんです。
今度は違う方法でアプローチしますから、覚悟しといてくださいね」

「……え」

ちょうど会社の前に到着し、車が止まる。
ハンドルにもたれかかるようにして木村さんから顔をのぞき込まれ、たじろいだ。

「じゃあ、今日はこれで」

「……送っていただき、ありがとうございました」

私を降ろし、木村さんは投げキッスまでしてして去っていった。

「え?
は?」

ひとりになり、ようやく状況を把握した。
もしかして私は、面倒な人に好かれてしまったんだろうか。
しかも彼は押しが強そうなので、ぼーっとしていたらあっというまに食われそうだ。
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