子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 極悪上司と結婚指環

6.かけた情けに襲われる

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お昼は今日もコンビニへ弁当を買いに行くという京塚主任たちを止めた。

「お弁当、作ってきたので。
よろしかったら、どうぞ」

持ってきたふたつの包みを差し出す。

「そんな気、使う必要ねぇのに……」

ガシガシと京塚主任はあたまを掻いた。

「私が好きでやってるんで、お気になさらずに」

さらに押しつけたら、彼がそれを受け取る。

「ありがたくもらっとくわ。
てか、オマエも弁当なんだろ?
一緒に食おうや」

ニカッと彼が笑う。
その笑顔は眩しくて、やっぱり好きだと思った。
もう、この気持ちが報われることがないのはわかっていても。

京塚主任たちを会議室に待たせ、給湯室でお茶を淹れる。

「西山さんの分も淹れてあげようかな……」

私が部署を出るとき、彼はまだ席に座っていた。

カップを揃え、急須にお茶っ葉を入れる。
杏里ちゃんの分は自販機で買うからいいって言われた。

「……星谷さん」

「ひぃっ!」

突然、背後から声が降ってきて、つい悲鳴を上げていた。
それくらい、誰かが立ったなんて気配がなかったから。

「えっ、あっ、……西山、さん。
びっくりさせないでくださいよ……」

おそるおそる振り返ったら西山さんが立っていた。
相手が彼で、緊張を解く。

「お茶、いりますか?
いま一緒に淹れてるんで……」

「……ねえ。
オレを慰めてよ」

「……え」

湿った吐息が耳にかかり、つま先から頭頂へと鳥肌が駆け上がった。

「……弁当作ってきてくれたり、声をかけてくれたりって、本当はオレのこと、好きなんだよね」

「……!」

耳もとで囁きながら、彼の手が私の身体を弄る。
違う、そう言いたいけれど、恐怖が支配した身体からは、声すら出ない。

「……はぁっ。
星谷さん、いい匂いがする……」

服の上からでもはっきりとわかる、興奮しきった彼のものが腰に当たっている。

……イヤ。
やめて。
怖い。

そんな私の気持ちに気づかない、彼の行動は止まらない。
ほとんどの人がお昼に出て人気が少ないフロア、さらに部署からは少し離れている給湯室。
誰も、気づいてくれるはずがない。

「我慢できない……」

カチャリ、とベルトの外れる音が、自己主張するかのように大きく響く。
手が離れたいま、逃げるチャンス。
わかっているけれど、身体はいうことを聞いてくれない。

「いいよね、星谷さん……」

腰から下へと這っていった彼の手が、スカートの裾へ……。

「星谷ー?」

突然、聞こえてきた声で西山さんの手が止まった。

「遅いけど、なんかあった……」

給湯室の入り口に立った男へ、ギギギギッ、と錆の回った機械のように顔を向ける。
彼は状況が把握できていないのか、言葉を途切れさせたまま、固まっていた。

「た、たす」

「なにやってんだ、あ゛あ゛っ!?」

次の瞬間、ダン! と大きな音が耳に届く。
西山さんが離れ、私はその場にぺたん、と座り込んだ。

「なにやってるんだって訊いてるんだ!?」

胸ぐらを掴んで西山さんを壁に押しつけた男――京塚主任の怒声が辺りに響く。

「なにって?
星谷さんに慰めてもらっていただけですが?
星谷さんもオレが好きだし、同意ですよ、同意」

西山さんの声は、しでかしてしまったことに対して酷く淡々としていた。

「同意なわけ、あるか!
あんなに、怯えて……!」

ダン! とまた、大きな音がする。

「もしかして京塚主任、妬いてるんですか?
オレと星谷さんが……」

「黙れ!!」

遮るように、京塚主任が叫ぶ。
それにつられるように首だけを回し、彼の方を見ていた。

「そんなこと、あるわけがない!
あるわけが、ないんだ……」

徐々に、京塚主任の声が小さくなっていく。
がっくりと肩を落とし、ついには西山さんから手を離した。

「ははっ!
あんただってオレと同じこと、考えてたんだろ?
奥さん死んでから溜まってるだろうしさー」

有利に立てたと思ったのか、西山さんが乱れた服を直しだした、が。

「……てめぇと一緒にするな。
この、……クズが」

また京塚主任が西山さんの胸ぐらを掴み、上から高圧的に彼を見下ろす。
その眼鏡の奥の目は、視線だけで人が殺せそうだった。

「……っ!」

西山さんの背中がずるずると壁を滑り、腰が抜けたかのかその場に座り込む。
ぱっ、と彼から投げ捨てるように手を離し、京塚主任は私の方へ振り返った。

「大丈夫か。
あ、いや、大丈夫じゃねぇよな」

差し出された手を借りて立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

「ちょっと我慢しろよ」

「……!」

かろうじて立ち上がれても、生まれたての子鹿みたいにぶるぶる震えて歩けない私を、京塚主任は抱き上げた。

「あんなことがあった直後で嫌だろうが。
ちょっと我慢してくれ」

彼の首に抱きつき、ふるふると首を振る。
彼の体温に、強張っていた心が解けていく。

「……かった」

「……うん」

「……こわかっ、た」

「……うん」

私が泣きだしても、彼はなにも言わない。
そのまま、杏里ちゃんが待つ会議室へ連れていってくれた。
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