いつかあなたに食べられる日まで~元社畜女子はもふもふに癒やされる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 いつかあなたに食べられる日まで *

1.ひさしぶりの街

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その日、私はバルドゥルさんと一緒に街へ向かっていた。

「緊張していますか」

「それは……まあ」

馬車で向かいにあって座る彼に、ぎこちなく笑い返す。
獣人たちの前で人間の私が話すのだ。
緊張するなという方が無理だ。
しかも、私のスピーチにバルドゥルさんの選挙結果がかかっているとなると……昨晩は、ほとんど眠れなかった。

「その、本当に首輪をしなくていいんですか」

村を出る、というのに私は首輪をしていない。

「はい。
チハルさんは奴隷ではないので、首輪は必要ありません」

静かに、バルドゥルさんは頷くけれど。
人間の首輪は誰かの所有物であるという証明と共に、第三者に襲われない安全の保証でもあるのだ。
首輪なしで街へ行くのに、不安がないわけじゃない。

「信頼のおけるものたちに、チハルさんの護衛をお願いしてあります。
チハルさんの身の安全は私が保証しますよ」

「……わかりました」

私が安心するようにか、バルドゥルさんは微笑んでいる。
彼がそういうのなら間違いないのだろう。

「チハルさんが会いたいといった方々も宿に呼んであります。
スピーチのお礼、ではないですが、今晩はゆっくりされてください」

「ありがとうございます」

ひさしぶりに街へ行くのだからと、バルドゥルさんはアプリコットさんたちを呼んでくれた。
お別れも言わないまま村へ移ったので、心配……されていなかったらどうしよう、と不安だったが、バルドゥルさんの話ではそれなりに気にしてくれていたらしい。
よかった。

「……でも。
レオンには会えないんですよね……」

膝の上の布包みをそっと撫でる。

「……すみません」

すまなそうにバルドゥルさんが詫びてくれるが、悪いのは彼ではない。

「……どうしても外せない用事があるから、と」

「用事があるなら仕方ないです」

努めて、明るく笑ってみせる。
用事なんてきっと嘘だ。
ただ単に、私と会いたくないだけ。
会えば、また別れるのがつらくなる。
だから、会いたくない。
きっと、そんなところだろう。

「……直接、渡したかったんだけどな」

できあがった肖像画をレオンに渡しに行けたらと思っていた。
でも、それは叶わないらしい。

街は相変わらず、獣人の天下だった。
人間が過半数の村に住んでいると、なんだかこれが異常に見えてくる。
この世界ではこれが普通なのに。

先に、宿へ入った。

「今日、チハルさんの護衛を任せている獣たちを紹介しますね」

「……はい」

バルドゥルさんが紹介してくれたのは、同じライオンが二匹と、トラが一匹だった。

「……よろしくお願いします」

「はい。
我々もバルドゥルさんの考えに賛同する身です。
チハルさんをもちろん、お守りします」

代表するように、一番年嵩のライオンが胸を叩く。
それはとても頼もしいけれど。

「まだ早いですからね。
先に、食事にしましょう」

バルドゥルさんの合図で、料理が並びはじめる。
しかしながら目の前のバルドゥルさんはもちろんライオンで、さらに私の両脇にはライオン、さらにさらにその後ろにはトラだ。
こう、……圧が半端ない。
いや、守っていただいているのに申し訳ないけれど。

「……いただきます」

バルドゥルさんが定宿にしているところだ、程度はそれなりに上で不躾な視線を送ってくる失礼なものはいないが、それでもやはり注目を集めていた。

「どうかしましたか?」

不思議そうにバルドゥルさんの首が僅かに傾く。

「ええっと、……なんでもない、です」

曖昧に笑って誤魔化した。
圧は凄いが、これならよっぽどのことがない限り誰も手を出してこないだろう。

食後、支援者の方々が集まってくる。
ライオンの種族長選挙だからライオンばかりかと思ったら、肉食獣はもちろん、草食獣の皆さんもかなりいる。
それだけ、この選挙は注目されているということなんだろう。

あらかた揃い、打ち合わせがはじまる。

「紹介します。
私の村の学校で勉強を教えてもらっている、チハルさんです」

「初めまして」

支援者の方々が一気にどよめきだす。
こんな綺麗な人間は見たことがない、なんて声も聞こえるが……それはそうだよね。
奴隷は満足に身体も洗えないうえに、あの格好だもの。

「今日は打ち合わせどおり、チハルさんに演説をしてもらいます。
それで、皆さんにお願いがあります」

一度、バルドゥルさんが言葉を切る。
それで皆、静かになった。

「彼女の護衛は今日、彼らに任せてあります」

私の周りで、三匹が頷く。

「けれど、演説場所ではなにがあるかわかりません。
見てのとおり、彼女は人間で、首輪もしてません。
誰に襲われても、文句は言えない状態です。
しかし、私は彼女に首輪はしたくない」

――でも、危ないよな。

――安全のためなら、首輪をした方がいいんじゃないか。

そんな声が皆の間から上がってきた。
それをバルドゥルさんが手で沈め、また静かになる。

「彼女は私たちと対等な、一匹の獣です。
たとえ安全のため、しかもそれが一時でも、彼女に奴隷の証である首輪なんてしていいはずがない。
それにそれは、私の信条に反する。
なので、わかってほしい」

集まっている獣たちは、ばつが悪そうにバルドゥルさんから視線を外した。

「それで、皆さんへのお願いなんですが。
不測の事態に備え、皆さんにも演説場所では周囲に目を配ってほしいんです。
もちろん、彼らは優秀です。
それでも、なにがあるのかわかりませんので」

「わかりました、バルドゥルさんがそういうのなら!」

一匹の声を皮切りに、我も我もと賛同の声が上がる。
彼のカリスマ性と人望、といったところか。

「その。
よろしくお願いします!」

私も皆の前で勢いよくあたまを下げた。

「おう、任せとけ!
絶対にあんたを、襲わせたりしねぇ!」

猫のおじさんが一番に声を上げてくれた。
その声に皆、同意して頷く。
警備の面は彼らに任せておけば安心だ。
あとは私が、心を震わせられるような演説ができるか、だ。
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