子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第4章 極悪上司と妻の想い出

4.私の向こうにいる人

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手際よく料理を進めていく。
京塚主任はああでもない、こうでもないと、試行錯誤しながら飾り付けをしていた。

「暑くないか」

冷蔵庫を開け、中からお茶の入ったボトルを出してふたつのコップに彼は注いだ。

「星谷も喉、乾くだろ」

「ありがとございます」

手を止めてコップを受け取る。

「飾り付けって案外、難しいのな」

京屋主任の手が伸びてきて、揚げたての唐揚げをひょい、と摘まむ。

「やっぱうまいな」

「あー、つまみ食い!!」

「いいだろ、そんだけあるんだから」

ニヤニヤと笑いながら、彼はごくごくとお茶を一気飲みした。

「よくないです、よく!」

「おお、こえー」

私は怒っているのに、彼はなぜか楽しそうだ。

「透子からもよく、そうやって怒られたな」

ふっ、と彼が、私の向こうに別の人を見る。

「さーて。
続きをやるか!」

組んだ手を前に伸びをし、首を何度か左右に曲げて彼はリビングへ戻っていった。

……ここには。
奥さんの記憶がたくさん詰まっている。
そんなところへ、私がのこのこと入ってよかったんだろうか……?

そのあとも飾り付けをしながら、京塚主任はちょいちょい私に話しかけた。

「なんか、そこに誰かが立って料理してるのって、透子が戻ってきたみたいだな」

「……」

そんなことになんと答えていいのかわからない。
さらに、高いところにあるお皿が取れずに苦労していたら。

「透子もさ。
背が低くてこの棚、手が届かなかったんだよな」

簡単にひょい、と目的の皿を取り、渡してくれた。

「んで俺がこうやって取ってやったら、自分で取れるのにー! って怒るのが可愛くて。
……ん?
星谷は怒らないのか?」

不思議そうに首を傾げ、眼鏡の向こうで目を細めて私の顔をのぞき込む。
その顔はとても幸せそうだけれど。

「……いえ」

受け取ったお皿を置き、料理を盛り付ける。
さっきから京塚主任はなにかと私を見つめているけれど、彼が見ているのは私じゃない。

――透子さん、だ。

「それにしてもオマエ、よくこんなの作れるなー。
杏里が三つのときもこうやって飾り付けして誕生会したけど、俺、満足に輪っかも作れなくて。
不器用すぎるって透子は笑っていたな」

「……」

「透子はほんと、器用でさー。
杏里の服もよく作ってたんだぞ?
杏里も気に入って着ていたし。
さすがにもう、小さくなって着られないが」

「……」

京塚主任の、透子さんとの思い出話は続いていく。
それが、悪いことだとはいわない。
でもそうやって思い出しながら、私を通して透子さんを見ている彼にイラついた。
しかも、名前が「とうこ」と私と同じなだけに。

「そういや、透子が……」

「……見て」

「なんか言ったか?」

手を止め、彼が怪訝そうに私を見る。

「いない透子さんじゃなく、私を見て!
いま、ここにいるのは私なんですから!」

言い切った途端、後悔が押し寄せてくる。
私はいったい、なにを。

「星谷?
オマエ……」

「……帰ります」

火を止め、乱雑に外したエプロンをバッグに突っ込んだ。

「……すみません」

「おい、星谷!」

京塚主任は立ち上がったけれど、置いてあったガーランドに足を取られてバランスを崩した。
その隙に、家を飛び出る。
そのまま、あとも見ずに駅への道を急いだ。

「……最低だ、私」

いまだに結婚指環を外さず、奥さんを愛し続けている京塚主任が好きだ。
でも、透子、透子、と私を透かして奥さんを見ている彼に我慢ができなかった。

ホームでベンチに座り、ぼーっとしていた。
電車が到着したけれど、乗らずにやり過ごす。

「……待ったって、無駄なのに」

心のどこかで、京塚主任が追ってきてくれるのを期待していた。
でも、彼にとって大事なのは私じゃない、杏里ちゃんだ。
彼女の誕生会を放って、来てくれるわけがない。

「……はぁっ」

次の電車が到着し、重い腰を上げて乗る。
けれどいま、帰ってひとりになる気にはなれない。
それこそ、ドツボにはまってしまいそうで。

携帯を出してみたら、京塚主任からLINEが入っていると通知が上がっていた。
理由を問いただされても困る。
ましてや、戻ってきてほしいなどと言われても、戻る気はなかった。
既読にすらせず、美空とのトーク画面を選び、文字を打ち込んでいく。

【いまから行ってもいい?】

美空のマンションの最寄り駅まであと一駅。
返信がなかったら行くだけいってみてもいい。

【いいけど。
どうした?】

電車が減速をはじめた頃、メッセージが上がってくる。
時間がないからサンキューとだけスタンプを貼り、電車を降りた。
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