いつかあなたに食べられる日まで~元社畜女子はもふもふに癒やされる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 いつかあなたに食べられる日まで *

3.……レオン?

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「どうしますか?
先に宿に戻りますか?」

ライオンの傷は仲間の治癒魔法ですぐに治った。

「できれば、バルドゥルさんの演説を聴きたいんですが……。
あ、でも、さっきみたいな危険がありますよね。
宿に帰ります」

私の危険はもちろんだが、それでまた私を守って彼らが怪我をするのは申し訳ない。

「いえ。
一番危険な獣はあれでいなくなったと思います。
それにこのとおり、我々がチハルさんをしっかり警護しますからね。
大丈夫です」

任せろ、とばかりにライオンが胸を叩く。
他の二匹も頷いた。

「なら、お言葉に甘えて」

会場の隅で彼らに囲まれて立つ。
なんかこう、……安心感がある。

「皆さん、お静かに。
彼女は無事です」

いまだに落ち着かない民衆へバルドゥルさんが声をかける。
手で私をさすので、私も大丈夫だと笑って手を振ってみせた。

「いま、彼女が襲われるのを見て、どう思いましたか?
当たり前?
仕方ない?
それとも……可哀想?
やめてほしい?」

彼の問いで会場がしん、と静まりかえる。

「人間にとってこれが、日常茶飯事なのです。
いつ、襲われて食われるかわからない。
人間同士で寄りあい、村で暮らしていても奴隷狩りに遭う。
襲われないためには奴隷になるしかないですが、奴隷のつらさについてはチハルさんが語ったとおりです」

酷い、可哀想、なんて声がちらほらと聞こえる。
持てるものの同情かもしれない。
それでも、そんな感情を抱いてもらえているだけ、いい。
話を変えるように、バルドゥルさんは小さく咳払いし、また口を開いた。

「ここにお集まりの皆さんはほぼ全員、獣人です。
この街に暮らしている獣も、ほとんどが獣人です。
一部の、奴隷である人間を除いて。
けれど、私の村では人間が過半数を占めている、というと驚かれるでしょうか」

当然ながら、どよめきが起こる。
そんなに大量の人間を飼っているのか、なんて声まで聞こえた。
それに少しのあいだ耳を傾け、静かになってきた頃にスピーチを再開する。

「彼らはこの街にいる人間とは違い、自由に暮らしています。
私はもちろん、誰の命令にも従う必要はありません」

民衆を戸惑わせたまま、バルドゥルさんの演説は続いていく。
中には、面白がってヤジを飛ばす人間もいたが、彼は気にしない。
反対派が暴れる素振りを見せると、おまわりさんが動きよりも早く、周りの肉食獣に押さえられた。
次第に、その話に皆がのめり込んでいく。
奴隷商の檻の中にいる人間ですら、耳を傾けているようだった。

「神様は初めに、二本足の獣を作りました。
初めの番が増やしたのが、私たちです。
人間も同じく。
人間は魔法が使えないと私たちに比べて不出来かもしれませんが、間違いなく私たちの兄弟なのです。
ならばどうして、同じ兄弟を差別し、迫害し、あまつさえ食らうなんてことをしていいのでしょうか」

バルドゥルさんが皆に訴えかける。
その声は少なくとも、私の心には響いた。
きっと、他の獣の一緒だと信じている。
だからこそ、いま、こんなに静まりかえっているはずだ。

「私はチハルさんと同じく、獣と人間が対等に、笑いあって暮らせる世界がきっと実現できると信じています」

ふと、視線を感じてそちらを見る。

「……レオン?」

けれど彼は私と目があった途端、しまったという顔をして背中を向け、去っていく。

「待って、レオン」

無意識に、身体が動いた。

「チハルさん、いけない」

護衛のライオンがなにか言っているが、耳には入らない。
ただ、夢中で彼を追いかけた。

「レオン、待って。
レオン」

「チハルさん、待ってください!」

「レオン、レオン」

獣たちの波をすり抜け、レオンを追う。

「レオン、どこ……?」

気がついたら、ひとりになっていた。
見渡しても、レオンどころか護衛のライオンたちもいない。
身体の大きな彼らは大勢の獣たちの中から抜け出るのに手間どい、私を見失ったのだろう。

「レオン……」

そこまで、私を避けるんだ。
理由は薄々わかっていても、胸が痛い。
すっかり意気消沈し、広場へ戻る。
きっと護衛のライオンたちは今頃、パニックになっているだろう。

「……おい。
人間だぜ」

じゅるり、そんな涎の音さえ聞こえてきそうな声で、びくりと身体が震えた。
けれどかまわずに、足早にその場を去ろうとする。

「首輪、してないぜ」

「襲われても文句言えないよな」

ひそひそ、ひそひそ、あっというまに声が私を取り囲む。
逃げるように足を速めたけれど。

「お前。
さっき広場で演説してた、生意気な人間だろ」

「あっ」

――ドサッ!

乱雑に腕を引っ張られ、地面に転がった。

「は、離して!」

私の腕を掴む、トラから放れようと抵抗する。
けれどトラの手は緩まない。

「暴れるな。
おとなしくしないのなら、手足をもぐぞ。
まあ、多少の値段は落ちるが、問題はないしな」

その気だと証明するかのように、トラが私の両腕を掴み、引っ張った。

「ギャーッ!」

途端に、喉の奥から悲鳴が迸る。

「お、おとなしくするから、は、離して」

「最初から素直に、そうしとけばいいんだ」

そういいながらトラは、私の片腕を掴んで引きずっていく。
それを見ても周りの獣はなにも言わない。
反対に目を逸らし、やっかいごとには関わりあいたくないようだった。

そのうち、風景ががらりと変わる。
ところどころ、水たまり……にしてはどす黒いものが溜まった、湿った地面。
断続的に聞こえる悲鳴。
酷い、腐臭すらもした。

「入ってろ!」

「あっ!」

乱雑に檻へ放り込まれる。
そこは奴隷商の檻と違い酷く狭く、立てないどころかかろうじて膝を抱えて座れる程度の空間しかなかった。

「……心配、してるよね」

迂闊、だったとは思う。
いくらレオンの姿が見えたからといって、護衛とはぐれてまで彼を追うなんて。
護衛のライオンたちも、バルドゥルさんも今頃、必死になって私を探しているに違いない。
こんなふうに迷惑をかけるなんて、情けなさすぎる。

「……どう、なるんだろう」

膝を抱えて丸くなる。
ここが、闇市だというのはもう理解していた。
きっと、食べられる。
それだけは、わかる。
ただ、その手段はなにか、ということだ。

「……せめて、苦しまないようにしてほしいな」

屠殺場では家畜に電気ショックを与えて気絶させ、そのあと一息にその命を絶つのだと聞いた。
それはそれで苦しんだろうが意識がないあいだにとどめを刺されるのだ。
食われるよりはずっとマシだ。
せめて、それと似たようなシステムで……とか思ったけれど、聞こえてくる悲鳴からして、どうも違うようだ。

「……私の命も、ここまでか」

ポケットから小さな額縁を取りだす。
そこにはあの日、レオンと交換した花の指環と共に彼の肖像画が入れてあった。

「せめて、食べられるならレオンがよかったな……」

きっと、レオンに食べられるのなら、私は……。
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