子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
30 / 36
最終章 極悪上司と結婚指環

7.お姉ちゃん、なら

しおりを挟む
「パパ!
お姉ちゃん、どうしたの?」

椅子に座っても俯き、ひっく、ひっくとしゃくる私の手を、前に座った杏里ちゃんが心配そうに握ってくれる。

「な、なんでもない、の」

精一杯笑って誤魔化そうとした。
でも、上手く笑えない。

「星谷さんはちょっと、悪い奴に襲われたんだ」

ぽんぽん、と手があたまに触れる。
見上げたら、京塚主任と眼鏡越しに目があった。
目尻を下げて、黙って頷く。
それを見たら口から長く、溜まっていた恐怖と一緒に息が抜けていった。

「パパ、星谷さんを怖い目に遭わせた悪い奴を退治してくるから、杏里は星谷さんについててあげてくれるか」

「わかった」

私の手を握ったまま、神妙に杏里ちゃんがこくんとひとつ、頷いた。

「下野課長呼び戻すわ。
しばらくここから出るなよ?
またアイツが襲ってこねぇとは限らないからな。
……あ、食欲あるなら弁当食っとけ!」

一度、ドアを開けて外に出かかった彼だけど、振り返ってつけたし、今度こそ出ていった。

「大丈夫?」

「もう、平気」

僅かに笑って、杏里ちゃんを見る。
あんなに震えていた手は、杏里ちゃんの温かい手が握ってくれて、止まった。
恐怖でガチガチだった心も、京塚主任が溶かしてくれた。

「……パパ、本気で怒ってた。
あんなパパ、初めて見る」

「……え?」

ぼそぼそと、不安そうに杏里ちゃんが呟く。
それって、どういう意味なんだろう……?

「心配させてごめんね。
杏里ちゃん、お腹空いてるでしょ?
ごはんにしよう」

まだ胃は小さく縮こまって食欲なんてないけれど。
このまま彼女がごはんを食いっぱぐれるなんて可哀想だ。

「はぁっ」

お弁当を広げようとしてたら、杏里ちゃんが小さくため息をつく。

「あなたって本当、お人好しなのね」

「そう、かも」

苦笑いしたら、彼女がさらに呆れたように笑った。
こんな小さな子から指摘されるなんて、きっとそうなんだろう。
でもそれで、こんな事態を引き起こしたのは笑えないけど。

杏里ちゃんと一緒だったからか、お昼ごはんはなんとか食べられた。

「ごちそうさまでした、と」

あれから随分たつけれど、まだ京塚主任は戻ってこない。

「パパ、遅いねー」

「そうね」

短くそう言って椅子から降りた杏里ちゃんは、私の前に立った。

「あなた」

「はい?」

視線をあわせたいのか、私の隣の椅子に靴を脱いで上がり、杏里ちゃんが立つ。

「あっ、ちょっ、危ない……」

はらはらしている私とは違い、椅子の上から彼女は真っ直ぐに私を見下ろした。

「あなた、本当に頼りないわ。
だから杏里、決めたの。
あなたが立派な大人になれるまで見守ろうって」

杏里ちゃんはドヤッ、って感じだけど。

「ああ、うん……。
ありがとう……」

立派な大人のつもりの私としては、複雑です。

「パパと仲良くすることも特別に許すわ。
ママは認めないけど……!」

「えっ、危ないっ!」

ビシッと私を指さした杏里ちゃんの身体が反動で揺れ、慌てて支えた。

「セ、セーフ……。
とりあえず、降りよ?
ね?」

「……そうね」

さすがに、落ちそうになったのは恥ずかしかったのか、顔を赤くして彼女は素直に降りてくれた。

「と、とにかく。
特別にパパと仲良くすることを許してあげる。
ママは絶対ママだけだけど、お、お姉ちゃんくらいなら……」

「そっか。
ありがとー!」

下を向いてもじもじとしている彼女に抱きつく。
お姉ちゃん、でも嬉しい。
拒否されないのなら。

――コンコン。

ノックの音でびくっ、と身体が固まる。
杏里ちゃんも感じ取っているのか、ぎゅっと手を握ってくれた。

「星谷、いいか」

でも、顔を出したのは京塚主任で、ほっと息をつく。

「あっ、はい」

「下野課長が話を聞きたいってよ。
……大丈夫、か」

眼鏡の下で彼の眉が寄る。

「大丈夫ですよ。
杏里ちゃんがいっぱい、励ましてくれましたから」

「なら、いいが」

あきらかに彼の顔が安堵のものになった。
そんなに心配してくれているってだけで、嬉しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと? そんな男、こっちから願い下げ! ——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ! って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...