いつかあなたに食べられる日まで~元社畜女子はもふもふに癒やされる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 いつかあなたに食べられる日まで *

2.私の思い

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演説場所は市場の前の広場だった。
人が集まる場所、でここなのはわかる。
けれど演説で立つ予定の場所からは――奴隷商の檻が見えた。

「……不愉快、ですか」

「それは……まあ」

さりげなく訊いてきたバルドゥルさんに答える。
相変わらず不衛生な檻、その中に入っている人間たちは皆、死んだ目をしていた。

「この演説は彼らにも聞いてほしいんです。
いまはつらくてもきっと、私が救ってみせる。
そう、彼らに私が誓うためにも」

「バルドゥルさん……」

こんなにも彼は、人間のことを考えてくれている。
絶対に、彼を選挙で勝たせなければ。

「そろそろ時間ですね」

事前に告知されていたので、広場には多くの獣が集まっていた。
ライオンのおまわりさんたちもそれとなく警備をしているようだ。
その中にピエールさんを見つけた。
向こうも私に気づいたらしく、目があう。
すぐに彼は手を振ってきた。

……覚えていて、くれたんだ。

嬉しくて私も、振り返す。
ぱーっと彼の顔が輝き、こちらに来ようとしたけれど。

「あ」

すぐに上司にどつかれ、耳を引っ張られてどこかへ連れていかれた。
たぶん、持ち場を離れるな、とか怒られたんだろう。

「相変わらず、っていうかさ……」

ついつい、苦笑いが漏れる。
でもおかげで、緊張が少し解けた。

準備してあった台の上に立つと、視線が集まった。
人間、しかも例の貫頭衣ではなく自分たちと同じ格好している。
さらに、首輪もしていない。
興味津々、といったところか。

見渡した広場には、ライオン種族長選挙、とあって、ライオンがやはり多い。
けれど、肉食獣も、草食獣もそれなりにいた。
肉食獣の中にはかなり危険な面持ちの獣たちもいる。
対抗馬の支持者、に違いない。
バルドゥルさんが当選してもし、闇市が駆逐されたら困るとか考えているのだろう。

ほんと、滅びてほしい。

私に首輪がないのを確認し、彼らは襲いかかる素振りを見せたが、私の周りを囲む強面肉食獣の面々に怯んだ。

小さく深呼吸して気持ちを落ち着け、口を開く。

「初めまして。
私はチハルといいます。
バルドゥルさんの村で、子供たちに勉強を教えています」

人間が勉強を!? と、一気に動揺が走る。
そうだよね、獣ですら、満足に読み書きもできないものが多いのだ。
なのに、人間が勉強を、しかも教えているだなんてびっくりしちゃうよね。

「えっと。
私はここではない、かなり遠くからきました。
そして、最初にたどり着いた村で、……奴隷狩りに遭いました」

あの日のことはいまでも思いだせる。
燃える村、逃げ惑う人々、追うシロクマ。
映画のロケかとも思ったけれど、現実だった。

「捕まえられ、檻に入れられ、奴隷商で奴隷として売られました。
奴隷商での食べ物は、かったい、ジャガイモ大のパンが一日一個です。
もうまずいし、けどそれを食べないと死ぬので食べます。
けれどそれだけなので、毎日お腹はぐーぐー鳴っていました」

お腹を押さえ、私が情けない顔をするので、笑いが僅かに起きる。
食べなきゃ死ぬ、だから食べる。
あんなものを食べなきゃいけないなんて、プライドは折れそうだった。
それもあって、無理でもいいように考えた。
それが、レオンに面白がってもらえたんだけど。

「最初に私を買ったのは、アライグマでした。
皆さんはご存じだと思いますけど、オスがメスの奴隷を買うのはそういう目的です。
私ももちろんさせられそうになりましたが、なぜか抵抗できて暴れたので、返品となりました」

首輪の魔法が効かなかった理由は、いまでもわからない。
それに、レオンが私に嫌々つけていた首輪は魔法自体かけていない、本当にただの首輪だったし。

「次に私を買ったのは、黒豹のオスでした。
アライグマは私に家事なんかさせましたが黒豹はもっと即物的で、家に着いた途端に押し倒し、……私を食べようとしました」

上着を脱ぎ、シャツの紐を解いて私の肩に広がる傷を露わにする。
それが見える、近くの獣が息を飲んだ。
それほどまでに醜い傷だから、これは。

「抵抗したのと、悲鳴を聞いておまわりさんが駆けつけてくれたので、なんとか死なずに済みました。
でも、簡単な治癒魔法で応急処置をしただけでまた、奴隷商の檻に戻されたので、死ぬかと思いましたけど」

視界の隅に、連れ去られていく狼が見えた。
大丈夫、支援者の方もおまわりさんもいる。
私は、安全だ。

「何度も出戻ってくる私は、闇市で肉に、なんて話が出ていました。
あーあ、この噛めば噛むほど味がなくなっていくまっずいパンを食べられるのも、あと何回かな。
なんて考えていたら、一匹のライオンのオスが私を買ってくれました」

本当に運がよかっただけだ、あれは。
もし、あと一日二日、レオンとの出会いが遅ければ、私は肉になって売られていた。
それほどまでにあのときは、切羽詰まっていたのだ。

「私は彼も、私を食べるために買ったのだと思いました。
けれどライオンは私の綱を引っ張って無理矢理歩かせたりしませんでしたし、家でお風呂にも入れてくれました。
なので、そんなに優しくしてくれるライオンになら、食べられてもいいと覚悟を決めたんですが……」

相手はライオンだったが、初めて人間らしく扱ってもらえたのが嬉しかった。
だから、レオンになら食べられてもいいと思った。
それはいま……。

「彼は、私を食べないと約束してくれたどころか、対等の獣として扱ってくれました。
幸せでした、仲良くしてくれる獣の皆さんもたくさんいて。
でも同時に、人間は奴隷として売られ、もしかしたら肉になって闇市に並ぶかもしれないのに、私ひとりだけがこんなに幸せでいいのかと罪悪感でいっぱいだった」

怖かった、自分が幸せになるのが。
でも、アプリコットさんに自分が幸せじゃないのに周りも幸せにできるはずがない、っていわれて、目が覚めた。
それでも、ライオンと付き合う不安は消えなかったが。
それでも私は、……幸せ、だったのだ。

「一緒に暮らしていたライオンの都合で、いまはバルドゥルさんの村で暮らしています。
村では、人間と獣が仲良く、対等に生活しています。
それこそ、理想の世界だと思った」

人間も、獣も、幸せそうに見えた。
けれど、本当はあんな闇を抱えていたなんて、私は知らなかったのだ、初めは。

「私の生徒に、マークスという子がいます。
マークスの親は元奴隷で、いつまでたっても獣にされた酷いことが忘れられません。
そのせいで、獣を憎んでいました。
村には彼のように、奴隷時代に受けた傷がいまだに癒えない人間がいます。
奴隷はつらいです、私も経験したからわかります。
彼らの傷は深すぎて、いつまでたっても癒えないんです。
でも、もし人間も獣と対等だったら?」

民衆からの答えはない。
そもそもにおいて、人間が自分たちと同じ立場だとか考えられないのかもしれない。

「マークスは親とは違い、獣は自分と同じ人間だといいます。
人間はもちろん、彼は獣が困っていても助けようとします。
というか、学校の子供たちには、獣だとか人間だとかいう垣根がありません。
互いが互いを補い、仲良くやっています」

信じられない、なんて声がそこかしこで上がっている。
そうだよね、街に住んでいたらわからないよね。
ここでは人間が奴隷って当たり前だもの。

「私は子供たちを見ていて、人間と獣は仲良くできると確信しています。
そもそも私が街で暮らしていたとき、私を理解し、仲良くしてくれた獣はたくさんいました。
少しでいい、人間に優しくしてください。
きっと人間は、貴方のよき友人になると思います」

奴隷が売られる街では難しいのはわかっている。
それでも、それがおかしいと少しでも気づいてくれたら。

「ちなみにマークスはいま、諸事情あってネズミの家族と暮らしています。
奴隷としてではなく、家族として、です。
今後、こういう家庭が増えていけば素敵だな、と私は思います。
……長々と私の話を聞いていただき、ありがとうございました」

あたまを下げたけれど、拍手はまばらにしか起こらなかった。
それもそうだろう、彼らには理解しがたい話なんだから。
それでも、彼らの中になにかが残ればいい。
それが、バルドゥルさんの話の理解へと繋がる。
私はそもそも、そのための布石だ。

「この、人間風情が!」

あたまを上げた瞬間、怒号が響いてくる。
三匹のライオンが獣たちの制止を振り切り、私の前へと躍り出た。
振りあげられる鋭い爪と、大きく開けられた口からのぞく牙に、固まった。

「伏せて!!」

警護のライオンが、私を隠すように覆い被さる。
広場からはキャーッ、と鋭い悲鳴が上がった。

衝動と共に、ガツ、ゴツ、と鈍い音が聞こえてくる。
地面に伏している私からはなにも見えなかった。

「もう、大丈夫ですから」

ようやく助け起こされたときには、私を襲ったライオンはボコボコにされておまわりさんに連れていかれていた。

「お怪我はないですか」

「おかげさまで……って、貴方の方が怪我してるじゃないですか!」

私を庇ったせいで彼の服は破れ、血が滲んでいる。

「これくらい、なんでもありません。
魔法ですぐに治りますからね」

怪我をしているというのにライオンは私を気遣いながら壇上から下ろした。
反対に今度は、バルドゥルさんが上がる。
これくらいは想定内なので、演説が中止になったりしない。
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