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第2章 人間と獣
3.庭に潜む危険
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――チリリン。
不意に、鈴の音が聞こえてきて辺りを見渡す。
部屋の隅の置かれているベルが、風も吹いていないのに鳴っていた。
「すまん、依頼人が来たみたいだ。
ちょっと行ってくるが、お前は好きにしていい。
……あ、好きにといっても家から絶対に出るなよ!
庭にもな!」
「あ、はい……」
慌ただしくそれだけいい、レオンさんは部屋から出ていった。
「好きにしていていいとか言われても……」
朝食を食べた食器はそのまま桶に入れておいてある。
あれを洗っておかないと怒られるなんてことはないだろうか……?
「……水」
水道は見当たらなかった。
代わりに、大きく開けられた窓の外には井戸が見える。
「庭にも出るなとは言われたけど……」
すぐそこのあそこへ行って戻るだけでなにかあるんだろうか。
「言われたことを破るのはな……」
しかし、やる仕事が目の前にあるのにやらない人間はクズだ、と散々上司から怒鳴られてきた身としては、この皿を置いたままにしておくのは非常に怖い。
「さっと行って戻ってくれば問題ないよね!」
なんてけっこう軽い気持ちで、庭に出るドアを開けた。
ダッシュで井戸まで向かう。
釣瓶ではなく、柄のついたバケツが置いてあった。
それもそのはずだろう、水面まで一メートルもない。
「よし、と」
持ってきた桶に水を汲む。
燦々と日が降り注ぎ、花が咲き乱れる中に蝶々が飛んでいる庭はのどかだった。
ここには私を食らう獣人がいるなんて忘れるほどに。
「よいしょ、と」
水の入った桶を持ち上げ、歩きだす。
行きと違って帰りは、よたよたとゆっくりだ。
「……人間のにおいがする」
小さく、ほんの微かに耳に届いた声で、ピタリと足が止まった。
スタートに向けて力を溜め込む、はー、はー、と荒い呼吸音が聞こえる。
瞬間、本能で身体が動いた。
ドアに向かって、一目散に駆けだす!
――ダン!
「……!」
強い衝撃とともにいきなり身体が、地面へ打ち付けられる。
ドアまでほんのあと少し。
助けを求めるように必死に手を伸ばすが、身体はびくとも動かない。
「……うまそう」
黒豹の恐怖が蘇り、身体が固まった。
私を押さえつける爪が、肩に食い込む。
ぼたぼたと涎が落ちてきて、生臭い吐息が次第に近づいてきた。
……私ってもしかして、少しでも幸せになっちゃいけないのかな。
そんな考えがあたまの中を流れていく。
「……なにしてるんだ、お前」
急に目の前が暗くなった。
大きな影が、私の身体を覆っている。
「チハルは俺のものだ。
人のものに手を出すのは犯罪だって決まってるだろうが!」
怒号とともに身体が軽くなった。
もう、私を捕らえるものはなにもない。
けれど私はそこから、動けずにいた。
――ドス!
――ガッ!
鈍い音が、聞こえ続けた。
「でもこいつ、首輪をしてねーじゃねーかよ!」
「それがどうした!
そもそも、人間を、二本足の動物を食うのは、禁忌だろうが!」
ライオンの咆哮が辺りに響き、次第に獣たちが寄ってくる。
そのうち、鋭い警笛まで響き、警官らしきライオンたちまでやってきた。
「何事ですか!」
「こいつがチハル……俺の……奴隷、を襲ったんだ」
警官のライオンへ、灰色の大型犬の獣人をライオンが引き渡す。
大型犬は自分の力で立てないほど、ぐったりとしていた。
「こい!」
大型犬が連れられていく。
それをただ、なんの感情もなく見ていた。
「この件はこちらで処理します。
しかし、奴隷に首輪をつけないのは感心しませんな」
「……申し訳ありません」
警官のライオンから注意を受け、ライオンは肩を落として申し訳なさそうに項垂れた。
警官たちがいなくなった途端、ライオンが私に駆け寄っていて、助け起こす。
「チハル、大丈夫か!?」
けれど私は思わず、彼から逃げようとしていた。
「チハル?」
「あっ、えっと、その。
……すみません」
ぎこちなく笑ってみせながらも、身体の震えが止まらない。
このライオンはレオンさんだ。
レオンさんは私を食べない。
わかっているのに恐怖が身体を支配する。
「……ああ、そうか。
そうだよな。
……おい、アプリコット!」
「なに、レオン!」
レオンさんに呼ばれ、灰色斑の垂れ耳うさぎが寄ってきた。
「悪いがチハルの怪我を見てくれないか?
俺じゃ、怖がらせてしまう」
「いいけど、この貸しは高くつくからね!
……ほら、立てる?」
垂れ耳うさぎ――アプリコットさんに支えられ、家に入る。
彼女はレオンさんの指示に従って私を寝室へ運び、肩の怪我を手当てしてくれた。
「本当は人間の手当てなんかするのは嫌なのよ。
でもレオンから頼まれたから」
ブツブツ言いながらも、包帯を巻いてくれる。
「その傷、けっこう深いから今晩、熱が出ると思うわ。
痛み止めと化膿止めの薬草を持ってくるから、おとなしく寝てなさい!」
終わると同時に、枕へ押さえつけられた。
うさぎのわりに、けっこう力が強い。
「その。
……ありがとう、ございます」
「わ、私は、人間なんか嫌いなんだからね!」
ビシッ! と私を指さして出ていった彼女を尻尾はピコピコ動いていたんだけど、……もしかしてツンデレなんだろうか。
「……失敗、したな」
こういう危険があるから、レオンさんは庭に出るのを禁止したんだ。
闇市が横行している、という話もしていたのに、気づかなかった自分が憎い。
「レオンさんに悪いこと、しちゃった」
あたまではわかっているのだ、彼は私を食べないのだと。
それでも、本能が恐怖を抱かせる。
しかも、襲われた直後だとさらに。
「ちゃんとあやまらなきゃ……」
私を襲った大型犬を半殺しにするほど、彼は本気で怒っていた。
それだけ、心配してくれたということだ。
不意に、鈴の音が聞こえてきて辺りを見渡す。
部屋の隅の置かれているベルが、風も吹いていないのに鳴っていた。
「すまん、依頼人が来たみたいだ。
ちょっと行ってくるが、お前は好きにしていい。
……あ、好きにといっても家から絶対に出るなよ!
庭にもな!」
「あ、はい……」
慌ただしくそれだけいい、レオンさんは部屋から出ていった。
「好きにしていていいとか言われても……」
朝食を食べた食器はそのまま桶に入れておいてある。
あれを洗っておかないと怒られるなんてことはないだろうか……?
「……水」
水道は見当たらなかった。
代わりに、大きく開けられた窓の外には井戸が見える。
「庭にも出るなとは言われたけど……」
すぐそこのあそこへ行って戻るだけでなにかあるんだろうか。
「言われたことを破るのはな……」
しかし、やる仕事が目の前にあるのにやらない人間はクズだ、と散々上司から怒鳴られてきた身としては、この皿を置いたままにしておくのは非常に怖い。
「さっと行って戻ってくれば問題ないよね!」
なんてけっこう軽い気持ちで、庭に出るドアを開けた。
ダッシュで井戸まで向かう。
釣瓶ではなく、柄のついたバケツが置いてあった。
それもそのはずだろう、水面まで一メートルもない。
「よし、と」
持ってきた桶に水を汲む。
燦々と日が降り注ぎ、花が咲き乱れる中に蝶々が飛んでいる庭はのどかだった。
ここには私を食らう獣人がいるなんて忘れるほどに。
「よいしょ、と」
水の入った桶を持ち上げ、歩きだす。
行きと違って帰りは、よたよたとゆっくりだ。
「……人間のにおいがする」
小さく、ほんの微かに耳に届いた声で、ピタリと足が止まった。
スタートに向けて力を溜め込む、はー、はー、と荒い呼吸音が聞こえる。
瞬間、本能で身体が動いた。
ドアに向かって、一目散に駆けだす!
――ダン!
「……!」
強い衝撃とともにいきなり身体が、地面へ打ち付けられる。
ドアまでほんのあと少し。
助けを求めるように必死に手を伸ばすが、身体はびくとも動かない。
「……うまそう」
黒豹の恐怖が蘇り、身体が固まった。
私を押さえつける爪が、肩に食い込む。
ぼたぼたと涎が落ちてきて、生臭い吐息が次第に近づいてきた。
……私ってもしかして、少しでも幸せになっちゃいけないのかな。
そんな考えがあたまの中を流れていく。
「……なにしてるんだ、お前」
急に目の前が暗くなった。
大きな影が、私の身体を覆っている。
「チハルは俺のものだ。
人のものに手を出すのは犯罪だって決まってるだろうが!」
怒号とともに身体が軽くなった。
もう、私を捕らえるものはなにもない。
けれど私はそこから、動けずにいた。
――ドス!
――ガッ!
鈍い音が、聞こえ続けた。
「でもこいつ、首輪をしてねーじゃねーかよ!」
「それがどうした!
そもそも、人間を、二本足の動物を食うのは、禁忌だろうが!」
ライオンの咆哮が辺りに響き、次第に獣たちが寄ってくる。
そのうち、鋭い警笛まで響き、警官らしきライオンたちまでやってきた。
「何事ですか!」
「こいつがチハル……俺の……奴隷、を襲ったんだ」
警官のライオンへ、灰色の大型犬の獣人をライオンが引き渡す。
大型犬は自分の力で立てないほど、ぐったりとしていた。
「こい!」
大型犬が連れられていく。
それをただ、なんの感情もなく見ていた。
「この件はこちらで処理します。
しかし、奴隷に首輪をつけないのは感心しませんな」
「……申し訳ありません」
警官のライオンから注意を受け、ライオンは肩を落として申し訳なさそうに項垂れた。
警官たちがいなくなった途端、ライオンが私に駆け寄っていて、助け起こす。
「チハル、大丈夫か!?」
けれど私は思わず、彼から逃げようとしていた。
「チハル?」
「あっ、えっと、その。
……すみません」
ぎこちなく笑ってみせながらも、身体の震えが止まらない。
このライオンはレオンさんだ。
レオンさんは私を食べない。
わかっているのに恐怖が身体を支配する。
「……ああ、そうか。
そうだよな。
……おい、アプリコット!」
「なに、レオン!」
レオンさんに呼ばれ、灰色斑の垂れ耳うさぎが寄ってきた。
「悪いがチハルの怪我を見てくれないか?
俺じゃ、怖がらせてしまう」
「いいけど、この貸しは高くつくからね!
……ほら、立てる?」
垂れ耳うさぎ――アプリコットさんに支えられ、家に入る。
彼女はレオンさんの指示に従って私を寝室へ運び、肩の怪我を手当てしてくれた。
「本当は人間の手当てなんかするのは嫌なのよ。
でもレオンから頼まれたから」
ブツブツ言いながらも、包帯を巻いてくれる。
「その傷、けっこう深いから今晩、熱が出ると思うわ。
痛み止めと化膿止めの薬草を持ってくるから、おとなしく寝てなさい!」
終わると同時に、枕へ押さえつけられた。
うさぎのわりに、けっこう力が強い。
「その。
……ありがとう、ございます」
「わ、私は、人間なんか嫌いなんだからね!」
ビシッ! と私を指さして出ていった彼女を尻尾はピコピコ動いていたんだけど、……もしかしてツンデレなんだろうか。
「……失敗、したな」
こういう危険があるから、レオンさんは庭に出るのを禁止したんだ。
闇市が横行している、という話もしていたのに、気づかなかった自分が憎い。
「レオンさんに悪いこと、しちゃった」
あたまではわかっているのだ、彼は私を食べないのだと。
それでも、本能が恐怖を抱かせる。
しかも、襲われた直後だとさらに。
「ちゃんとあやまらなきゃ……」
私を襲った大型犬を半殺しにするほど、彼は本気で怒っていた。
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