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第2章 人間と獣
1.食べる準備
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首輪はつけられたが、ライオンは私を引きずるどころか綱すら握らずに私の前を歩いている。
私が逃げるとか思わないんだろうか。
まあ、私も逃げたところでどこに行っていいのかわからないけど。
「ここが俺の家だ」
連れてこられたのはアライグマや黒豹の家よりも明るく、立派な家だった。
「すまないな、決まりとはいえ首輪なんかつけて」
ライオンの手が身体に触れるだけでビクッ、と肩が跳ねる。
「怖いか? ……そうだよな、食われそうになったんだもんな」
私から首輪を外したライオンの目は、悲しみで満ちていた。
なにか言わなきゃ、とは思うものの、なにを言っていいのかわからない。
「まずは身体を洗え」
壁に立てかけてあった大きなたらいを軽々と抱えてライオンが床に置く。
次に手が、私が唯一纏っている布にかかった。
「や、やめろ!」
抵抗したら、ピタリとライオンの手が止まる。
「しかし、それを脱がなきゃ身体が洗えないだろうが」
確かにそうだけれど!
恥じらい、というものはあるわけで。
「まあいい」
「へ?」
ひょい、と軽く持ち上げられたらいの中に座らされたかと思ったら、頭上からだばーっ、と大量の湯が降ってきた。
「え?」
「そうだ、香草もあるんだった」
ライオンが指を振ると今度は、小さな花がついた草が落ちてくる。
「いいにおーい」
ひさしぶりの温かいお湯と、いい香りの草で一気に気が緩んだ。
「お気に召したんならよかった。
俺は少し外すから、そのあいだに身体を洗え。
臭いんだよ、お前」
「うっ」
すぐにライオンは出ていき、部屋にひとりになった。
纏っていた布を脱ぎ、それをタオルの代わりにして身体を擦る。
もちろん、こちらに来てから一度も風呂になど入っていない。
「シャンプーしたいけど、仕方ないか」
それでもお湯で洗っただけ、べたつく髪も少しはマシになった。
「少しは綺麗になったか?」
ライオンの声が聞こえ、慌てて布で身体を隠す。
けれど彼は少し開けたドアから手だけを出し、なにかを置いた。
「俺ので悪いが、着替えを置いとく。
終わったら声をかけてくれ」
ドアがバタンと閉まり、緊張を解く。
そろりとたらいから出て近づいたら、そこにはタオルらしき布とシャツが置いてあった。
身体を拭き、シャツを羽織る。
「……おっきい」
ライオンのシャツは私には大きすぎた。
でも、清潔なそれを身に纏えばようやく、人間に戻れた気がする。
「あの。
着替え、ました」
「そうか。
入るぞ」
ドアの外へ声をかけるとすぐに、ライオンの声が返ってきた。
中に入ってきた彼がてきぱきとたらいを片付ける。
「あの」
再び戻ってきた彼の前に膝をつき、あたまを下げた。
「なるべく痛くないように、お願いします」
食べられるなんて嫌だ。
でも最後とはいえ私を人間らしく扱ってくれた彼に食べられるなら、諦められる。
そのままの姿勢でそのときを待っていたら、はぁーっと大きなため息が落ちてきた。
「お前、なんで俺が身体を洗わせたと思ってる?」
「食べる準備、ですよね?」
臭いから食べたくない。
綺麗にして、いい匂いをつけて、美味しくいただく。
そのためだとばかり思っていた。
「……はぁーっ」
また大きなため息が落ちてきて、さすがに今度はあたまを上げた。
「俺はお前を食ったりしない。
いいから、こい」
ライオンは私の手を掴んだが、その鋭い爪が皮膚に当たらないように慎重だった。
連れてこられたのはいわゆるダイニングキッチンで、椅子に私を座らせる。
「ちょっと待ってろ」
かまどには火がついており、湯が沸いていた。
それでお茶らしきものを淹れ、カップを私の前に置く。
「腹は減ってないか」
「ええっと……」
――ぐうぅぅぅっ!
返事をするより早く、腹の虫が鳴く。
「あんなパンじゃ、腹は膨れないもんな」
くすくすと笑われ、顔が熱を持つ。
ライオンは棚から、焼き菓子を出してくれた。
「食え」
「……いただきます」
そろりと手を伸ばし、ひとつ摘まむ。
さくりと軽い歯触りのそれは、優しく甘かった。
「美味しい……!」
それでなくてもまともな食べ物はここへ来て初めてだ。
手は止まることなく休みなく次々に口へお菓子を運ぶ。
貪るように食べている私を、ライオンはお茶を飲みながら黙って見ていた。
「おなか、いっぱい……」
「そりゃよかった」
お風呂に入って身体はさっぱりし、美味しいものでお腹もいっぱいとなれば、次は当然、眠くなってくるわけで。
しかもライオンはどうしてか、私に危害を加える気がなさそうとなると。
「ふぁーぁ……」
つい大きなあくびが出て、慌てて口を閉じた。
「眠いのか?
そりゃ、そうだよな。
あんなところじゃまともに眠れなかっただろうしな」
立ち上がったライオンが、私の横で跪く。
「のれ。
ベッドまで運んでやる」
「……あ、いえ。
自分で……」
とか言いながらもさっきから、落ちてくる瞼に抵抗するのが大変だ。
身体はあたますらまともに支えられず、ぐらぐら揺れている。
「そんな状態じゃ危ないだろうが」
「……いえ、そんな……」
「おい!」
あ、ヤバい、と思うのと、ライオンが大きな声を出したのは同時だった。
身体がぐらりと大きく揺れ、椅子から落ちる。
でも痛みはなく、もふもふが私を包み込む。
「もふもふ、癒やされる……」
そのまますーっと、意識は消えていった。
私が逃げるとか思わないんだろうか。
まあ、私も逃げたところでどこに行っていいのかわからないけど。
「ここが俺の家だ」
連れてこられたのはアライグマや黒豹の家よりも明るく、立派な家だった。
「すまないな、決まりとはいえ首輪なんかつけて」
ライオンの手が身体に触れるだけでビクッ、と肩が跳ねる。
「怖いか? ……そうだよな、食われそうになったんだもんな」
私から首輪を外したライオンの目は、悲しみで満ちていた。
なにか言わなきゃ、とは思うものの、なにを言っていいのかわからない。
「まずは身体を洗え」
壁に立てかけてあった大きなたらいを軽々と抱えてライオンが床に置く。
次に手が、私が唯一纏っている布にかかった。
「や、やめろ!」
抵抗したら、ピタリとライオンの手が止まる。
「しかし、それを脱がなきゃ身体が洗えないだろうが」
確かにそうだけれど!
恥じらい、というものはあるわけで。
「まあいい」
「へ?」
ひょい、と軽く持ち上げられたらいの中に座らされたかと思ったら、頭上からだばーっ、と大量の湯が降ってきた。
「え?」
「そうだ、香草もあるんだった」
ライオンが指を振ると今度は、小さな花がついた草が落ちてくる。
「いいにおーい」
ひさしぶりの温かいお湯と、いい香りの草で一気に気が緩んだ。
「お気に召したんならよかった。
俺は少し外すから、そのあいだに身体を洗え。
臭いんだよ、お前」
「うっ」
すぐにライオンは出ていき、部屋にひとりになった。
纏っていた布を脱ぎ、それをタオルの代わりにして身体を擦る。
もちろん、こちらに来てから一度も風呂になど入っていない。
「シャンプーしたいけど、仕方ないか」
それでもお湯で洗っただけ、べたつく髪も少しはマシになった。
「少しは綺麗になったか?」
ライオンの声が聞こえ、慌てて布で身体を隠す。
けれど彼は少し開けたドアから手だけを出し、なにかを置いた。
「俺ので悪いが、着替えを置いとく。
終わったら声をかけてくれ」
ドアがバタンと閉まり、緊張を解く。
そろりとたらいから出て近づいたら、そこにはタオルらしき布とシャツが置いてあった。
身体を拭き、シャツを羽織る。
「……おっきい」
ライオンのシャツは私には大きすぎた。
でも、清潔なそれを身に纏えばようやく、人間に戻れた気がする。
「あの。
着替え、ました」
「そうか。
入るぞ」
ドアの外へ声をかけるとすぐに、ライオンの声が返ってきた。
中に入ってきた彼がてきぱきとたらいを片付ける。
「あの」
再び戻ってきた彼の前に膝をつき、あたまを下げた。
「なるべく痛くないように、お願いします」
食べられるなんて嫌だ。
でも最後とはいえ私を人間らしく扱ってくれた彼に食べられるなら、諦められる。
そのままの姿勢でそのときを待っていたら、はぁーっと大きなため息が落ちてきた。
「お前、なんで俺が身体を洗わせたと思ってる?」
「食べる準備、ですよね?」
臭いから食べたくない。
綺麗にして、いい匂いをつけて、美味しくいただく。
そのためだとばかり思っていた。
「……はぁーっ」
また大きなため息が落ちてきて、さすがに今度はあたまを上げた。
「俺はお前を食ったりしない。
いいから、こい」
ライオンは私の手を掴んだが、その鋭い爪が皮膚に当たらないように慎重だった。
連れてこられたのはいわゆるダイニングキッチンで、椅子に私を座らせる。
「ちょっと待ってろ」
かまどには火がついており、湯が沸いていた。
それでお茶らしきものを淹れ、カップを私の前に置く。
「腹は減ってないか」
「ええっと……」
――ぐうぅぅぅっ!
返事をするより早く、腹の虫が鳴く。
「あんなパンじゃ、腹は膨れないもんな」
くすくすと笑われ、顔が熱を持つ。
ライオンは棚から、焼き菓子を出してくれた。
「食え」
「……いただきます」
そろりと手を伸ばし、ひとつ摘まむ。
さくりと軽い歯触りのそれは、優しく甘かった。
「美味しい……!」
それでなくてもまともな食べ物はここへ来て初めてだ。
手は止まることなく休みなく次々に口へお菓子を運ぶ。
貪るように食べている私を、ライオンはお茶を飲みながら黙って見ていた。
「おなか、いっぱい……」
「そりゃよかった」
お風呂に入って身体はさっぱりし、美味しいものでお腹もいっぱいとなれば、次は当然、眠くなってくるわけで。
しかもライオンはどうしてか、私に危害を加える気がなさそうとなると。
「ふぁーぁ……」
つい大きなあくびが出て、慌てて口を閉じた。
「眠いのか?
そりゃ、そうだよな。
あんなところじゃまともに眠れなかっただろうしな」
立ち上がったライオンが、私の横で跪く。
「のれ。
ベッドまで運んでやる」
「……あ、いえ。
自分で……」
とか言いながらもさっきから、落ちてくる瞼に抵抗するのが大変だ。
身体はあたますらまともに支えられず、ぐらぐら揺れている。
「そんな状態じゃ危ないだろうが」
「……いえ、そんな……」
「おい!」
あ、ヤバい、と思うのと、ライオンが大きな声を出したのは同時だった。
身体がぐらりと大きく揺れ、椅子から落ちる。
でも痛みはなく、もふもふが私を包み込む。
「もふもふ、癒やされる……」
そのまますーっと、意識は消えていった。
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